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17. 私の普通を返せ! 乃蒼、教官になる
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一条彰人は身体を動かさねば何も覚えられない。
早苗翔は考えることから逃げ出し、直感(という名の妄想)に頼る。
騎士団が誇る二大巨頭の、致命的なまでの勉強アレルギー。
そのせいで私たちの試験対策チームは結成から一週間が経過したというのに、ほとんど何の成果も上げられずにいた。如月伊呂波のスパルタ教育も、倉吉凪の環境整備も、そして私の拙い指導も、彼らの強固な学びたくないという壁の前では、無力だった。
中間試験まで、残り一週間。
もはや、赤点回避は絶望的。そんな空気が私たちの間に重く漂い始めていた。
その日の放課後も図書室の光景はいつもと同じだった。
「うおおおお! 記憶が、俺を拒絶する!」
一条くんが頭を抱えて机に突っ伏している。
「……乃蒼さま。もう、俺、だめかもしんねえ。脳みそが、とろけてきた……」
早苗くんは虚な目で遠くを見つめている。完全に魂が抜けていた。
如月くんはそんな二人を前に、ついに腕を組んで黙り込んでしまった。彼の十八番である「前世の戦い例え話」もさすがにネタが尽きてきたのだろう。倉吉くんはそんな絶望的な光景から目をそらすように、ただひたすらに私の横顔をスケッチし続けている。
そして、オブザーバーの莉緒ちゃんは。
「いやー、見事なまでの惨状だね。記録的なレベルの落ちこぼれっぷり」
などと、他人事のように実況しながら、スマホでその様子を撮影していた。
その、あまりにも他人事な態度とシャッター音が私の心の中で、何かがぷつりと、切れる音をさせた。
(……なんで、私ばっかり、こんな目に)
そもそも事の発端は、全て彼らなのだ。
彼らが入学式で公開プローポーズなどという奇行に走らなければ。
彼らが、毎日毎日、私の周りで騒ぎを起こさなければ。
私のささやかで、平凡な高校生活は、今頃、とっくに手に入っていたはずなのだ。友達と笑い合い、普通の授業を受け、試験前には「やばい、勉強してない!」なんて言いながらもなんとか乗り切る。そんな、ありふれた日常が。
その私の「普通」を根こそぎ奪い去ったのは、目の前で無様に転がっている、このダメ騎士たちだ。
だというのに、彼らはその責任を取るどころか、さらに新たな厄介事を私に押し付け挙げ句の果てにこのザマ。
私の胸の奥底からマグマのような、熱い何かが込み上げてきた。
それは怒りだった。これまでずっと、心の奥に押し殺してきた、純粋で強烈な怒り。
私は、バン!と、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
その音に全員の視線が、一斉に私に集まる。
「……乃蒼、ちゃん?」
莉緒ちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。
私はゆっくりと、机に突っ伏すダメ騎士二人の元へと歩み寄った。そして、彼らの机を両手でドン!と、力一杯叩きつけた。
「い、いつまで、グダグダやってるんですか、あなたたちは!!!!」
私の生まれて初めて出したような、腹の底からの怒声。
図書室中に響き渡ったその声に一条くんと早苗くんは、ビクッと飛び上がった。如月くんと倉吉くんも、驚きに目を見開いている。莉緒ちゃんに至ってはポカンと口を開けたまま、スマホを落としそうになっていた。
「騎士!? 騎士団長!? 特攻隊長!? 笑わせないでください!」
私は仁王立ちで、二人を睨みつける。
「あなたたちのせいで! あなたたちが、私の普通の高校生活をめちゃくちゃにしたんですよ!? その責任、どう取ってくれるんですか!」
「の、乃蒼様……?」
「乃蒼さま……?」
二人が怯えた子犬のような目で私を見上げてくる。
「責任を取る気があるならシャキッとしなさい! 中間試験くらい、乗り越えてみせなさいよ! あなたたちが赤点を取って、補習だの追試だのでまた騒ぎを起こしたら私の平穏は、いよいよ永久に戻ってこないんですから!」
私の剣幕にさすがの二人も、ただただ圧倒されていた。
もう、こうなったらヤケクソだった。
私は如月くんが作ったあのスパルタ学習計画書をひったくると、ビリビリと音を立てて破り捨てた。
「こんな机上の空論、もう必要ありません! あなたたちにはあなたたちに合ったやり方で、知識を頭に叩き込んであげます!」
「え、乃蒼様、それは私が三徹して……」
如月くんの悲痛な声が聞こえたが、無視した。
「一条くん!」
「は、はい!」
「あなたは身体を動かさないと何も覚えられない! だったら、覚えるまで動かせばいいんです! 校庭千周しながら、歴史の年号を百個、完璧に暗唱しなさい! 一つでも間違えたら、さらに十周追加です!」
「せ、千周!?」
一条くんが顔面蒼白になる。
「早苗くん!」
「は、はいっ!」
「あなたは、考えることから逃げる! だったら、逃げられない状況で考えさせればいいんです! あなたは今から、この図書室にある全ての本の背表紙の文字数を数えなさい! 途中で数を間違えたら、最初からやり直しです!」
「ぜ、全部!? 嘘だろ!?」
早苗くんも悲鳴を上げた。
「問答無用! これはあなたたちが私の日常を破壊したことへの、罰です! そして、あなたたちが騎士としての誇りを取り戻すための試練です! 私が特別教官として、あなたたちを根性から叩き直してあげます! さあ、今すぐ行けええええええっ!」
私のもはや教官というより鬼軍曹と呼ぶべき号令。
それは不思議なほどの強制力を持っていた。
一条くんと早苗くんは、一瞬、呆然としていたが、やがてその目にこれまで見たことのない、決意の光が宿った。
「……わかり、ました。乃蒼様」
一条くんがキリッとした表情で立ち上がる。
「俺が、間違っていました。貴女様に、ここまで言わせてしまうとは……騎士団長失格だ。校庭千周、否、二千周でも、走ってご覧に入れます!」
「……へへっ。なんか、スゲェな、今の乃蒼さま」
早苗くんもいつもの軽い調子ではなく、真剣な顔つきで立ち上がった。
「たしかに、俺、逃げてたかもな。わかったよ。数えてやる。全部、数え切ってやるぜ」
そして、二人はまるで戦場へ向かう兵士のように力強い足取りで、それぞれの試練の場所へと向かっていった。
残された図書室は静まり返っていた。
如月くんと倉吉くんは、私のあまりの変貌ぶりに言葉を失っているようだった。
そして、最初に沈黙を破ったのは莉緒ちゃんだった。
彼女はゆっくりと、私に向かって親指をぐっと立ててみせた。
「……乃蒼ちゃん。あんた、最高だよ。めちゃくちゃ、格好良かった」
その言葉に私の頭に上っていた血が、すっと引いていくのを感じた。
そして、自分がとんでもないことをしてしまったという事実に今更ながら気づき、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
しかし、不思議と後悔はなかった。
むしろ心の奥にあった澱のようなものが全て吐き出されて、すっきりとした気分だった。
こうして私のそして騎士団の、本当の意味での中間試験対策がようやく始まった。
それは、論理でも戦術でもない。
ただひたすらに、私の怒りと彼らの根性だけで突き進む、無謀で、破天荒な戦いの幕開けだった。
早苗翔は考えることから逃げ出し、直感(という名の妄想)に頼る。
騎士団が誇る二大巨頭の、致命的なまでの勉強アレルギー。
そのせいで私たちの試験対策チームは結成から一週間が経過したというのに、ほとんど何の成果も上げられずにいた。如月伊呂波のスパルタ教育も、倉吉凪の環境整備も、そして私の拙い指導も、彼らの強固な学びたくないという壁の前では、無力だった。
中間試験まで、残り一週間。
もはや、赤点回避は絶望的。そんな空気が私たちの間に重く漂い始めていた。
その日の放課後も図書室の光景はいつもと同じだった。
「うおおおお! 記憶が、俺を拒絶する!」
一条くんが頭を抱えて机に突っ伏している。
「……乃蒼さま。もう、俺、だめかもしんねえ。脳みそが、とろけてきた……」
早苗くんは虚な目で遠くを見つめている。完全に魂が抜けていた。
如月くんはそんな二人を前に、ついに腕を組んで黙り込んでしまった。彼の十八番である「前世の戦い例え話」もさすがにネタが尽きてきたのだろう。倉吉くんはそんな絶望的な光景から目をそらすように、ただひたすらに私の横顔をスケッチし続けている。
そして、オブザーバーの莉緒ちゃんは。
「いやー、見事なまでの惨状だね。記録的なレベルの落ちこぼれっぷり」
などと、他人事のように実況しながら、スマホでその様子を撮影していた。
その、あまりにも他人事な態度とシャッター音が私の心の中で、何かがぷつりと、切れる音をさせた。
(……なんで、私ばっかり、こんな目に)
そもそも事の発端は、全て彼らなのだ。
彼らが入学式で公開プローポーズなどという奇行に走らなければ。
彼らが、毎日毎日、私の周りで騒ぎを起こさなければ。
私のささやかで、平凡な高校生活は、今頃、とっくに手に入っていたはずなのだ。友達と笑い合い、普通の授業を受け、試験前には「やばい、勉強してない!」なんて言いながらもなんとか乗り切る。そんな、ありふれた日常が。
その私の「普通」を根こそぎ奪い去ったのは、目の前で無様に転がっている、このダメ騎士たちだ。
だというのに、彼らはその責任を取るどころか、さらに新たな厄介事を私に押し付け挙げ句の果てにこのザマ。
私の胸の奥底からマグマのような、熱い何かが込み上げてきた。
それは怒りだった。これまでずっと、心の奥に押し殺してきた、純粋で強烈な怒り。
私は、バン!と、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
その音に全員の視線が、一斉に私に集まる。
「……乃蒼、ちゃん?」
莉緒ちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。
私はゆっくりと、机に突っ伏すダメ騎士二人の元へと歩み寄った。そして、彼らの机を両手でドン!と、力一杯叩きつけた。
「い、いつまで、グダグダやってるんですか、あなたたちは!!!!」
私の生まれて初めて出したような、腹の底からの怒声。
図書室中に響き渡ったその声に一条くんと早苗くんは、ビクッと飛び上がった。如月くんと倉吉くんも、驚きに目を見開いている。莉緒ちゃんに至ってはポカンと口を開けたまま、スマホを落としそうになっていた。
「騎士!? 騎士団長!? 特攻隊長!? 笑わせないでください!」
私は仁王立ちで、二人を睨みつける。
「あなたたちのせいで! あなたたちが、私の普通の高校生活をめちゃくちゃにしたんですよ!? その責任、どう取ってくれるんですか!」
「の、乃蒼様……?」
「乃蒼さま……?」
二人が怯えた子犬のような目で私を見上げてくる。
「責任を取る気があるならシャキッとしなさい! 中間試験くらい、乗り越えてみせなさいよ! あなたたちが赤点を取って、補習だの追試だのでまた騒ぎを起こしたら私の平穏は、いよいよ永久に戻ってこないんですから!」
私の剣幕にさすがの二人も、ただただ圧倒されていた。
もう、こうなったらヤケクソだった。
私は如月くんが作ったあのスパルタ学習計画書をひったくると、ビリビリと音を立てて破り捨てた。
「こんな机上の空論、もう必要ありません! あなたたちにはあなたたちに合ったやり方で、知識を頭に叩き込んであげます!」
「え、乃蒼様、それは私が三徹して……」
如月くんの悲痛な声が聞こえたが、無視した。
「一条くん!」
「は、はい!」
「あなたは身体を動かさないと何も覚えられない! だったら、覚えるまで動かせばいいんです! 校庭千周しながら、歴史の年号を百個、完璧に暗唱しなさい! 一つでも間違えたら、さらに十周追加です!」
「せ、千周!?」
一条くんが顔面蒼白になる。
「早苗くん!」
「は、はいっ!」
「あなたは、考えることから逃げる! だったら、逃げられない状況で考えさせればいいんです! あなたは今から、この図書室にある全ての本の背表紙の文字数を数えなさい! 途中で数を間違えたら、最初からやり直しです!」
「ぜ、全部!? 嘘だろ!?」
早苗くんも悲鳴を上げた。
「問答無用! これはあなたたちが私の日常を破壊したことへの、罰です! そして、あなたたちが騎士としての誇りを取り戻すための試練です! 私が特別教官として、あなたたちを根性から叩き直してあげます! さあ、今すぐ行けええええええっ!」
私のもはや教官というより鬼軍曹と呼ぶべき号令。
それは不思議なほどの強制力を持っていた。
一条くんと早苗くんは、一瞬、呆然としていたが、やがてその目にこれまで見たことのない、決意の光が宿った。
「……わかり、ました。乃蒼様」
一条くんがキリッとした表情で立ち上がる。
「俺が、間違っていました。貴女様に、ここまで言わせてしまうとは……騎士団長失格だ。校庭千周、否、二千周でも、走ってご覧に入れます!」
「……へへっ。なんか、スゲェな、今の乃蒼さま」
早苗くんもいつもの軽い調子ではなく、真剣な顔つきで立ち上がった。
「たしかに、俺、逃げてたかもな。わかったよ。数えてやる。全部、数え切ってやるぜ」
そして、二人はまるで戦場へ向かう兵士のように力強い足取りで、それぞれの試練の場所へと向かっていった。
残された図書室は静まり返っていた。
如月くんと倉吉くんは、私のあまりの変貌ぶりに言葉を失っているようだった。
そして、最初に沈黙を破ったのは莉緒ちゃんだった。
彼女はゆっくりと、私に向かって親指をぐっと立ててみせた。
「……乃蒼ちゃん。あんた、最高だよ。めちゃくちゃ、格好良かった」
その言葉に私の頭に上っていた血が、すっと引いていくのを感じた。
そして、自分がとんでもないことをしてしまったという事実に今更ながら気づき、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
しかし、不思議と後悔はなかった。
むしろ心の奥にあった澱のようなものが全て吐き出されて、すっきりとした気分だった。
こうして私のそして騎士団の、本当の意味での中間試験対策がようやく始まった。
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