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本編
4 惚れたフリ
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渡した財布の中身は、毎回僅かにだけ減っており……それは盗んだのではなく食材を買うための必要なお金だけ使っていることがわかった。
盗めとばかりに家の中に置いてある金も、盗られた痕跡は全くない。
「どういうことだ?」
ロドリゴは首を捻った。最初の一回以降金の無心をされたこともないし、マリナはとても献身的で優しい女に見える。
「いや、それこそが詐欺師の手口ではないか!」
裏ルートで、詐欺師の情報を集めていると騙された男たちはみんな最初は『彼女は悪くない』とか『愛してる』なんて血迷ったことを言うらしい。
それほどまでに詐欺師にのめり込んで、金を次々と巻き上げられるのだ。
騙されるな。女というものは、平気で嘘をつき手のひらを返してくる。きっとそろそろ金が欲しいと言われるだろう。詐欺師がこんなに慎重で、計画的だとは思っていなかった。
「明日は昼に家にいないから、来なくていい」
「そうですか」
しゅんと寂しそうな顔をするマリナを見て、ロドリゴは自然と頭に手が伸びた。
「……ロロ様?」
「す、すまない。勝手に触れて」
ロドリゴは自分で自分が信じられなかった。女嫌いの自分が、女に手を伸ばすなんて。
「いえ、その。ロロ様なら……嬉しいです」
真っ赤に頬を染めて、上目遣いをしてくるマリナはとても可愛らしかった。
肩までの暗いブラウンの髪はサラサラで、瞳はぱっちりとしていてまつ毛も長い。出逢った頃はもっと痩せていた気がするが、ここで食事を重ねるうちにいつの間にかマリナは肌艶もよくなり……良い意味でふっくらと女性らしくなった。
ロドリゴはその時、初めてマリナが本当に『可愛い』と認識してしまった。
「……っ!」
「ロロ様、お慕いしております。助けてくださった日からずっと」
「……マリナ」
「あの時、あなたに声をかけて良かった」
マリナに胸の中に飛び込まれて、ロドリゴは心臓が口から出るのではないかと思った。
ロドリゴがあげたハンドクリームの甘い香りが、ふわりと薫ってくる。つけてくれているんだな、と思うとさらにギュッと胸が苦しくなった。
「ごめんなさい。その……ロロ様は、私に同情してくださっただけなのに」
「いや、違う。同情なんかじゃない」
「同情じゃない?」
初めて知るこの感情を、なんと言っていいのかわからなかった。
『惚れたフリをしろ』
団長の言葉を思い出した。これは、芝居だ。詐欺師を騙すための芝居。自分に何度もそう言い聞かせた。
「俺はマリナのことが好きなんだ」
「……嬉しいです。私もロロ様が好きです」
とろんと蕩けるように嬉しそうに微笑んだマリナの頬を包み、夢中でキスをした。
マリナの唇は信じられないくらい甘くて柔らかかった。
「んっ……んん」
苦しそうなマリナの声が聞こえ、シャツをぎゅっと握られた時に我に返り唇を離した。
マリナの清楚な見た目なのに濡れている唇がなんとも扇状的で、ロドリゴはまたすぐに吸い付きたくなった。
ロドリゴは女嫌いの自分がこんな気持ちになるなんて、信じられなかった。
「すまない。こんなこと」
「い、いえ。恥ずかしいけど、嬉しかったです」
「今日はもう帰ってくれ。俺は頭を冷やす」
「し、失礼します」
真っ赤な顔でバタバタと帰っていくマリナの後ろ姿を見て、ロドリゴはずるずると床にしゃがみ込んだ。
「何やってんだ、俺は」
マリナが詐欺師なわけがない。そんなことを思っている自分がいる。まるで、馬鹿だと鼻で笑っていた『騙された男』そのものだった。
詐欺師はキスまではしてくれるとの情報があった。全くその通りだ。
翌日はこの気持ちを振り切るために、一ヶ月ぶりに騎士団長の元を訪れた。
「詐欺師はどうだ?」
「……見つけました。まだ十万ゴールドしか渡していませんが、だいぶ俺に近付いてきています。これからさらに金を欲しいと言ってくるかと」
「そうか。いつものやり方だな。信用させて、搾り取る」
騎士団長は報告を聞いて、はあとため息をついた。ロドリゴは報告をしながら、やはりいつもの手口なんだと内心ショックを受けた。
「君が監視している間にも、別の被害が出ている」
「え?」
「貴族の男だ。父親が病気だと嘘をついて、泣き落としたらしい。顔が可愛いから絆されてしまって、そこからはずるずると金を払ったらしい」
父親が病気……可愛い顔……まさにマリナのことではないか。まさか自分と同時に他の男にも、同じことをしていたのかとロドリゴは目の前が真っ暗になった。
「上手いよな。もう払えないと言えば、抱きついてキスをするらしい。そうすればまた男は断れなくなり……ということだ」
抱きついてキス。それも昨日されたばかりだ。
「ロドリゴに頼んで良かった。普通の騎士だったらもう骨抜きにされてる可能性がある」
騎士団長はハハハと笑いながら、ロドリゴの背中をバシバシと叩いた。ロドリゴは背中につーっと冷や汗が流れた。
まさに今、骨抜きにされている最中だからだ。
「は、はい。必ず捕まえてみせます」
「おお、頼んだぞ!」
ロドリゴはフラフラしながら、フォレの街の家に戻った。
「やはり、騙されているんだよな」
この気持ちはきっと『愛』なのだろうと思っていた。初めて惚れたのが、ロマンス詐欺師だなんてとんだ笑い話だ。
盗めとばかりに家の中に置いてある金も、盗られた痕跡は全くない。
「どういうことだ?」
ロドリゴは首を捻った。最初の一回以降金の無心をされたこともないし、マリナはとても献身的で優しい女に見える。
「いや、それこそが詐欺師の手口ではないか!」
裏ルートで、詐欺師の情報を集めていると騙された男たちはみんな最初は『彼女は悪くない』とか『愛してる』なんて血迷ったことを言うらしい。
それほどまでに詐欺師にのめり込んで、金を次々と巻き上げられるのだ。
騙されるな。女というものは、平気で嘘をつき手のひらを返してくる。きっとそろそろ金が欲しいと言われるだろう。詐欺師がこんなに慎重で、計画的だとは思っていなかった。
「明日は昼に家にいないから、来なくていい」
「そうですか」
しゅんと寂しそうな顔をするマリナを見て、ロドリゴは自然と頭に手が伸びた。
「……ロロ様?」
「す、すまない。勝手に触れて」
ロドリゴは自分で自分が信じられなかった。女嫌いの自分が、女に手を伸ばすなんて。
「いえ、その。ロロ様なら……嬉しいです」
真っ赤に頬を染めて、上目遣いをしてくるマリナはとても可愛らしかった。
肩までの暗いブラウンの髪はサラサラで、瞳はぱっちりとしていてまつ毛も長い。出逢った頃はもっと痩せていた気がするが、ここで食事を重ねるうちにいつの間にかマリナは肌艶もよくなり……良い意味でふっくらと女性らしくなった。
ロドリゴはその時、初めてマリナが本当に『可愛い』と認識してしまった。
「……っ!」
「ロロ様、お慕いしております。助けてくださった日からずっと」
「……マリナ」
「あの時、あなたに声をかけて良かった」
マリナに胸の中に飛び込まれて、ロドリゴは心臓が口から出るのではないかと思った。
ロドリゴがあげたハンドクリームの甘い香りが、ふわりと薫ってくる。つけてくれているんだな、と思うとさらにギュッと胸が苦しくなった。
「ごめんなさい。その……ロロ様は、私に同情してくださっただけなのに」
「いや、違う。同情なんかじゃない」
「同情じゃない?」
初めて知るこの感情を、なんと言っていいのかわからなかった。
『惚れたフリをしろ』
団長の言葉を思い出した。これは、芝居だ。詐欺師を騙すための芝居。自分に何度もそう言い聞かせた。
「俺はマリナのことが好きなんだ」
「……嬉しいです。私もロロ様が好きです」
とろんと蕩けるように嬉しそうに微笑んだマリナの頬を包み、夢中でキスをした。
マリナの唇は信じられないくらい甘くて柔らかかった。
「んっ……んん」
苦しそうなマリナの声が聞こえ、シャツをぎゅっと握られた時に我に返り唇を離した。
マリナの清楚な見た目なのに濡れている唇がなんとも扇状的で、ロドリゴはまたすぐに吸い付きたくなった。
ロドリゴは女嫌いの自分がこんな気持ちになるなんて、信じられなかった。
「すまない。こんなこと」
「い、いえ。恥ずかしいけど、嬉しかったです」
「今日はもう帰ってくれ。俺は頭を冷やす」
「し、失礼します」
真っ赤な顔でバタバタと帰っていくマリナの後ろ姿を見て、ロドリゴはずるずると床にしゃがみ込んだ。
「何やってんだ、俺は」
マリナが詐欺師なわけがない。そんなことを思っている自分がいる。まるで、馬鹿だと鼻で笑っていた『騙された男』そのものだった。
詐欺師はキスまではしてくれるとの情報があった。全くその通りだ。
翌日はこの気持ちを振り切るために、一ヶ月ぶりに騎士団長の元を訪れた。
「詐欺師はどうだ?」
「……見つけました。まだ十万ゴールドしか渡していませんが、だいぶ俺に近付いてきています。これからさらに金を欲しいと言ってくるかと」
「そうか。いつものやり方だな。信用させて、搾り取る」
騎士団長は報告を聞いて、はあとため息をついた。ロドリゴは報告をしながら、やはりいつもの手口なんだと内心ショックを受けた。
「君が監視している間にも、別の被害が出ている」
「え?」
「貴族の男だ。父親が病気だと嘘をついて、泣き落としたらしい。顔が可愛いから絆されてしまって、そこからはずるずると金を払ったらしい」
父親が病気……可愛い顔……まさにマリナのことではないか。まさか自分と同時に他の男にも、同じことをしていたのかとロドリゴは目の前が真っ暗になった。
「上手いよな。もう払えないと言えば、抱きついてキスをするらしい。そうすればまた男は断れなくなり……ということだ」
抱きついてキス。それも昨日されたばかりだ。
「ロドリゴに頼んで良かった。普通の騎士だったらもう骨抜きにされてる可能性がある」
騎士団長はハハハと笑いながら、ロドリゴの背中をバシバシと叩いた。ロドリゴは背中につーっと冷や汗が流れた。
まさに今、骨抜きにされている最中だからだ。
「は、はい。必ず捕まえてみせます」
「おお、頼んだぞ!」
ロドリゴはフラフラしながら、フォレの街の家に戻った。
「やはり、騙されているんだよな」
この気持ちはきっと『愛』なのだろうと思っていた。初めて惚れたのが、ロマンス詐欺師だなんてとんだ笑い話だ。
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