私は普通のJKです! なのに転生騎士団全員から「我らが女王」とか呼ばれてるんですが!?

八百屋 成美

文字の大きさ
17 / 30

17. 私の普通を返せ! 乃蒼、教官になる

しおりを挟む
 一条彰人は身体を動かさねば何も覚えられない。
 早苗翔は考えることから逃げ出し、直感(という名の妄想)に頼る。
 騎士団が誇る二大巨頭の、致命的なまでの勉強アレルギー。
 そのせいで私たちの試験対策チームは結成から一週間が経過したというのに、ほとんど何の成果も上げられずにいた。如月伊呂波のスパルタ教育も、倉吉凪の環境整備も、そして私の拙い指導も、彼らの強固な学びたくないという壁の前では、無力だった。
 中間試験まで、残り一週間。
 もはや、赤点回避は絶望的。そんな空気が私たちの間に重く漂い始めていた。
 その日の放課後も図書室の光景はいつもと同じだった。

「うおおおお! 記憶が、俺を拒絶する!」

 一条くんが頭を抱えて机に突っ伏している。

「……乃蒼さま。もう、俺、だめかもしんねえ。脳みそが、とろけてきた……」

 早苗くんは虚な目で遠くを見つめている。完全に魂が抜けていた。
 如月くんはそんな二人を前に、ついに腕を組んで黙り込んでしまった。彼の十八番である「前世の戦い例え話」もさすがにネタが尽きてきたのだろう。倉吉くんはそんな絶望的な光景から目をそらすように、ただひたすらに私の横顔をスケッチし続けている。
 そして、オブザーバーの莉緒ちゃんは。

「いやー、見事なまでの惨状だね。記録的なレベルの落ちこぼれっぷり」

 などと、他人事のように実況しながら、スマホでその様子を撮影していた。
 その、あまりにも他人事な態度とシャッター音が私の心の中で、何かがぷつりと、切れる音をさせた。

(……なんで、私ばっかり、こんな目に)

 そもそも事の発端は、全て彼らなのだ。
 彼らが入学式で公開プローポーズなどという奇行に走らなければ。
 彼らが、毎日毎日、私の周りで騒ぎを起こさなければ。
 私のささやかで、平凡な高校生活は、今頃、とっくに手に入っていたはずなのだ。友達と笑い合い、普通の授業を受け、試験前には「やばい、勉強してない!」なんて言いながらもなんとか乗り切る。そんな、ありふれた日常が。
 その私の「普通」を根こそぎ奪い去ったのは、目の前で無様に転がっている、このダメ騎士たちだ。
 だというのに、彼らはその責任を取るどころか、さらに新たな厄介事を私に押し付け挙げ句の果てにこのザマ。
 私の胸の奥底からマグマのような、熱い何かが込み上げてきた。
 それは怒りだった。これまでずっと、心の奥に押し殺してきた、純粋で強烈な怒り。
 私は、バン!と、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
 その音に全員の視線が、一斉に私に集まる。

「……乃蒼、ちゃん?」

 莉緒ちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。
 私はゆっくりと、机に突っ伏すダメ騎士二人の元へと歩み寄った。そして、彼らの机を両手でドン!と、力一杯叩きつけた。

「い、いつまで、グダグダやってるんですか、あなたたちは!!!!」

 私の生まれて初めて出したような、腹の底からの怒声。
 図書室中に響き渡ったその声に一条くんと早苗くんは、ビクッと飛び上がった。如月くんと倉吉くんも、驚きに目を見開いている。莉緒ちゃんに至ってはポカンと口を開けたまま、スマホを落としそうになっていた。

「騎士!? 騎士団長!? 特攻隊長!? 笑わせないでください!」

 私は仁王立ちで、二人を睨みつける。

「あなたたちのせいで! あなたたちが、私の普通の高校生活をめちゃくちゃにしたんですよ!? その責任、どう取ってくれるんですか!」
「の、乃蒼様……?」
「乃蒼さま……?」

 二人が怯えた子犬のような目で私を見上げてくる。

「責任を取る気があるならシャキッとしなさい! 中間試験くらい、乗り越えてみせなさいよ! あなたたちが赤点を取って、補習だの追試だのでまた騒ぎを起こしたら私の平穏は、いよいよ永久に戻ってこないんですから!」

 私の剣幕にさすがの二人も、ただただ圧倒されていた。
 もう、こうなったらヤケクソだった。
 私は如月くんが作ったあのスパルタ学習計画書をひったくると、ビリビリと音を立てて破り捨てた。

「こんな机上の空論、もう必要ありません! あなたたちにはあなたたちに合ったやり方で、知識を頭に叩き込んであげます!」
「え、乃蒼様、それは私が三徹して……」

 如月くんの悲痛な声が聞こえたが、無視した。

「一条くん!」
「は、はい!」
「あなたは身体を動かさないと何も覚えられない! だったら、覚えるまで動かせばいいんです! 校庭千周しながら、歴史の年号を百個、完璧に暗唱しなさい! 一つでも間違えたら、さらに十周追加です!」
「せ、千周!?」

 一条くんが顔面蒼白になる。

「早苗くん!」
「は、はいっ!」
「あなたは、考えることから逃げる! だったら、逃げられない状況で考えさせればいいんです! あなたは今から、この図書室にある全ての本の背表紙の文字数を数えなさい! 途中で数を間違えたら、最初からやり直しです!」
「ぜ、全部!? 嘘だろ!?」

 早苗くんも悲鳴を上げた。

「問答無用! これはあなたたちが私の日常を破壊したことへの、罰です! そして、あなたたちが騎士としての誇りを取り戻すための試練です! 私が特別教官として、あなたたちを根性から叩き直してあげます! さあ、今すぐ行けええええええっ!」

 私のもはや教官というより鬼軍曹と呼ぶべき号令。
 それは不思議なほどの強制力を持っていた。
 一条くんと早苗くんは、一瞬、呆然としていたが、やがてその目にこれまで見たことのない、決意の光が宿った。

「……わかり、ました。乃蒼様」

 一条くんがキリッとした表情で立ち上がる。

「俺が、間違っていました。貴女様に、ここまで言わせてしまうとは……騎士団長失格だ。校庭千周、否、二千周でも、走ってご覧に入れます!」
「……へへっ。なんか、スゲェな、今の乃蒼さま」

 早苗くんもいつもの軽い調子ではなく、真剣な顔つきで立ち上がった。

「たしかに、俺、逃げてたかもな。わかったよ。数えてやる。全部、数え切ってやるぜ」

 そして、二人はまるで戦場へ向かう兵士のように力強い足取りで、それぞれの試練の場所へと向かっていった。
 残された図書室は静まり返っていた。
 如月くんと倉吉くんは、私のあまりの変貌ぶりに言葉を失っているようだった。
 そして、最初に沈黙を破ったのは莉緒ちゃんだった。
 彼女はゆっくりと、私に向かって親指をぐっと立ててみせた。

「……乃蒼ちゃん。あんた、最高だよ。めちゃくちゃ、格好良かった」

 その言葉に私の頭に上っていた血が、すっと引いていくのを感じた。
 そして、自分がとんでもないことをしてしまったという事実に今更ながら気づき、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
 しかし、不思議と後悔はなかった。
 むしろ心の奥にあったおりのようなものが全て吐き出されて、すっきりとした気分だった。
 こうして私のそして騎士団の、本当の意味での中間試験対策がようやく始まった。
 それは、論理でも戦術でもない。
 ただひたすらに、私の怒りと彼らの根性だけで突き進む、無謀で、破天荒な戦いの幕開けだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました

Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに! かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、 男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。 痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。 そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。 「見つけた! 僕の花嫁!」 「僕の運命の人はあなただ!」 ──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。 こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。 すっかりアイリーンの生活は一変する。 しかし、運命は複雑。 ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。 ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。 そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手…… 本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を─── ※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

処理中です...