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「お誘いいただけるのは光栄だが、ダンスは妻としか踊らないと決めているんだ」
ランディ様はお姉様方達のお誘いをサラリと断り、私の腰をそっと抱き寄せた。体のよい女避けな気もするが、ちょっと嬉しい。
その怖いお姉様達はキッと私を睨みつけた。うゔっ……視線が痛いわ。
「ガキがランドルフ様に似合わないのよ」
「お情けで助けてもらったくせに図々しい」
「やーねぇ、自分が魅力があると勘違いしてるのかしら。何処にいるかわからないくらいおチビさんなのに」
後ろからケラケラと笑い小声で馬鹿にするような悪口が聞こえてきた。ある程度覚悟していたけれど、実際言われると結構辛いわね。
――彼に似合わないことは知っている。
言われなくたって、自分がチビでガキで女としての魅力が足りないってわかっている。でもここで泣いては彼に迷惑をかける。振り向いちゃいけない。私はグッと唇を噛み締めて、しっかりと前を向いた。
「……妻に文句があるなら俺が全て聞く。遠慮なく名乗り出ろ」
ランディ様が低く響く恐ろしい声でそう言った。周囲は一気にシン、と静まり返る。私は驚いて彼の顔を見上げた。
「良かった、何もないようだ。ヴィヴィ、行くぞ」
彼は微笑み周囲にわざと見せつけるように、チュッと私の頬に軽いキスをして……二人でその場を去った。
カーッと身体中が熱い。なにあれ……なにあれ……なにあれ!三回言ってしまうくらい格好良い。ランディ様が庇ってくれたなんて幸せすぎる。
私はこの幸せな気持ちを我慢できずに、ガバリと彼の胸の中に抱き付いた。
「うおっ……!」
「ランディ様、大好きです」
「なっ……!や、やめろ。こんな場所で」
彼は抱きつかれて恥ずかしいのか、頬が染まっている。ランディ様は両肩を掴んで引き剥がそうしていたが、私は気にせずさらにぎゅーっとしがみついた。好き、大好き。
「まあ、ランドルフったら!聞いてた話と違ってやけにラブラブじゃない?そのお可愛らしい方は、まさか奥様?」
そう言ってきたのは、とびきりスタイルの良い色気のある美人だ。さっきのお姉様方はスタイルが良かっただけだが、この人は顔も良い。
しかもランドルフって呼び捨てで呼ばれたわ。それだけ気安い関係だということだろうか。
「シュゼット!なぜ一人でいる?」
彼は私の身体をそっと離した。そして嫌そうな顔で、彼女を見つめた。しかも彼も呼び捨てにしているなんて。
「あの人は別の方と話してるの。私はあなたの奥様の方が興味があるから、こっちに来たのよ」
うふふ、と美しく微笑んで彼の肩にするりと手を置いた。ランディ様と並ぶと、あまりにもお似合いで胸がズキズキと痛みだした。
「なんて素敵な奥様。こんな若くて可愛い彼女と結婚できるなんて、あなたは幸せ者ねぇ?」
ニッと美しく口の端を持ち上げ、つんつんと人差し指で彼の頬を突いている。彼は「やめろ」と言いながらも、手を跳ね除ける素振りはない。
――この人は誰なのだろうか?
その時に甘くて妖艶な香りがふわりと、匂ってきた。この匂い……どこかで嗅いだことがあるような。
そして私は気が付いてしまった。これはランディ様が泥酔していた時の香りと全く一緒だ。じゃあこの人が……ランディ様のお相手だというのか?
シュゼットと呼ばれていた彼女は、私よりも大人でセクシーで美人で……気さくで……完璧だった。私が勝てそうな要素はない。
もしかして、シュゼット様は形ばかりの妻がどんなものかチェックしに来たのかな?彼は私のものではないと……ちゃんとわからせたかったのかもしれない。心配しなくても、私の片想いなのに。
さっきまでの幸せな気持ちが、心の中でしゅわしゅわと沈んでいくのがわかる。
「だ、旦那様……少し外の空気を吸ってきます」
彼女の前にいるのが辛くて、私はこの場から逃げたかった。彼女の前でランディ様と呼ぶ勇気もなかった。
「ヴィヴィ、急にどうしたんだ?もし気分が悪いなら一緒に……」
「いえ!旦那様はシュゼット様とごゆっくり……しててくださいませ。失礼致します!」
「おい、ちょっと待て!」
待てるはずがない。私は人混みをするりするりと上手く避けて、逃げて行った。大柄な旦那様が動くには時間がかかるはずだ。今夜が大規模な舞踏会で良かった。これならば背の低い私は、紛れられる。
しばらく走って、人気のないバルコニーへと逃げた。はあ、はぁと息を整える。
あんな綺麗な人が彼の大事な天使だったなんて。そりゃあ……私に手を出す気が失せるはずだ。
『俺は子どもみたいな女は好きではない』
結婚式の夜に旦那様に言われた言葉が、胸を突き刺してくる。
「旦那様の……馬鹿」
外に本命がいて私をお飾りの妻にするならば、優しくしないで欲しい。笑いかけないで欲しい。頬にキスなんてしないで欲しい。格好良く助けないで欲しい。
「そうじゃないと好きになっちゃうじゃない……報われないのに」
片想いでもいいなんて思っていたけれど、それは嘘だ。そしてこんなに恋が苦しいなんて知らなかった。
ポロリと涙が溢れた時に、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「ヴィヴィ、なぜ泣いている?」
「グレッグ……っ!あなたいつ戻って来ていたの!?」
振り向くと学生時代の仲の良いクラスメイトであり、二年前に卒業と同時に隣国へ留学していたグレゴリー・クレールが立っていた。彼は伯爵家の次男であるが、すごく賢く語学が堪能で後々は外交官にと望まれて留学することになったのだ。
「ついこの間だよ……この舞踏会なら、君に逢えると思っていたから」
私はハンカチでさっと涙を拭いて、笑顔を作った。こんな顔を見せるわけにはいかない。
「留学は有意義なものだったの?」
「ああ、とてもね。私はこれから外交官として働いていくよ」
「それは良かったわ!さすがグレッグね」
外交官は優秀な人しかなることのできない高給取りな仕事だ。次男の彼は爵位を継げないことを気にして、自分でしっかりと稼げるようになりたいと言っていたから。
「ありがとう……でも君が結婚したと聞いた時は驚いた。帰国してショックだったよ」
ショック?ああ、でもそうよね。本来なら友人達にも手紙で結婚を知らせて、みんなに祝ってもらうのが一般的だ。知らされていないのはショックかもしれない。でも特殊で急に決まった結婚だったから、誰にも報告出来なかったのだ。
「ごめんなさい。急に結婚が決まったから、誰にも連絡ができなかったのよ」
不義理を素直に謝ると、グレッグは拳をギュッと握りしめた。
「私はこの国を離れていたから、ファンタニエ家がそこまで困窮していると知らなかったんだ。君がああいう結婚をするほど……追い詰められていたなんて」
グレッグが留学後すぐあの大飢饉が起こった。彼は少し経ってからそれを知り、大丈夫なのかと心配する手紙をくれていた。私はそれに「何も問題はない」と送り返していた。その後も何度か手紙のやり取りはしていたが、遠くにいる友人が気にかけないように当たり障りのない内容しか書かなかった。
「ヴィヴィが大変な時に、気付いてやれなかった。君の手紙の内容を鵜呑みにして……何もできなかった自分が恥ずかしいよ」
「な、何言ってるの!手紙嬉しかったわ。それにあんなこと誰もどうにもできないわよ」
私はわざとアハハ、と笑って深刻にならないように軽く話した。
「……でもランドルフ様にはできた。ヴィヴィは今幸せなのか?あの人はだいぶ年上だし、今まで噂のあった恋人達は君とは全然タイプが違う。金で買われた妻なんて……家で酷い扱いをされているんじゃないか?さっきだって泣いていただろ?」
グレッグは旦那様を勘違いしている。酷いことなんてされていない。
「旦那様はとてもお優しいわ。泣いていたのは目にゴミが入ったの」
「ヴィヴィ、嘘をつくな」
「……嘘じゃないわ。旦那様には大きな恩があるの。感謝しかしていない。どうして彼を悪く言うの?やめてちょうだい」
そう言った私を、グレッグは真剣な顔で真っ直ぐ見つめた。
「ヴィヴィのことが好きだからだよ」
私は驚きすぎてグレッグが発した言葉を理解するのに、しばらく時間がかかってしまった。
ランディ様はお姉様方達のお誘いをサラリと断り、私の腰をそっと抱き寄せた。体のよい女避けな気もするが、ちょっと嬉しい。
その怖いお姉様達はキッと私を睨みつけた。うゔっ……視線が痛いわ。
「ガキがランドルフ様に似合わないのよ」
「お情けで助けてもらったくせに図々しい」
「やーねぇ、自分が魅力があると勘違いしてるのかしら。何処にいるかわからないくらいおチビさんなのに」
後ろからケラケラと笑い小声で馬鹿にするような悪口が聞こえてきた。ある程度覚悟していたけれど、実際言われると結構辛いわね。
――彼に似合わないことは知っている。
言われなくたって、自分がチビでガキで女としての魅力が足りないってわかっている。でもここで泣いては彼に迷惑をかける。振り向いちゃいけない。私はグッと唇を噛み締めて、しっかりと前を向いた。
「……妻に文句があるなら俺が全て聞く。遠慮なく名乗り出ろ」
ランディ様が低く響く恐ろしい声でそう言った。周囲は一気にシン、と静まり返る。私は驚いて彼の顔を見上げた。
「良かった、何もないようだ。ヴィヴィ、行くぞ」
彼は微笑み周囲にわざと見せつけるように、チュッと私の頬に軽いキスをして……二人でその場を去った。
カーッと身体中が熱い。なにあれ……なにあれ……なにあれ!三回言ってしまうくらい格好良い。ランディ様が庇ってくれたなんて幸せすぎる。
私はこの幸せな気持ちを我慢できずに、ガバリと彼の胸の中に抱き付いた。
「うおっ……!」
「ランディ様、大好きです」
「なっ……!や、やめろ。こんな場所で」
彼は抱きつかれて恥ずかしいのか、頬が染まっている。ランディ様は両肩を掴んで引き剥がそうしていたが、私は気にせずさらにぎゅーっとしがみついた。好き、大好き。
「まあ、ランドルフったら!聞いてた話と違ってやけにラブラブじゃない?そのお可愛らしい方は、まさか奥様?」
そう言ってきたのは、とびきりスタイルの良い色気のある美人だ。さっきのお姉様方はスタイルが良かっただけだが、この人は顔も良い。
しかもランドルフって呼び捨てで呼ばれたわ。それだけ気安い関係だということだろうか。
「シュゼット!なぜ一人でいる?」
彼は私の身体をそっと離した。そして嫌そうな顔で、彼女を見つめた。しかも彼も呼び捨てにしているなんて。
「あの人は別の方と話してるの。私はあなたの奥様の方が興味があるから、こっちに来たのよ」
うふふ、と美しく微笑んで彼の肩にするりと手を置いた。ランディ様と並ぶと、あまりにもお似合いで胸がズキズキと痛みだした。
「なんて素敵な奥様。こんな若くて可愛い彼女と結婚できるなんて、あなたは幸せ者ねぇ?」
ニッと美しく口の端を持ち上げ、つんつんと人差し指で彼の頬を突いている。彼は「やめろ」と言いながらも、手を跳ね除ける素振りはない。
――この人は誰なのだろうか?
その時に甘くて妖艶な香りがふわりと、匂ってきた。この匂い……どこかで嗅いだことがあるような。
そして私は気が付いてしまった。これはランディ様が泥酔していた時の香りと全く一緒だ。じゃあこの人が……ランディ様のお相手だというのか?
シュゼットと呼ばれていた彼女は、私よりも大人でセクシーで美人で……気さくで……完璧だった。私が勝てそうな要素はない。
もしかして、シュゼット様は形ばかりの妻がどんなものかチェックしに来たのかな?彼は私のものではないと……ちゃんとわからせたかったのかもしれない。心配しなくても、私の片想いなのに。
さっきまでの幸せな気持ちが、心の中でしゅわしゅわと沈んでいくのがわかる。
「だ、旦那様……少し外の空気を吸ってきます」
彼女の前にいるのが辛くて、私はこの場から逃げたかった。彼女の前でランディ様と呼ぶ勇気もなかった。
「ヴィヴィ、急にどうしたんだ?もし気分が悪いなら一緒に……」
「いえ!旦那様はシュゼット様とごゆっくり……しててくださいませ。失礼致します!」
「おい、ちょっと待て!」
待てるはずがない。私は人混みをするりするりと上手く避けて、逃げて行った。大柄な旦那様が動くには時間がかかるはずだ。今夜が大規模な舞踏会で良かった。これならば背の低い私は、紛れられる。
しばらく走って、人気のないバルコニーへと逃げた。はあ、はぁと息を整える。
あんな綺麗な人が彼の大事な天使だったなんて。そりゃあ……私に手を出す気が失せるはずだ。
『俺は子どもみたいな女は好きではない』
結婚式の夜に旦那様に言われた言葉が、胸を突き刺してくる。
「旦那様の……馬鹿」
外に本命がいて私をお飾りの妻にするならば、優しくしないで欲しい。笑いかけないで欲しい。頬にキスなんてしないで欲しい。格好良く助けないで欲しい。
「そうじゃないと好きになっちゃうじゃない……報われないのに」
片想いでもいいなんて思っていたけれど、それは嘘だ。そしてこんなに恋が苦しいなんて知らなかった。
ポロリと涙が溢れた時に、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「ヴィヴィ、なぜ泣いている?」
「グレッグ……っ!あなたいつ戻って来ていたの!?」
振り向くと学生時代の仲の良いクラスメイトであり、二年前に卒業と同時に隣国へ留学していたグレゴリー・クレールが立っていた。彼は伯爵家の次男であるが、すごく賢く語学が堪能で後々は外交官にと望まれて留学することになったのだ。
「ついこの間だよ……この舞踏会なら、君に逢えると思っていたから」
私はハンカチでさっと涙を拭いて、笑顔を作った。こんな顔を見せるわけにはいかない。
「留学は有意義なものだったの?」
「ああ、とてもね。私はこれから外交官として働いていくよ」
「それは良かったわ!さすがグレッグね」
外交官は優秀な人しかなることのできない高給取りな仕事だ。次男の彼は爵位を継げないことを気にして、自分でしっかりと稼げるようになりたいと言っていたから。
「ありがとう……でも君が結婚したと聞いた時は驚いた。帰国してショックだったよ」
ショック?ああ、でもそうよね。本来なら友人達にも手紙で結婚を知らせて、みんなに祝ってもらうのが一般的だ。知らされていないのはショックかもしれない。でも特殊で急に決まった結婚だったから、誰にも報告出来なかったのだ。
「ごめんなさい。急に結婚が決まったから、誰にも連絡ができなかったのよ」
不義理を素直に謝ると、グレッグは拳をギュッと握りしめた。
「私はこの国を離れていたから、ファンタニエ家がそこまで困窮していると知らなかったんだ。君がああいう結婚をするほど……追い詰められていたなんて」
グレッグが留学後すぐあの大飢饉が起こった。彼は少し経ってからそれを知り、大丈夫なのかと心配する手紙をくれていた。私はそれに「何も問題はない」と送り返していた。その後も何度か手紙のやり取りはしていたが、遠くにいる友人が気にかけないように当たり障りのない内容しか書かなかった。
「ヴィヴィが大変な時に、気付いてやれなかった。君の手紙の内容を鵜呑みにして……何もできなかった自分が恥ずかしいよ」
「な、何言ってるの!手紙嬉しかったわ。それにあんなこと誰もどうにもできないわよ」
私はわざとアハハ、と笑って深刻にならないように軽く話した。
「……でもランドルフ様にはできた。ヴィヴィは今幸せなのか?あの人はだいぶ年上だし、今まで噂のあった恋人達は君とは全然タイプが違う。金で買われた妻なんて……家で酷い扱いをされているんじゃないか?さっきだって泣いていただろ?」
グレッグは旦那様を勘違いしている。酷いことなんてされていない。
「旦那様はとてもお優しいわ。泣いていたのは目にゴミが入ったの」
「ヴィヴィ、嘘をつくな」
「……嘘じゃないわ。旦那様には大きな恩があるの。感謝しかしていない。どうして彼を悪く言うの?やめてちょうだい」
そう言った私を、グレッグは真剣な顔で真っ直ぐ見つめた。
「ヴィヴィのことが好きだからだよ」
私は驚きすぎてグレッグが発した言葉を理解するのに、しばらく時間がかかってしまった。
応援ありがとうございます!
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