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本編
3 ぬいぐるみ
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しばらくすると、エルベルト様から色んな贈り物がされるようになった。美しいワンピースや宝石……そして豪華な花束など、いかにも女性が喜びそうな美しく華美な物ばかりだ。
私は戸惑ったが、それでもご自身で考えて贈ってくださったのだと思うと嬉しかった。贈られたワンピースを身につけ、お礼を言おうと彼の部屋をノックしようとした時……私はたまたま聞いてしまったのだ。
「またクリスティンに適当に見繕ってやってくれ」
「はい。王都から流行りの物を取り寄せますね」
「ああ、頼む」
彼は執事に私の贈り物を頼んでいた。そうか……これは私のことを想って贈ってくれたものではなかったのだ。
考えてみれば当たり前だ。だってエルベルト様は私のことなんて好きではないのだから。辺境伯の妻としてこれくらいのものは与えるべきであろう……という義務の贈り物だったのだ。
私は哀しくなってワンピースを脱ぎ捨てた。そしてこれ以降届いたプレゼントは開けることすらしなかった。
きっと執事やノエルからエルベルト様にはそのことは伝わっているはずだ。
「何か欲しい物はないのか?」
ある日、少し困った顔の彼からそう聞かれたから。
「ありません! あなた自身が選んでいない心のない贈り物など、私にとって何の意味もありませんから」
私はもう我慢の限界で、可愛げなくそう言い放ちぷいっと顔を背けた。エルベルト様は「……そうか」と小さく呟いた。
ああ、これでまた彼に嫌われたなと思ったがもういいやという気持ちだった。この家のみんなはとても優しくて気さくで大好きだ。妻の本来の役割を果たしていない私を虐げることもなく『女主人』としてちゃんと扱ってくれる。
でも……もうここにいるのは苦しい。両親に迷惑をかけるかもしれないが、家に帰りたい。このままここにいても、彼との間に後継など産まれない。
だって結婚からもう半年経過したのに、私はまだ乙女だ。それどころかキスも二回しかしていない。哀しい気持ちで今夜も一人自分の部屋で眠った。
♢♢♢
ふて寝した翌日、目が覚めたらベッドに可愛らしいうさぎのぬいぐるみが置いてあった。首にはリボンが付いている。
「……これは?」
ふわふわの触り心地が気持ち良い。しかしこの子はどこからきたのだろうか?
私が首を傾げていると、ノエルが「おはようございます」と朝の準備に来てくれた。そして私が抱いているぬいぐるみを見て「あっ!」と驚いたような声を出した。
「ノエル、この子を知っているの?」
「あー……その子は……以前に……その……旦那様が街の店から買ってこられて」
「エルベルト様が!?」
あの恐ろしい顔の彼がこのうさぎを、どんな顔で買ったのだろうか? 想像すると面白い。
「エルベルト様は私を十歳くらいの少女だと勘違いなさっているのかしら?」
私がくすくすと笑うと、ノエルは頭をかかえながらもすごい勢いで慌てて否定した。
「違うのです! あの……旦那様は昔から剣の訓練ばかりされていて……本当に男女のそういうことに疎くていらっしゃるのです。年頃の女性が何が好きかとか……その……ご存知ないのです。奥様を子ども扱いしてるとか、蔑ろにしているわけではないのです! 本当です!!」
なるほど。わからないから……執事に任していたのだろうか。そうとは知らず、酷いことを言ってしまったなと反省した。
「そうなのね。でも自分で選ばれたのなら、今までのプレゼントでこのぬいぐるみが一番嬉しいわ」
私が微笑むと、ノエルも嬉しそうに笑った。そして、身なりを整え……エルベルト様と一緒のテーブルに着いた。
「おはようございます」
「……おはよう」
昨日私があんな暴言を吐いたのに、彼は怒らなかった。彼はぬいぐるみを置いた反応が気になるのか、ソワソワとしているようにみえる。怖い人だと思っていたけど、実は可愛いのかもしれない。
「エルベルト様」
「な、なんだ」
「可愛いうさぎのぬいぐるみ、ありがとうございました」
彼は動揺したのか、いつも品よく食べているのに急にガチャガチャとナイフとフォークが鳴った。私はその反応が面白くて心の中でニヤリと笑ってしまった。
「ふわふわで、とても気に入りました。毎晩一緒に寝ますね」
「そ……そうか」
エルベルト様は少し照れたように、プイッと私から目線を逸らしモグモグとご飯を食べていた。
この人は口下手で不器用なだけなのかもしれないな、と思った。昨日まではもう彼と仲良くなるのは無理だろうな……そのうち離縁してもらおうかとまで考えていたが、うさぎのぬいぐるみのおかげでもう少し頑張れそうだ。私はその夜、うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて眠りについた。
そしてうさぎのぬいぐるみを貰った日から……エルベルト様から一日一つプレゼントを貰う日々が続いている。
贈られる物は、以前の洗練されたお洒落で豪華なプレゼントとは明らかに違う。だからこそ、エルベルト様本人が選んでいるのだとわかって面白いし嬉しい。
しかし最初は焦った。そう……私の部屋にはうさぎのぬいぐるみに続き、くまとネコがいる。私が嬉しかったと言ったので、彼は『これがいいのか』と思ったらしかった。そして起きるたびに、毎日違う仲間が増えているのはある意味恐怖だった。
「く、くまさんが増えてる」
「うわぁ……今日はネコちゃん!」
このままでいくと、私はぬいぐるみに埋もれて眠ることになる。私はさーっと青ざめた。使用人達はみんな『ああ……旦那様がすみません。悪気はないんです』と頭を抱えていた。
そしてエルベルト様に「ぬいぐるみは嬉しいですが、三匹以上は可愛がれません」と正直に伝えた。彼は「そうか」と少し残念そうだった。
それからは違う物を贈ってくれるようになったのだ。言って良かった。ある時は野生の花で作った素朴な花束だったり、私の瞳と同じ色のイヤリングだったり……可愛い缶に入ったクッキーだったこともある。
何だかんだで、今日は何だろう? と楽しみにしている自分がいる。ある日、リボンが届いたので髪の毛をくくる時に付けてもらった。
するとエルベルト様は私の髪のリボンを見て自分が贈ったものだと気が付いたらしく、何度も何度もチラチラとこちらを眺めていた。しかし私と目が合うとすぐに逸らされる。
ふふ、そんな何度も見ていて私が気付いてないと本気で思っていらっしゃるのかしら。変な人だわ。
「に、似合って……いる」
彼は聞こえるか聞こえないかの声で、ボソリと呟いた。まさか褒めてもらえるとは。嫁いできてから初めてのことなので、嬉しくなった。
「ありがとうございます。可愛いリボンだったので、私に似合うか心配でしたが褒めていただけてよかったです」
「……っ!」
私はニコリと微笑んだが、彼はキュッと口を引き結んで無言を貫いた。なんだか最近はもうこの雰囲気にも慣れてきた。彼に悪気はない。たぶん、エルベルト様はとても素直で優しい人なのだ。そして……無愛想に見えるのは口下手で照れ屋なだけ。
沢山プレゼントを貰っているので何かお返しを返そうと思い、私は久しぶりに刺繍をすることにした。貴族令嬢らしく、私は刺繍が得意だ。ハンカチに彼のイニシャルを入れて完成させた。そして街中で彼の瞳と同じ色の金のお洒落なカフスボタンを見つけたので、一緒にして晩御飯の時に手渡した。
「気に入られるかわかりませんが、どうぞ」
「……俺に?」
「ええ。普段沢山いただいているお礼です」
彼は少し頬を染めジッと箱を見つめた後、そっと開けた。
「この刺繍は……」
「私が刺しました。よろしければお使いくださいませ」
「ああ、大事にする。カフスも付ける」
相変わらず言葉は少ないが喜んでくれたようだ……たぶん。良かったわ。
彼なりに私を大事にしようとしてくれているのはわかってきた。だが、結婚してもうすぐ一年が経とうとしているのに……私達はまだ本当の夫婦ではなかった。
「ねえ、ノエル……エルベルト様は外に愛人でもいるのかしら?」
私がそう言ったら、彼女は酷く驚きぶんぶんと左右に首を振った。
「まさか! 旦那様は奥様一筋です」
奥様一筋というのはさすがに無理があるフォローだ。彼は私に指一本触れないのに、一筋も何もない。
「だって私達は本当の意味で夫婦になっていないわ。私のことが嫌いか……誰かに操を立てているとしか思えないじゃない」
「それは……っ!」
「エルベルト様は素敵なプレゼントも下さるし、最近少しずつ話せるようになったの。だから嫌われてはいない気がするのだけど……私を愛してくださらないのは他にお好きな女性がいるのかなって。私のことは妹か何かだと思われているのではないかしら?」
ノエルは「ああ」と片手で顔を隠し、天を仰いで嘆いていた。そうよね……例え愛人がいても、彼女の立場では旦那様のことを悪くは言えないわよね。
「旦那様は奥様が一番ですよ。それだけは本当です」
「……そうだといいんだけど」
そんなはずはない。ノエルの励ましは嬉しいが、気を遣わせて申し訳なくなった。
私は戸惑ったが、それでもご自身で考えて贈ってくださったのだと思うと嬉しかった。贈られたワンピースを身につけ、お礼を言おうと彼の部屋をノックしようとした時……私はたまたま聞いてしまったのだ。
「またクリスティンに適当に見繕ってやってくれ」
「はい。王都から流行りの物を取り寄せますね」
「ああ、頼む」
彼は執事に私の贈り物を頼んでいた。そうか……これは私のことを想って贈ってくれたものではなかったのだ。
考えてみれば当たり前だ。だってエルベルト様は私のことなんて好きではないのだから。辺境伯の妻としてこれくらいのものは与えるべきであろう……という義務の贈り物だったのだ。
私は哀しくなってワンピースを脱ぎ捨てた。そしてこれ以降届いたプレゼントは開けることすらしなかった。
きっと執事やノエルからエルベルト様にはそのことは伝わっているはずだ。
「何か欲しい物はないのか?」
ある日、少し困った顔の彼からそう聞かれたから。
「ありません! あなた自身が選んでいない心のない贈り物など、私にとって何の意味もありませんから」
私はもう我慢の限界で、可愛げなくそう言い放ちぷいっと顔を背けた。エルベルト様は「……そうか」と小さく呟いた。
ああ、これでまた彼に嫌われたなと思ったがもういいやという気持ちだった。この家のみんなはとても優しくて気さくで大好きだ。妻の本来の役割を果たしていない私を虐げることもなく『女主人』としてちゃんと扱ってくれる。
でも……もうここにいるのは苦しい。両親に迷惑をかけるかもしれないが、家に帰りたい。このままここにいても、彼との間に後継など産まれない。
だって結婚からもう半年経過したのに、私はまだ乙女だ。それどころかキスも二回しかしていない。哀しい気持ちで今夜も一人自分の部屋で眠った。
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ふて寝した翌日、目が覚めたらベッドに可愛らしいうさぎのぬいぐるみが置いてあった。首にはリボンが付いている。
「……これは?」
ふわふわの触り心地が気持ち良い。しかしこの子はどこからきたのだろうか?
私が首を傾げていると、ノエルが「おはようございます」と朝の準備に来てくれた。そして私が抱いているぬいぐるみを見て「あっ!」と驚いたような声を出した。
「ノエル、この子を知っているの?」
「あー……その子は……以前に……その……旦那様が街の店から買ってこられて」
「エルベルト様が!?」
あの恐ろしい顔の彼がこのうさぎを、どんな顔で買ったのだろうか? 想像すると面白い。
「エルベルト様は私を十歳くらいの少女だと勘違いなさっているのかしら?」
私がくすくすと笑うと、ノエルは頭をかかえながらもすごい勢いで慌てて否定した。
「違うのです! あの……旦那様は昔から剣の訓練ばかりされていて……本当に男女のそういうことに疎くていらっしゃるのです。年頃の女性が何が好きかとか……その……ご存知ないのです。奥様を子ども扱いしてるとか、蔑ろにしているわけではないのです! 本当です!!」
なるほど。わからないから……執事に任していたのだろうか。そうとは知らず、酷いことを言ってしまったなと反省した。
「そうなのね。でも自分で選ばれたのなら、今までのプレゼントでこのぬいぐるみが一番嬉しいわ」
私が微笑むと、ノエルも嬉しそうに笑った。そして、身なりを整え……エルベルト様と一緒のテーブルに着いた。
「おはようございます」
「……おはよう」
昨日私があんな暴言を吐いたのに、彼は怒らなかった。彼はぬいぐるみを置いた反応が気になるのか、ソワソワとしているようにみえる。怖い人だと思っていたけど、実は可愛いのかもしれない。
「エルベルト様」
「な、なんだ」
「可愛いうさぎのぬいぐるみ、ありがとうございました」
彼は動揺したのか、いつも品よく食べているのに急にガチャガチャとナイフとフォークが鳴った。私はその反応が面白くて心の中でニヤリと笑ってしまった。
「ふわふわで、とても気に入りました。毎晩一緒に寝ますね」
「そ……そうか」
エルベルト様は少し照れたように、プイッと私から目線を逸らしモグモグとご飯を食べていた。
この人は口下手で不器用なだけなのかもしれないな、と思った。昨日まではもう彼と仲良くなるのは無理だろうな……そのうち離縁してもらおうかとまで考えていたが、うさぎのぬいぐるみのおかげでもう少し頑張れそうだ。私はその夜、うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて眠りについた。
そしてうさぎのぬいぐるみを貰った日から……エルベルト様から一日一つプレゼントを貰う日々が続いている。
贈られる物は、以前の洗練されたお洒落で豪華なプレゼントとは明らかに違う。だからこそ、エルベルト様本人が選んでいるのだとわかって面白いし嬉しい。
しかし最初は焦った。そう……私の部屋にはうさぎのぬいぐるみに続き、くまとネコがいる。私が嬉しかったと言ったので、彼は『これがいいのか』と思ったらしかった。そして起きるたびに、毎日違う仲間が増えているのはある意味恐怖だった。
「く、くまさんが増えてる」
「うわぁ……今日はネコちゃん!」
このままでいくと、私はぬいぐるみに埋もれて眠ることになる。私はさーっと青ざめた。使用人達はみんな『ああ……旦那様がすみません。悪気はないんです』と頭を抱えていた。
そしてエルベルト様に「ぬいぐるみは嬉しいですが、三匹以上は可愛がれません」と正直に伝えた。彼は「そうか」と少し残念そうだった。
それからは違う物を贈ってくれるようになったのだ。言って良かった。ある時は野生の花で作った素朴な花束だったり、私の瞳と同じ色のイヤリングだったり……可愛い缶に入ったクッキーだったこともある。
何だかんだで、今日は何だろう? と楽しみにしている自分がいる。ある日、リボンが届いたので髪の毛をくくる時に付けてもらった。
するとエルベルト様は私の髪のリボンを見て自分が贈ったものだと気が付いたらしく、何度も何度もチラチラとこちらを眺めていた。しかし私と目が合うとすぐに逸らされる。
ふふ、そんな何度も見ていて私が気付いてないと本気で思っていらっしゃるのかしら。変な人だわ。
「に、似合って……いる」
彼は聞こえるか聞こえないかの声で、ボソリと呟いた。まさか褒めてもらえるとは。嫁いできてから初めてのことなので、嬉しくなった。
「ありがとうございます。可愛いリボンだったので、私に似合うか心配でしたが褒めていただけてよかったです」
「……っ!」
私はニコリと微笑んだが、彼はキュッと口を引き結んで無言を貫いた。なんだか最近はもうこの雰囲気にも慣れてきた。彼に悪気はない。たぶん、エルベルト様はとても素直で優しい人なのだ。そして……無愛想に見えるのは口下手で照れ屋なだけ。
沢山プレゼントを貰っているので何かお返しを返そうと思い、私は久しぶりに刺繍をすることにした。貴族令嬢らしく、私は刺繍が得意だ。ハンカチに彼のイニシャルを入れて完成させた。そして街中で彼の瞳と同じ色の金のお洒落なカフスボタンを見つけたので、一緒にして晩御飯の時に手渡した。
「気に入られるかわかりませんが、どうぞ」
「……俺に?」
「ええ。普段沢山いただいているお礼です」
彼は少し頬を染めジッと箱を見つめた後、そっと開けた。
「この刺繍は……」
「私が刺しました。よろしければお使いくださいませ」
「ああ、大事にする。カフスも付ける」
相変わらず言葉は少ないが喜んでくれたようだ……たぶん。良かったわ。
彼なりに私を大事にしようとしてくれているのはわかってきた。だが、結婚してもうすぐ一年が経とうとしているのに……私達はまだ本当の夫婦ではなかった。
「ねえ、ノエル……エルベルト様は外に愛人でもいるのかしら?」
私がそう言ったら、彼女は酷く驚きぶんぶんと左右に首を振った。
「まさか! 旦那様は奥様一筋です」
奥様一筋というのはさすがに無理があるフォローだ。彼は私に指一本触れないのに、一筋も何もない。
「だって私達は本当の意味で夫婦になっていないわ。私のことが嫌いか……誰かに操を立てているとしか思えないじゃない」
「それは……っ!」
「エルベルト様は素敵なプレゼントも下さるし、最近少しずつ話せるようになったの。だから嫌われてはいない気がするのだけど……私を愛してくださらないのは他にお好きな女性がいるのかなって。私のことは妹か何かだと思われているのではないかしら?」
ノエルは「ああ」と片手で顔を隠し、天を仰いで嘆いていた。そうよね……例え愛人がいても、彼女の立場では旦那様のことを悪くは言えないわよね。
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