私は普通のJKです! なのに転生騎士団全員から「我らが女王」とか呼ばれてるんですが!?

八百屋 成美

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14. 放課後の図書室は戦場

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 軍師・如月伊呂波による狂気の学習計画『オペレーション・アレンアンズ・ドーン』が始動した。
 初日である今日の放課後、私たちは計画通り図書室の談話スペースに集結していた。

「よし! では、これより学習を開始する! 目標は、中間試験全教科平均点以上! やるぞ、おー!」

 一条くんが静寂が支配するべき図書室で、高らかに拳を突き上げる。

「おー!」

 早苗くんもそれに元気よく続く。

「……静かにしろ、一条、早苗」
「声が大きいよ、二人とも」

 如月くんと私が同時に注意し、二人は「す、すまん……」と、しょんぼり肩をすぼめた。幸い、他の利用者は離れた席にいるため、まだ咎められるには至っていない。
 今日の学習メニューは、如月くんのスケジュールによれば、「数学Ⅰ:二次関数の基礎理解」と「英語:不定詞・動名詞の用法完全マスター」の二本立てとなっていた。

「では、まず数学からだ。乃蒼様、ご指導よろしくお願いいたします」

 如月くんに促され、私は不本意ながらも教導官としての役目を果たすべく、一条くんと早苗くんの間に座った。

「え、えーっと……じゃあ、まずこの練習問題から……」

 私が教科書の基本問題を示す。ごく簡単な、グラフの頂点を求める問題だ。これなら、さすがに解けるだろう。
 しかし。

「うーむ……頂点、か。山の頂であれば、俺の得意分野なのだがな……」

 一条くんは問題を睨みつけながら、真剣な顔で腕を組んでいる。どうやら、本気で登山のことを考えているらしい。

「なあなあ、これってさ、結局、敵の親玉がどこに隠れてるかを探すってことだろ? だったら、とりあえず一番怪しいところに斬り込んでみりゃいいんじゃねえか?」

 早苗くんはシャーペンを剣のように構えながら、実に物騒なことを言い出した。
 話が全く進まない。
 彼らの思考回路は、全ての事象を前世の常識、すなわち「戦い」に結びつけてしまうのだ。

「違います! これは戦いじゃなくて、計算です! この公式に、数字を当てはめて……」

 私が必死に説明しようとするが、

「公式……? それは、魔法の詠唱スペルのようなものか?」
「なるほど! つまり、この数式を唱えれば敵のボスの座標がわかるってことだな!」

 彼らの脳内ファンタジーは、加速する一方だった。
 開始わずか十分で私は早くも心が折れそうになっていた。
 隣のテーブルでは、莉緒ちゃんが「あはは、乃蒼ちゃん、先生向いてないねー」と、スマホをいじりながら笑っている。オブザーバーなら少しは手伝ってほしい。
 見かねた如月くんがすっと、立ち上がった。

「……代わりましょう、乃蒼様。貴女様のお手を煩わせるまでもない。この愚か者どもには、私が論理的かつ効率的に、知識というものを脳髄に直接刻み込んでやる」

 そう言うと彼は二人の後ろに仁王立ちし、まるで教官のように、冷たい声で解説を始めた。

「いいか、一条。この『x軸』は、お前が守るべきアレンアン王国の国境線だと思え。そして『y軸』は、敵国ルーハンド帝国が攻め込んでくる侵攻ルートだ」
「おおっ!?」

 二人の目が、カッと見開かれた。

「そして、この放物線は敵の魔導砲が描く弾道だ。我々の任務は、この弾道の最も高い位置、すなわち『頂点』を計算によって予測し、そこに魔法障壁を張ることで、王都への着弾を防ぐことにある。理解したか?」
「理解した! 全て理解したぞ、伊呂波!」

 一条くんが興奮した様子で叫んだ。

「なるほどなー! だったら、敵の攻撃を防ぐためだ、必死こいて計算しねえとな!」

 早苗くんも目の色を変えて問題に取り組み始めた。
 ……すごい。
 あのてこでも動かなかった二人が、如月くんの巧みな比喩(ファンタジー)によって、いとも簡単に学習意欲を燃え上がらせている。軍師、恐るべし。
 これでようやく静かに勉強ができる、と私が安堵したのも束の間だった。

「どうだ、伊呂波! 敵の魔導砲の頂点、割り出してやったぞ!」
「俺もだ! これで王都は安泰だな!」

 二人は問題を一問解くたびに、いちいち大声でそう報告する。そのたびに如月くんが「静かにしろと言っているだろうが」と、彼らの頭をノートで叩く。静かな図書室に、小気味いい打撃音と二人の小さな悲鳴が響き渡る。
 もはや、勉強どころの騒ぎではなかった。
 ここは本当に図書室なのだろうか。何かの合戦場か、軍の作戦司令室の間違いではないだろうか。
 そんなカオスな空間で、一人だけ全く違う次元にいる男がいた。
 倉吉凪だ。
 彼は誰に言われるでもなく、黙々と自分の学習を進めていた。しかし、その手元をよく見ると、彼が開いているのは参考書や問題集ではなかった。
 それは一冊のスケッチブックだった。
 そして、彼は驚くほど繊細で、写実的なタッチの鉛筆画を描いていた。
 そのモデルは――間違いなく、教導官として奮闘(?)する、私の横顔だった。

「……倉吉くん」

 私が呆れて声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、慌ててスケッチブックを閉じようとした。

「な、なんでしょうか、乃蒼様」
「勉強は……いいんですか?」
「も、もちろんです。これは、その……学習の合間の、気分転換と申しますか。貴女様の麗しいお姿を網膜に焼き付けることで、脳が活性化し、記憶力が向上するという、科学的データも……」

 しどろもどろになる彼の言い訳は、もはや意味不明だった。
 どうやら、彼はこの勉強会を、私を心ゆくまで観察し、スケッチするための絶好の機会と捉えているらしい。
 一条くんと早苗くんは、問題を戦いと勘違いして大騒ぎ。
 如月くんはそれを鎮圧しつつ、スパルタ教育を施す鬼教官。
 倉吉くんは勉強そっちのけで、私の観察とスケッチに没頭。
 そして、莉緒ちゃんはその全てを岸の向こうの火事のように、高みの見物を決め込んでいる。

(……なんで、私がこんなところに)

 私は特別教導官としての己の無力さを痛感しながら、そっと自分の参考書を開いた。
 もう、彼らのことは放っておこう。私は私の勉強をする。それが、この戦場のような図書室で、私の精神の平穏を保つための、唯一の方法だった。
 キーンコーンカーンコーン……。
 やがて、図書室の閉館時間を告げるチャイムが鳴り響く。
 地獄のような二時間半が、ようやく終わった。

「ふぅ……。今日は、ここまでだ」

 如月くんが宣言すると、一条くんと早苗くんは、「うおお、やりきったぜ……」と、机の上に突っ伏した。たった数問の基本問題を解いただけなのに、まるで百年の戦争を戦い抜いたかのような疲労困憊ぶりだった。
 放課後の図書室は、戦場だった。
 そして、この戦いがこれから毎日続くのだ。
 私はずっしりと重くなった頭を抱えながら、中間試験までの残り日数を指折り数えた。
 先は、あまりにも長い。長すぎた。
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