どら焼は恋をつなぐ

谷内 朋

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やっとこさ本編

まさかの検査入院……

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 「波那、ちょっと落ち着けよ」
 兄さんはもう一つの椅子を叩いて波那ちゃんに声を掛ける。
 「これだけ仕舞うから」
 波那ちゃんは着替えを入れてるバッグを棚に押し込んでから兄さんの隣にある椅子に腰掛けた。波那ちゃんは綺麗な瞳をこっちに向けて微笑みかけてくる、普段なら癒しの視線も今日は少しばかり痛い。
 【ゴメン、心配掛けて】
 俺は仕舞ったばかりのノートとペンを取り出して筆談で謝罪する。きっとたくさん心配掛けちまったから……でも二人とも気にするな、って手を握ってくれる。
 「ちょっとお休みが増えたと思えばいいじゃない、良い機会だから何も考えないで」
 「たまには静かになって良いくらいだ」
 何だよそれ。俺は兄さんを軽く睨み付けるけど、実際俺のせいで休日も何もあったもんじゃないよな。
 「お前は変なところで気を遣うからな、正直もうちょいワガママしていいと思ってんだ、俺は」
 兄さんは憎まれ口の後にそんな事言うからちょっと泣きそうになる。そんな俺を子供扱いして頭をワシャワシャ、としてくる。まぁ兄さんとは年齢差ダブルスコアだから、いくら図体でかくても子供に見えて当たり前だ。
 「そうだよ、これまで一緒に暮らしてきた訳じゃないから、勝手が違ったりやりにくさもあったと思うよ。学校にも生活にも慣れなきゃいけない状況だったから疲れが一気に出たんだって」
 それは二人だって同じじゃないか……波那ちゃん体弱いのに毎日二人分仕様の弁当作ってくれて、家事仕事の負担だって増えてるのに。俺兄貴と二人暮らしの頃ほど家事してねぇもん、お蔭で勉強に時間充てれてるし、その分成績は上げておきたかったんだけど……今回は厳しそうだ。俺は【波那ちゃんだってしんどいだろ?】と書いて見せると、人の心配してる場合か、と軽くおでこを小突かれた。
 「大丈夫、休み休みしてるから。それより明後日までに何食べたいか書き出しといてよ、退院したら作るから」
 それからしばらくは付き添ってくれてたけど、他の患者さんの事を気遣ってか、二人はあまり長居せずに帰っていった。

 夕方、ちょうど一眠りしている時に兄貴が新潟から駆け付けてくる。
 「伽月!……あっ、すみません。大声出してしまって」
 兄貴は相部屋である事を……聞いてたのかな?兄さんにしろ波那ちゃんにしろ、ちゃんと伝えてそうだから多分ド忘れしてるな。普段結構なしっかり者なだけにたまに大ボケかますんだ、この人。
 「構わんよ、兄ちゃん。見た感じ兄弟かい?あんたら」
 はい。兄貴はバツ悪そうに頭を掻いてるけど、隣のベッドを使ってるおっちゃんはさほど気にしてないみたいだ。もう一方は散歩中、おっちゃんの向かいのベッドは空いている。
 【聞いてなかったのか?相部屋って事】
 俺は早速兄貴と筆談。
 「……今は抜けてた」
 やっぱりな。肩をすくめてみせてる俺をお構いなしに兄貴も筆談を始める。いやいや、兄貴は普通に喋ってもらって良いんだぞ。 
 【相部屋の方が神経質じゃなくて良かったよ】
 ……そういう事か。実は皆が帰った後、同室のお二人とはちょこっと会話(俺は筆談)させてもらったんだよ。隣のベッドのおっちゃんは七十二歳、胃潰瘍で昨日から入院してる。さっき高校生の娘さんが見舞いに来てて、何故か『家の娘と付き合わんか?』とオススメされた。娘さんは俺みたいなのはタイプじゃなかったみたいでしらっとしてたから、『好きな人がいる』でお茶を濁しておいた。
 もう一方はスポーツジムのマシーンのメンテナンスをなさってる三十三歳の男性。彼は盲腸炎の慢性化で手術に踏み切ったそうだ。独身でご家族も早くに亡くされてるそうで、『普段なかなか人と話す機会が無くて』と仰ってた。火曜日に退院されるって。
 「まさか声が出なくなってるとはな……いつから調子悪かったんだ?」
 【ここ二~三日】
 「喉、痛かったりするのか?」
 【最悪、水飲むのもツライ】
 「風邪じゃなかったんだよな?」
 その問いには頷いてみせる。
 「熱は?」
 【今は大丈夫、解熱剤が効いてる】
 そうか。兄貴は一旦黙って俺の顔を見つめてくる。何か勘繰ってそうだな……。
 【何?俺の顔に何か付いてるか?】
 「そうじゃないけど、悩み事ありそうな顔してるからさ」
 悩み事……このところ俺ずっと悩みっぱなしだ。でも只でさえ心配掛けてるのにこれ以上気を揉ませたくないなぁ。俺は笑顔を作って首を横に振ったけど、そうは問屋が卸してくんなかった。
 「顔見りゃ分かる、俺を誰だと思ってんだ?」
 ……兄貴には勝てないよ、身長以外。これまでずっと一緒に暮らしてたし、六年前から親代わりまでしてきたんだ。今年二十四歳なんだけどオッサン並みの風格あるもんなぁ、これ言っちゃうと叩かれそうだから言わないけど。俺はすっかり堪忍して、ノートに今悩ませている事を正直に書いて兄貴に見せた。誰にも言えなくてずっと心の奥に仕舞って一人でずっと反芻してきた事だ、それを初めてアウトプットして、気持ちがほんの少し軽くなった。
 「そういう事か……」
 兄貴は別段驚きもせず俺の顔を見るだけだった。ひょっとして気付いてたのか?
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