私は普通のJKです! なのに転生騎士団全員から「我らが女王」とか呼ばれてるんですが!?

八百屋 成美

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6. 軍師の恋愛戦略は常に致命的

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 騎士団長・一条彰人の暴走護衛によって、私の精神的平穏は風前の灯火となっていた。太陽のように明るく、圧倒的な行動力を持つ彼の善意は、時にどんな悪意よりも厄介なのだということを私は身をもって学んでいた。
 だが問題は彼一人ではなかった。あの自称・騎士団は四人組なのだ。そして、一条くんが「動」の脅威であるならば、「静」の脅威として私の日常を蝕んでくる存在がいた。
 それが、騎士団の軍師を名乗る男――如月伊呂波、その人だった。
 翌朝、私がいつものようにげっそりとした顔で学校に到着し、下駄箱を開けた瞬間そこには見慣れた光景が広がっていた。

「……また、入ってる」

 私の上履きの上。そこには綺麗に三つ折りにされ、丁寧に封蝋までされた一通の封筒とずっしりと重いハードカバーの本が置かれていた。差出人は、言うまでもない。
 この数日、如月くんは毎朝このような手紙と本を私の下駄箱に届けるのが日課となっていた。私はため息をつきながら、まず手紙の方を開封する。そこには、万年筆で書かれたのであろう、美しくも冷たい光を放つような文字がびっしりと並んでいた。

『拝啓 我が主君、夢見ヶ崎乃蒼様
 本日も麗しい朝をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、本レポートでは昨日の貴女様の学内におけるストレス指数、及び幸福度の推移を分析し、そこから導き出された改善案を提示するものであります。
 昨日の分析結果:
  ・ストレス指数:87%(危険水域)
  ・原因:レノー(コードネーム:一条彰人)の過剰護衛による、周囲からの注目度の急上昇。
  ・幸福度:12%(要改善)
  ・原因:空崎莉緒との短時間の会話による、限定的な精神的安寧の確保。
 上記分析に基づき、本日の行動計画を以下の通り最適化いたしました。貴女様の幸福度を最大化するため、寸分の狂いなく実行されることを推奨いたします』
 
 そこまで読んで、私は思わず額に手を当てた。
 毎朝届けられるこの手紙は、「ラブレター」などという生易しいものではない。彼の言うところの「乃蒼様の幸福度を最大化するための1日の行動計画書」だった。
 ページをめくると、そこには分刻みの、恐ろしく緻密なスケジュールが記されている。

『8:35 - 教室着席。レノー(コードネーム:一条彰人)の接触前に、私が用意した防音イヤーマフを装着し、精神的負荷を軽減。』
『10:30 - 二時間目終了後の休み時間。リュシアン(コードネーム:倉吉凪)が校舎裏に誘導する男子生徒A(乃蒼様に邪な視線を送っている個体と断定)の様子は、決してご覧にならぬよう。』
『12:45 - 昼食。私が調合した栄養バランスと精神安定効果を完璧に両立させた特製スムージーのみを摂取。固形物は消化エネルギーを無駄に消費します。』
『15:20 - 授業終了後。ルイ(コードネーム:早苗翔)による物理的接触(頭を撫でる等)が予測されるため、私が開発した静電気バリア発生装置(試作品)を起動。』
『16:00 - 下校。私がハッキングした信号機の操作により、貴女様の通学路における全ての信号を青にします。一切立ち止まることなく、最短ルートでのご帰宅が可能です』

「…………」

 無言で私はレポートをそっと閉じた。
 これを書いた男は、正気ではない。防音イヤーマフに、精神安定スムージー、静電気バリア発生装置、そして信号機のハッキング。もはや高校生の域を完全に逸脱している。彼の言う「幸福度の最大化」とは、私を人間らしい感情の一切を失った、完璧に管理された人形にすることなのだろうか。
 そして、もう一つの贈り物であるハードカバーの本。
 タイトルは、『アレンアン王国建国史 ~英雄王アストルと初代女王セレネの軌跡~』。著者は、クロード・フォン・リヒトシュタイン。……如月くんの前世の名前だろうか。
 パラパラとページをめくるとそこには私が全く知らない異世界の歴史が、学術論文のように詳細かつ難解な文章で綴られていた。彼はおそらく、私に前世の記憶を思い出させるため、良かれと思ってこの自費出版本(おそらく)を毎朝届けてくれているのだろう。その熱意と労力には頭が下がるが、私にとってはただの重たい紙の塊でしかなかった。
 私はレポートと本を鞄の奥底にしまい込み、重くなった鞄を肩にかけ直した。
 一条くんが太陽なら、如月くんは絶対零度の氷だ。そのどちらもが、私にとっては同じくらい厄介で、脅威的な存在だった。
 その日の授業中も如月くんの静かなる侵攻は続いた。
 数学の授業で私が少し難しい問題に頭を悩ませ、シャーペンを止めていると、どこからともなく小さく折りたたまれた紙が私の机の上にスッと置かれた。
 見ると、そこには恐ろしく詳細な数式と図解によって、その問題の解法が三パターンも記されていた。視線を上げると、少し離れた席に座る如月くんがこちらを見て小さく頷いている。彼は教師の目を盗んでこの完璧な解答メモを、おそらくは隣の生徒、そのまた隣の生徒へとリレーさせることで、寸分の狂いもなく私の手元へと届けたのだ。その卓越した戦術眼は、称賛に値する。しかし、そんな能力をこんなことに使わないでほしい。
 また、古典の授業で私がうっかり舟を漕ぎそうになった瞬間。
 コツン、と小さな音と共に私の首筋に冷たい何かが当たった。驚いて飛び起きると、足元に小さなBB弾のようなものが転がっている。一体どこから?と訝しんでいると、教室の対角線上に座る如月くんが、分解したボールペンの筒をそっと懐にしまうのが見えた。彼は教壇に立つ先生からは死角になる完璧な角度から、私の眠気を覚ますための精密射撃を敢行したのだ。
 その狙撃手としての腕前は、尊敬に値する。しかし、そんな能力を私に使うな。
 彼の行動は、一条くんのように派手ではない。
 むしろ、静かで、理知的で、そして何よりも効率的だ。だがその根底にあるのは、一条くんと同じ「乃蒼様のため」という、歪んだ忠誠心と独善的な愛情だった。

 昼休み。
 昨日の一条くんによる「乃蒼様を囲む会」の反省からか、今日の彼は違ったアプローチを取ってきた。私が一人でお弁当を広げていると、すっと隣の空いていた席に如月くんが音もなく座った。

「乃蒼様。昨日の昼食における栄養バランスの乱れ、及び精神的負荷の増大は軍師である私の監督不行き届き。痛恨の極みです」

 彼はそう言うとどこから取り出したのか、銀色のジュラルミンケースを机の上に置いた。カチリ、とロックを外して蓋を開けると、中には試験管のような容器に入った色とりどりの液体がずらりと並んでいた。

「……なんですか、これは」
「貴女様のために調合した、特製サプリメントです。ビタミン、ミネラルはもちろん、脳の疲労を回復させるDHA、ストレスを軽減するGABA、そして前世の記憶を呼び覚ます効果が期待される、アレンアン王家にのみ伝わる秘伝の薬草の抽出エキスを配合しました。さあ、どうぞ」

 彼はその中の一本、禍々しい紫色をした液体の入った試験管を私に差し出してくる。

「い、いりません! 私は、おじいちゃんが作ってくれたこのお弁当を食べますので!」

 私が必死に断ると、彼は残念そうに眼鏡の位置を直した。

「……そうですか。貴女様の自由意志を尊重します。ですが、レノーの暴走によるストレスは、貴女様の心身を確実に蝕んでいます。いずれ貴女様自身が私の論理的なアプローチの有効性を認める日が来るでしょう。その日のために、私はあらゆる準備を怠りません」

 彼はそう言うと再びジュラルミンケースを閉じ、静かに自分の席へと戻って行った。
 去り際の彼の横顔は、まるで未来の全てを見通しているかのように、冷静で、自信に満ちていた。
 一条くんが熱く燃え盛る炎で私を追い詰めてくるなら、如月くんは冷たく、静かに、ロジックという名の水で私を溺れさせてくる。
 どちらにしても、私に逃げ場はない。
 彼の言う「幸福度」と私の望む「幸福」は、おそらく永遠に交わることのない平行線上にあるのだ。
 私は栄養バランスもへったくれもない、ただ茶色いだけのおかずが詰まったお弁当を口に運びながら、ため息を一つ、大きくついた。
 せめて、このお弁当を食べる時間くらいは私の平凡な日常であってほしかった。
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