ランドマーク ~そこに君がいてくれるから~

志生帆 海

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第2章

ただ会いたくて 1

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「この大馬鹿者! 公衆の面前で女性に手を上げるとは、一体何を考えているのだ! 恥を知れ、恥を! 侯爵家の跡取りが情けない事をしてくれたな」

 ホテルから連絡を受けた執事が駆け付け、俺は強制的に家に連れ戻された。
 そして今、父から延々と説教を受けている。

 ……最悪だ。

「俺は男友達と会っていただけで、エミリーが勝手に俺を尾行して大騒ぎしたんだ!」
「ふんっ、誰と会っていたかはどうでもいい。許嫁を怪我させた事が問題なのだ。お前は謹慎処分だ。当面は高校と家の往復のみで、遊びに行くのは禁止にする。行動を執事に厳しく見張らせるから、覚悟しておけ」
「そんなっ!」

 なんて理不尽な。
 自室に押し込まれ、頭を抱えてしまった。
 君の事が心配だ!
 エミリーの言葉に深く傷つき、霧の中に消え入りそうな、愁いを帯びた瞳だった。
 切ないよ……

 胸を掻き毟りたくなる程、悔しくて切なかった!
 ごめん。全部、俺のせいだ──

 次の日曜日、絶対に会いに行く。
 俺たち、ちゃんと会わないと駄目だ。
 せっかく君が打ち解けて来てくれたのに……やっと掴んだ君の手を離したくない。



****

「くそっ、ここから出せよ! 鍵をかけるなんて卑怯だ!」
「エミリーから聞いたぞ。近頃のお前は浮ついているとな! 大学入学試験に向けて、これを機会に勉学に身を入れろ」

 執事の目なんて盗んで屋敷から抜け出し君に会いに行こうと思っていたのに、親父の方が上手だった。
 部屋の鍵を外からかけるなんて想定外だ。窓の下にも、ご丁寧に見張りを置いている。

 エミリーの奴、親父に一体何を吹き込んだんだ?
 何だよ、この有様……

 まさか、こんな仕打ちを受けるなんて、女って怖いな。
 俺は……エミリーを愛せない。
 君を傷つけた人だから。

 この事態、一体どうしたらいい?

 そのまま夏休みに突入し、湖水地方に住んでいる叔母の家に執事の同行のもとで行かされてしまった。

 もどかしい思いが募る日々だった。

 自分の出自をこれほど呪った事はない。
 自由なようで自由でなかったことを痛感した。

 身分や家柄なんて、いらない。
 ただ、ただ会いたい人に会いたい!
 好きな人を好きになりたい!

 そう、俺は君が好きなんだ。


****

 あのアフタヌーンティーの日から、君が来ない日曜日が何度も過ぎた。

「……やっぱり、今日も来てくれなかったね」

 きっと見破られてしまったのだ。
 僕の出自が底辺なことを、どこかで知ってしまったのだ。
 もしかしたら、騙したと怒っているのかも。






 あっという間に夏が終わろうとしていた。

 僕にとって生まれて初めての自由な夏休みは、実に寂しい日々だった。
 行く場所も会う人もいなかった。
 ぼんやりと君と待ち合わせた場所が見えるベンチに座っていると、胸ぐらを突然引っ張られた。

「おい!」
「えっ……」
「お前、またこんな所にいて。ちょっと来い」
「え、海里っ、ちょっと待って!」
「……瑠衣……お前……ふられたんだろう?」
「……」
「はぁ、やっぱりな、最近の瑠衣の様子を見ていたら分かるさ。暗い溜息ばかり漏らして」
「うっ……」

 馬鹿っ、泣くな。
 絶対に泣くな。
 泣くと、そうだと認めてしまう事になる。
 まだ、そう決まったわけではない。

「いいから来いよ」

 海里に腕を引っ張られるように連れてこられたのは、公園の一角にあるテニスコートだった。

「……誰もいないね」
「今はみんなサマーバカンス中だ。ロンドンに残っているのは、俺達のような留学生だけさ」
「そうなんだ」

 サマーバカンス……
 そうか、君もきっとそうなんだね。
 今はロンドンにいない気がする。

 名も知らぬ者同士だから、伝える術がなかった。
 きっと、そうなんだ。

「瑠衣、俺とテニスしよう」
「でも、やったことがないから無理だ」
「教えてやる。誰でも最初は初心者だ……恋もな」
「……あ……もしかして海里も何かあった?」

 ここ数カ月、自分に精一杯で、海里の変化に気づいていなかった。

「おい、人の心配をしている場合か」
「でも……」
「ほら、ボールに息を合わせてラケットを振ってみろ。相手に届ける気持ちを忘れずに」
「……やってみるよ」

 何度か空振りをしたが、次第に慣れてきた。

 海里から深いボールが返ってきたら、後ろに下がり、浅いボールなら僕が前に動いた。速いボールが来たら素早く、遅いボールにはタイミングよく丁寧に振り抜いてみた。

「そうだ、うまいぞ!」

 なるほど、相手に合わせて自分が動いていくのか……

「そうだ、その調子! 瑠衣、相手の出方を見て、うまくつなげていくんだ!」


 あ……そうか。
 それは、まるで僕の心を見透かしたような言葉だった。
 君との縁。
 ここで途絶えるのか、また繋がるのか。

 もう少し粘ってみても……?
 僕はそうしたい。
 君の出方を待ってみたい。

 

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