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気まぐれ
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小さな町のとある場所に三角屋根と赤煉瓦の古びた建物がある。
それは、とても不思議な『店』でーー
「ダナ様、どうしました?」
外は夕日が沈みはじめていた。ほとんど人が訪れることのない高台がノスタルジックな寂しい色へと変わっていく……けれど黒猫の大きな瞳に映るのは物悲しい風景ではなく別のものだった。アリスの問いにダナはふと視線を送る。 アリスが窓の外を見るとーー
「なぜ子供がこんな所に?」
年端もいかぬ子供がひとりでベンチに座っている。いくらゆるやかな坂道とはいえ子供が登るには時間もかかるが、なにより危険だ。それ以前にこの場所は駅からも離れていて人通りも少ない。どうやってここまで来たのか……。
ダナとアリスはしばし少女の様子を伺うことにした。
『喫茶 黒猫』は、そこにあるようで“ない”存在……。 人間の目に触れることも、少女の目に映ることもない。 唯一、黒猫ダナに導かれた“客”以外はーー
「ダナ様……」
『あの少女の“記憶”を視よう』
ダナの瞳が金色に光りだす。
すると店内は時空の歪みのように均衡をなくし、混沌の空間へと変わっていくーー
ーーあんた! ギャンブルはやめてって言ってるじゃない!!
ーーうるさい! 自分の稼いだ金で何しようと勝手だろ!!
ーー家にお金を入れないで、私たちのことも考えてよ!
ーーうるさい! うるさい!!
ーーどこ行くのよ!?
ーーこんな家に居られるのか!!
ーーどうして……いつも……。
ーーマ…ママ……だいじょう……?
ーーうるさい! あんたは留守番でもしときな!!
『父親はギャンブル、母親は育児放棄か……』
「酷いですね」
『ろくに食事も与えてないようだな……』
「ますます酷い」
もともと感情の起伏がないアリスも顔を歪ませる。 家を出て行ったきり戻ってこない母親を探しにここまで来たのだろうか? 小さな背中が痛々しい……。
ダナはムクッと立ち上がるとふらりと外に出る。
「ダナ様、あの少女は“客”ではありません」
『まあ、たまにはいいさ……』
《ニャア~》
「あ、ネコちゃんだぁ~」
少女の顔が少しだけ明るくなる。 ダナは少女の膝の上に跳び乗ると、少女の手に頬ずりをした。
「ネコちゃんもひとり…?」
《ニャア》
「リカも……ね、ひとりなの……」
今にも泣き出してしまいそうな少女の顔がダナの心を締めつける。それは忘れたくても忘れられない……はるか遠い昔の記憶。二度と会うことの叶わない“娘”を思い出させる。己の犯した“罪”の大きすぎる代償……どれほどの時間(とき)が経とうと消えることはない………。
《ニャア~》
「あ、ネコちゃんどこいくの?」
ダナはリカという少女を『喫茶 黒猫』に招いた。
「あれ?」 こんなお店あったかな? といわんばかりにリカは小首を傾げる。
カラン……と扉が開き、リカはダナの後ろを追いかけるように店内に入っていく。
「いらっしゃい、小さなお客様」
アリスは自分にできる最大限の笑顔でリカを迎え背の高いスツールに座らせた。
「お嬢ちゃん、お腹空いてる? 」
「あ、えっと……」
《にゃあ~》
アリスの後ろからダナがのらりと現れる。 困惑気味だったリカの顔がほっとした表情に変わった。
「この子お姉ちゃんのネコ?」
「そうよ、ダナっていうのよろしくね。ダナがね、お嬢ちゃんお腹空いてない?って聞いてるよ」
「ダナやさしいね、ほんとはすごくお腹すいてるんだ……」
「サンドイッチくらいしかないけど、すぐ作るわね」
「ダナはリカのこと心配してくれたの?」
《ニャア~》
「ありがとう」
悲しげではあるがリカは初めて笑顔を浮かべた。そしてダナの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おまたせしました! アリス特製タマゴサンドですよ」
「うわぁ、すごい!」
リカのつぶらな瞳がキラキラと輝いた。タマゴサンドでこんなにも喜んでもらえるなんて日頃からどれだけろくなものを食べさせてもらってないんだと、めずらしくアリスは憤りを感じる。
「飲み物はオレンジジュースでいい?」
「うん、いただきます!」
リカはサンドイッチを勢いよく頬張る。その姿が可愛くて錆びついた二人の心をほんの少し癒やしてくれるようだった。
「おいしー!」
「それは良かった」
『迎えが来たようだな』
ダナが静かに呟く、その声色にはどこか怒りが滲んでいた。
「一応心配はしてるようですね」
『もう少し遊んでいたかったが……仕方あるまい』
「お嬢ちゃん、ママが探しに来たよ」
アリスがそういうと、リカは背の高いスツールではなく高台のベンチに座っていた。
「あれ…ネコちゃんとお姉ちゃんは……?」
「リカ! 手間かけさすんじゃないよ!」
「ママお店は? サンドイッチ食べたんだよ……」
「なにいってんの? こんな場所に店なんてあるわけないだろ、さっさと帰るよ!」
母親に手を引かれながらリカは何度も振り返る。店があったであろう場所を。 もう会うことのない黒ネコとサンドイッチを作ってけれたお姉ちゃんを……。
二度と訪れることのない店が少女の幼い記憶に残ることはないーー
「あの母親……父親も改心なんてしないでしょうね」
『そうだな……まあ、どんな親でも親だからな。どちらにせよ選ぶのはあの娘だ』
「そうですね」
『我々はあの娘が幸せであることを願うだけさ……』
「ダナ様……」
果てしない時間の中で、ほんのいっときの気まぐれがあってもいい……とダナは思う。
二度と少女の目に映ることはなくても……。
『喫茶 黒猫』は、今日も“客”の訪れを待っているーー
それは、とても不思議な『店』でーー
「ダナ様、どうしました?」
外は夕日が沈みはじめていた。ほとんど人が訪れることのない高台がノスタルジックな寂しい色へと変わっていく……けれど黒猫の大きな瞳に映るのは物悲しい風景ではなく別のものだった。アリスの問いにダナはふと視線を送る。 アリスが窓の外を見るとーー
「なぜ子供がこんな所に?」
年端もいかぬ子供がひとりでベンチに座っている。いくらゆるやかな坂道とはいえ子供が登るには時間もかかるが、なにより危険だ。それ以前にこの場所は駅からも離れていて人通りも少ない。どうやってここまで来たのか……。
ダナとアリスはしばし少女の様子を伺うことにした。
『喫茶 黒猫』は、そこにあるようで“ない”存在……。 人間の目に触れることも、少女の目に映ることもない。 唯一、黒猫ダナに導かれた“客”以外はーー
「ダナ様……」
『あの少女の“記憶”を視よう』
ダナの瞳が金色に光りだす。
すると店内は時空の歪みのように均衡をなくし、混沌の空間へと変わっていくーー
ーーあんた! ギャンブルはやめてって言ってるじゃない!!
ーーうるさい! 自分の稼いだ金で何しようと勝手だろ!!
ーー家にお金を入れないで、私たちのことも考えてよ!
ーーうるさい! うるさい!!
ーーどこ行くのよ!?
ーーこんな家に居られるのか!!
ーーどうして……いつも……。
ーーマ…ママ……だいじょう……?
ーーうるさい! あんたは留守番でもしときな!!
『父親はギャンブル、母親は育児放棄か……』
「酷いですね」
『ろくに食事も与えてないようだな……』
「ますます酷い」
もともと感情の起伏がないアリスも顔を歪ませる。 家を出て行ったきり戻ってこない母親を探しにここまで来たのだろうか? 小さな背中が痛々しい……。
ダナはムクッと立ち上がるとふらりと外に出る。
「ダナ様、あの少女は“客”ではありません」
『まあ、たまにはいいさ……』
《ニャア~》
「あ、ネコちゃんだぁ~」
少女の顔が少しだけ明るくなる。 ダナは少女の膝の上に跳び乗ると、少女の手に頬ずりをした。
「ネコちゃんもひとり…?」
《ニャア》
「リカも……ね、ひとりなの……」
今にも泣き出してしまいそうな少女の顔がダナの心を締めつける。それは忘れたくても忘れられない……はるか遠い昔の記憶。二度と会うことの叶わない“娘”を思い出させる。己の犯した“罪”の大きすぎる代償……どれほどの時間(とき)が経とうと消えることはない………。
《ニャア~》
「あ、ネコちゃんどこいくの?」
ダナはリカという少女を『喫茶 黒猫』に招いた。
「あれ?」 こんなお店あったかな? といわんばかりにリカは小首を傾げる。
カラン……と扉が開き、リカはダナの後ろを追いかけるように店内に入っていく。
「いらっしゃい、小さなお客様」
アリスは自分にできる最大限の笑顔でリカを迎え背の高いスツールに座らせた。
「お嬢ちゃん、お腹空いてる? 」
「あ、えっと……」
《にゃあ~》
アリスの後ろからダナがのらりと現れる。 困惑気味だったリカの顔がほっとした表情に変わった。
「この子お姉ちゃんのネコ?」
「そうよ、ダナっていうのよろしくね。ダナがね、お嬢ちゃんお腹空いてない?って聞いてるよ」
「ダナやさしいね、ほんとはすごくお腹すいてるんだ……」
「サンドイッチくらいしかないけど、すぐ作るわね」
「ダナはリカのこと心配してくれたの?」
《ニャア~》
「ありがとう」
悲しげではあるがリカは初めて笑顔を浮かべた。そしてダナの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おまたせしました! アリス特製タマゴサンドですよ」
「うわぁ、すごい!」
リカのつぶらな瞳がキラキラと輝いた。タマゴサンドでこんなにも喜んでもらえるなんて日頃からどれだけろくなものを食べさせてもらってないんだと、めずらしくアリスは憤りを感じる。
「飲み物はオレンジジュースでいい?」
「うん、いただきます!」
リカはサンドイッチを勢いよく頬張る。その姿が可愛くて錆びついた二人の心をほんの少し癒やしてくれるようだった。
「おいしー!」
「それは良かった」
『迎えが来たようだな』
ダナが静かに呟く、その声色にはどこか怒りが滲んでいた。
「一応心配はしてるようですね」
『もう少し遊んでいたかったが……仕方あるまい』
「お嬢ちゃん、ママが探しに来たよ」
アリスがそういうと、リカは背の高いスツールではなく高台のベンチに座っていた。
「あれ…ネコちゃんとお姉ちゃんは……?」
「リカ! 手間かけさすんじゃないよ!」
「ママお店は? サンドイッチ食べたんだよ……」
「なにいってんの? こんな場所に店なんてあるわけないだろ、さっさと帰るよ!」
母親に手を引かれながらリカは何度も振り返る。店があったであろう場所を。 もう会うことのない黒ネコとサンドイッチを作ってけれたお姉ちゃんを……。
二度と訪れることのない店が少女の幼い記憶に残ることはないーー
「あの母親……父親も改心なんてしないでしょうね」
『そうだな……まあ、どんな親でも親だからな。どちらにせよ選ぶのはあの娘だ』
「そうですね」
『我々はあの娘が幸せであることを願うだけさ……』
「ダナ様……」
果てしない時間の中で、ほんのいっときの気まぐれがあってもいい……とダナは思う。
二度と少女の目に映ることはなくても……。
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