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本編
11 初恋の相手
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グレッグが私を好きですって?なにその冗談。彼はフリーズしている私の目の前に来て、哀しそうに笑った。
「今夜ヴィヴィに逢って、二年前より可愛くなっていて驚いた。何故私は卒業の時に、君に想いを告げなかったのかと後悔しかない。そうすれば……今の状況は変わっていたかな」
「な、な、なに言ってるの?私達は友人で……あなただっていつも私を『チビ』とか『色気がない』とか揶揄っていたじゃない」
「……自分がガキだったから素直になれなかっただけだよ。ずっと君が好きだったし、いつでも一番可愛いと思っていた」
私はそのまさかの言葉にボッと頬が染まった。グレッグが私を好き?一番可愛いと思っていた!?そんなこと信じられない。
「俺は次男で爵位も継げないから、あの時の俺じゃ君を幸せに出来なかった。ちゃんと稼げるようになったら、ヴィヴィに求婚しようと思ってた」
――求婚ですって!?
「求婚なんて……あ!学生の時のように揶揄っているんでしょう?やめてよね、私はもう結婚しているのだから」
私が笑ってそう言うと、彼は怖い顔で私の手を掴んだ。
「揶揄ってなどいない。本気だ」
グリーンの瞳が私をじっと見つめている。まさか本気で私を好きだとでも言うのか?
♢♢♢
グレッグと初めて会ったのは、十三歳の時。学校のクラスが同じになったのだ。賢かった彼は、いつも学年トップの成績だった。実は私も割と勉強ができたので、いつの間にか自然に図書館に行ったりテスト前にわからないところを教え合ったりしていた。
そんな感じで仲良くなった私達は、プライベートなこともよく話すようになりたまに街に出かけたりもしていた。それを見た周囲からは『付き合っている』と噂されたりしていたが、実際は手を繋いだことすらなかった。
だけど……いつかその噂が本当になるかもしれない。当時の私は淡い恋心を抱いていた。だって一緒にいて楽しいし、グレッグだって私の前ではよく笑ってくれている。私にとって初めての恋だった。
ある日先生に用事があり、すっかり帰りが遅くなった私は忘れ物に気が付き教室に戻っていた。その時に私は彼の本音を聞いてしまったのだ。
『グレッグ、お前ヴィヴィアンヌ嬢ともうキスくらいはしたのか?でもよー……子どもみたいなあの子と色っぽい雰囲気なんてどうやってなるんだ?』
彼はクラスメイトの男の子に肩を組まれて、そんなことを聞かれていた。これは聞いてはいけない、そう思ったのに足が動かなかった。
『……ヴィヴィとはそういう関係じゃない』
『あれだけ仲良くしといて?じゃあ、どんな関係なんだよ』
『……妹みたいに思ってるだけだ。それ以上の気持ちはない』
彼は無表情のまま淡々とそう話していた。
『そうなのか?まぁ……でも確かに妹としては可愛いよな!お人形さんみたいで』
それを聞いて私の胸はズキズキと痛んだ。そうなんだ……一人で勘違いしていて恥ずかしい。私は力が抜けて鞄を落としてしまった。
ドサッと音がしたのに気が付いて、グレッグは廊下にいた私に気が付いた。
「ヴィヴィ……っ!」
「わ……忘れ物しちゃって。でもよく考えたら大したものじゃなかったから。じゃ……じゃあね!」
私はその場から全速力で逃げ出した。グレッグの「待ってくれ!」という言葉が聞こえてきたが無視をした。
家に帰って一晩泣いてスッキリした私は、なんとか立ち直った。私が勝手に勘違いしていただけで、元々友達じゃないか。キスどころか、手に触れたこともなかったのだから。
グレッグはよく『ガキ』とか『色気が足りない』と揶揄ったり、私の髪をわざとぐしゃぐしゃと撫でて笑ったりしていた。でも困った時はいつも助けてくれて優しかったのだ。だから、それらも不器用な彼の愛情表現なのかと思っていたけど……本音だったようだ。
「グレッグ、おはよう」
翌日、私は何事もなかったかのように彼に笑顔で挨拶ができた。
「おはよう。ヴィヴィ、昨日のは……違うんだ。きちんと話をさせてくれ」
グレッグは気まずそうな顔をしていた。心なしか顔色も悪い気がする。もしかすると優しい彼は私のことを気にして、眠れなかったのかもしれない。
「なんのこと?そりゃあ……あなたみたいな兄を持った覚えはないから、妹と言われたのは癪だけど。これからはちゃんと友達って説明してよね!」
「……友達」
彼はグッと唇を噛み締めて、俯いてしまった。あれ……もしかして私は友達ですらなかったのかしら?
「友達じゃなかった?」
不安になった私は、彼の顔を覗き込んでそう質問した。グレッグは少し頬を染めて、視線を逸らした。
「……いや、友達だ」
そんな感じで卒業するまでずっと友情を育んできたのだ。一度勘違いから解けてしまえば、恋愛感情も全くなくなった。
――だから、先に私を振ったのは向こうだ。
♢♢♢
「あなたが妹だって言ったんじゃない。私のことは女として見ていないって」
「あの時の私は馬鹿だった。クラスメイトに君を好きだと言う勇気がなくて嘘をついた。振られて……ヴィヴィと過ごす楽しい時間がなくなってしまうなら、このまま友達でいいって言い聞かせていた」
そんなことを今更言われたって困る。
「君が可愛くて……愛おしい。今更どうしようもないのはわかっているが、この想いを伝えたかった」
「……」
「この世でヴィヴィを一番愛しているのは私だ。それだけ知っていて欲しい。もし今の君が幸せじゃないなら……全部を捨ててでも君を奪いたいくらいだ」
彼は私の髪をひと束すくって、チュッとキスをした。私は驚いて目を見開いた。
「クレール伯爵家では、人の妻に軽々しく触れるのは失礼だと教わらなかったのか?」
後ろから冷たく響く声が聞こえて振り返ると、ギロリと鋭い目でグレッグを睨む旦那様が立っていた。一目で怒っているのがわかるほど、圧がすごい。
「ヴィヴィ、探したぞ。行こう」
彼はグレッグから私を隠すように腰を抱き寄せ、そのままその場を去ろうとした。
「ランドルフ様、私はヴィヴィを愛しています」
グレッグがそんなとんでもないことを言い出した。旦那様はゆっくりと彼を見下ろした。
「……それで?」
「愛していないなら、彼女を手放してもらえませんか。金ならなんとでもします」
グレッグは旦那様に向かってそう頼み、深く頭を下げた。しかし旦那様はそれを見てフッと鼻で笑った。
「……甘いな。いい機会だから教えておいてやろう。失った物は二度と戻らない。君は何度もチャンスがあったのに、それを掴む勇気がなかった。今更もう遅い」
「……っ!」
「あと彼女はもう私の妻、ヴィヴィアンヌ・ベルナールだ。軽々しく愛称で呼ぶのはやめてくれたまえ」
そして私は彼に強引に手を引かれて、廊下を歩いている。いや、歩いているというより……半分引きずられている感じだ。
「だ、旦那様っ……早いです」
そう言った私を、彼は怖い顔でジッと見下ろしそのまま横抱きにした。
「恥ずかしいです!おろしてくださいませ」
私はバタバタと腕の中で暴れたが、彼の屈強な身体はびくともせずそのまま馬車まで連れて行かれた。
そして乗せられる瞬間に、廊下の影から私をじっとりと見つめる人影が見えた。遠くて姿はきちんと見えないが嫌な視線がまとわりついて気持ちが悪い。あれは……誰?目が合った瞬間に人影が消えたのも気になった。
「旦那様、後ろに人影が……」
「誰かに見られたら困るのか?」
「いえ、そういうわけではなくて」
なんと説明すればいいのだろうか?不審者がいた?でも私を見る人なんていないだろうし、勘違いかもしれない。旦那様は私を強引に馬車の中に下ろして、自分も乗り込んだ。
「あ……あの、もう舞踏会はいいのですか?」
「舞踏会なんかどうでもいい。少し黙っていろ」
旦那様にそう言われた瞬間、身体を引き寄せられて噛み付くような激しい口付けをされた。
「今夜ヴィヴィに逢って、二年前より可愛くなっていて驚いた。何故私は卒業の時に、君に想いを告げなかったのかと後悔しかない。そうすれば……今の状況は変わっていたかな」
「な、な、なに言ってるの?私達は友人で……あなただっていつも私を『チビ』とか『色気がない』とか揶揄っていたじゃない」
「……自分がガキだったから素直になれなかっただけだよ。ずっと君が好きだったし、いつでも一番可愛いと思っていた」
私はそのまさかの言葉にボッと頬が染まった。グレッグが私を好き?一番可愛いと思っていた!?そんなこと信じられない。
「俺は次男で爵位も継げないから、あの時の俺じゃ君を幸せに出来なかった。ちゃんと稼げるようになったら、ヴィヴィに求婚しようと思ってた」
――求婚ですって!?
「求婚なんて……あ!学生の時のように揶揄っているんでしょう?やめてよね、私はもう結婚しているのだから」
私が笑ってそう言うと、彼は怖い顔で私の手を掴んだ。
「揶揄ってなどいない。本気だ」
グリーンの瞳が私をじっと見つめている。まさか本気で私を好きだとでも言うのか?
♢♢♢
グレッグと初めて会ったのは、十三歳の時。学校のクラスが同じになったのだ。賢かった彼は、いつも学年トップの成績だった。実は私も割と勉強ができたので、いつの間にか自然に図書館に行ったりテスト前にわからないところを教え合ったりしていた。
そんな感じで仲良くなった私達は、プライベートなこともよく話すようになりたまに街に出かけたりもしていた。それを見た周囲からは『付き合っている』と噂されたりしていたが、実際は手を繋いだことすらなかった。
だけど……いつかその噂が本当になるかもしれない。当時の私は淡い恋心を抱いていた。だって一緒にいて楽しいし、グレッグだって私の前ではよく笑ってくれている。私にとって初めての恋だった。
ある日先生に用事があり、すっかり帰りが遅くなった私は忘れ物に気が付き教室に戻っていた。その時に私は彼の本音を聞いてしまったのだ。
『グレッグ、お前ヴィヴィアンヌ嬢ともうキスくらいはしたのか?でもよー……子どもみたいなあの子と色っぽい雰囲気なんてどうやってなるんだ?』
彼はクラスメイトの男の子に肩を組まれて、そんなことを聞かれていた。これは聞いてはいけない、そう思ったのに足が動かなかった。
『……ヴィヴィとはそういう関係じゃない』
『あれだけ仲良くしといて?じゃあ、どんな関係なんだよ』
『……妹みたいに思ってるだけだ。それ以上の気持ちはない』
彼は無表情のまま淡々とそう話していた。
『そうなのか?まぁ……でも確かに妹としては可愛いよな!お人形さんみたいで』
それを聞いて私の胸はズキズキと痛んだ。そうなんだ……一人で勘違いしていて恥ずかしい。私は力が抜けて鞄を落としてしまった。
ドサッと音がしたのに気が付いて、グレッグは廊下にいた私に気が付いた。
「ヴィヴィ……っ!」
「わ……忘れ物しちゃって。でもよく考えたら大したものじゃなかったから。じゃ……じゃあね!」
私はその場から全速力で逃げ出した。グレッグの「待ってくれ!」という言葉が聞こえてきたが無視をした。
家に帰って一晩泣いてスッキリした私は、なんとか立ち直った。私が勝手に勘違いしていただけで、元々友達じゃないか。キスどころか、手に触れたこともなかったのだから。
グレッグはよく『ガキ』とか『色気が足りない』と揶揄ったり、私の髪をわざとぐしゃぐしゃと撫でて笑ったりしていた。でも困った時はいつも助けてくれて優しかったのだ。だから、それらも不器用な彼の愛情表現なのかと思っていたけど……本音だったようだ。
「グレッグ、おはよう」
翌日、私は何事もなかったかのように彼に笑顔で挨拶ができた。
「おはよう。ヴィヴィ、昨日のは……違うんだ。きちんと話をさせてくれ」
グレッグは気まずそうな顔をしていた。心なしか顔色も悪い気がする。もしかすると優しい彼は私のことを気にして、眠れなかったのかもしれない。
「なんのこと?そりゃあ……あなたみたいな兄を持った覚えはないから、妹と言われたのは癪だけど。これからはちゃんと友達って説明してよね!」
「……友達」
彼はグッと唇を噛み締めて、俯いてしまった。あれ……もしかして私は友達ですらなかったのかしら?
「友達じゃなかった?」
不安になった私は、彼の顔を覗き込んでそう質問した。グレッグは少し頬を染めて、視線を逸らした。
「……いや、友達だ」
そんな感じで卒業するまでずっと友情を育んできたのだ。一度勘違いから解けてしまえば、恋愛感情も全くなくなった。
――だから、先に私を振ったのは向こうだ。
♢♢♢
「あなたが妹だって言ったんじゃない。私のことは女として見ていないって」
「あの時の私は馬鹿だった。クラスメイトに君を好きだと言う勇気がなくて嘘をついた。振られて……ヴィヴィと過ごす楽しい時間がなくなってしまうなら、このまま友達でいいって言い聞かせていた」
そんなことを今更言われたって困る。
「君が可愛くて……愛おしい。今更どうしようもないのはわかっているが、この想いを伝えたかった」
「……」
「この世でヴィヴィを一番愛しているのは私だ。それだけ知っていて欲しい。もし今の君が幸せじゃないなら……全部を捨ててでも君を奪いたいくらいだ」
彼は私の髪をひと束すくって、チュッとキスをした。私は驚いて目を見開いた。
「クレール伯爵家では、人の妻に軽々しく触れるのは失礼だと教わらなかったのか?」
後ろから冷たく響く声が聞こえて振り返ると、ギロリと鋭い目でグレッグを睨む旦那様が立っていた。一目で怒っているのがわかるほど、圧がすごい。
「ヴィヴィ、探したぞ。行こう」
彼はグレッグから私を隠すように腰を抱き寄せ、そのままその場を去ろうとした。
「ランドルフ様、私はヴィヴィを愛しています」
グレッグがそんなとんでもないことを言い出した。旦那様はゆっくりと彼を見下ろした。
「……それで?」
「愛していないなら、彼女を手放してもらえませんか。金ならなんとでもします」
グレッグは旦那様に向かってそう頼み、深く頭を下げた。しかし旦那様はそれを見てフッと鼻で笑った。
「……甘いな。いい機会だから教えておいてやろう。失った物は二度と戻らない。君は何度もチャンスがあったのに、それを掴む勇気がなかった。今更もう遅い」
「……っ!」
「あと彼女はもう私の妻、ヴィヴィアンヌ・ベルナールだ。軽々しく愛称で呼ぶのはやめてくれたまえ」
そして私は彼に強引に手を引かれて、廊下を歩いている。いや、歩いているというより……半分引きずられている感じだ。
「だ、旦那様っ……早いです」
そう言った私を、彼は怖い顔でジッと見下ろしそのまま横抱きにした。
「恥ずかしいです!おろしてくださいませ」
私はバタバタと腕の中で暴れたが、彼の屈強な身体はびくともせずそのまま馬車まで連れて行かれた。
そして乗せられる瞬間に、廊下の影から私をじっとりと見つめる人影が見えた。遠くて姿はきちんと見えないが嫌な視線がまとわりついて気持ちが悪い。あれは……誰?目が合った瞬間に人影が消えたのも気になった。
「旦那様、後ろに人影が……」
「誰かに見られたら困るのか?」
「いえ、そういうわけではなくて」
なんと説明すればいいのだろうか?不審者がいた?でも私を見る人なんていないだろうし、勘違いかもしれない。旦那様は私を強引に馬車の中に下ろして、自分も乗り込んだ。
「あ……あの、もう舞踏会はいいのですか?」
「舞踏会なんかどうでもいい。少し黙っていろ」
旦那様にそう言われた瞬間、身体を引き寄せられて噛み付くような激しい口付けをされた。
応援ありがとうございます!
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