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第2章
信じることから始めよう 13
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廊下を歩くと、トレーの上の金の装飾が施されたティーカップがカタカタと震えた。
僕の手が震えている。
どうしよう……
もうすぐ君の部屋に到着してしまうのに。
どんな顔をして、どんな態度を取ればいいのか。
いきなり過ぎて考えがまとまらないよ。
「ルイ、ここがアーサー様のお部屋だ。さぁ、行きなさい。くれぐれも粗相のないように」
「……はい」
「私は他の仕事があるから、ここは君に任せていいか」
「承知致しました」
ドアをノックすると、すぐに君の声が聴こえた。
僕の胸は早鐘を打っていた。
一歩を踏み出せないでいると、もう一度焦れた声が響いた。
しっかりしろ、瑠衣──
僕は今、執事としての仕事を任されている最中だ。
心を無にしろ。
無心になれ!
「早く入ってくれよ」
「……失礼いたします」
扉を開けると、目の前に君が立っていた。
バチっと目が合う。
逃れられない程の力強さで見据えられ、怖くなり慌てて目を伏せた。
「あの……どちらに置けばよろしいでしょうか」
「よしてくれよ! そんな喋り方」
「あ……」
「だって君は『君』だろう? 俺が間違えるはずない!」
すごい剣幕で近寄って来られ、僕の心は嵐のように激しく動揺した。
先ほどの執務室での君とは別人だった。
必死に抑え込んでいたものが溢れ出したエネルギーを浴びて、立ちすくんでしまった。
部屋には二人きり、君と僕しかいない。
でも……
「……何のことでしょうか……ひ、人違いです」
歯を食いしばって吐いた言葉は、最低だった。
「……いいんだ。強がるな。知らないふりは必要ない。君が立場上、明かせないのは分かる。だけど! 俺と二人の時だけは『君』に戻ってくれよ!」
僕は馬鹿だ。
君の提案を素直に受け入れればいいのに意固地になって……君を、ほらまた悲しませる。
「……お紅茶をお入れしますので」
「……ちゃんと、聞いてくれ! 俺の目を見て!」
両手で肩を掴まれて、ゆさゆさと揺さぶられた。
「ルイ!……ルイは『君』だ! ずっと『君』の名を知りたかった!」
君が僕の名を悲痛な声で呼ぶ。
その言葉がまるで剣のように僕を貫いて、揺さぶられた拍子にティーカップが床にすとんと落ちてしまった。
ガシャン──
静寂を打ち破る激しい音が鳴り響く。
「あっ!」
なんという失態だ。
「も、申し訳ありません」
執事としての第一歩をしくじってしまった。その事に激しく動揺しながら、陶器の欠片を拾おうとしゃがみ込んだ。
「いい! そんなのどうでもいい!」
伸ばした手を、ぐいっと引っ張り上げられた。
「あっ」
すぐにもう片方の手が僕の腰に回され、ぐいっと引き寄せられた。
胸板と胸板がぴたりと合わさって、君の熱に触れる。
君の心臓の鼓動がドクドク、ドクドクと聴こえてくる。
僕の心も、強い風に吹かれる木の葉のように揺れている。
「君は君なのに、なぜ隠す? ちゃんと君の心を見せてくれよ」
振り解けない、君の手を。
ここから一刻も早く去らないといけないのに、頭の中が混乱していた。
君は僕の本当の姿を知ったのに、生まれながらに下働きの身分だと聞いたのにどうして……どうして変わらない?
僕を見下して蔑んでくれていいのに。
「……なぜ?」
顎を掴まれ、瞳の奥をじっと覗き込まれる。
駄目だっ──
蓋をしたばかりの心を見破られてしまう。見つかってしまう。
君の瞳はあの日と何も変わっておらず、僕を宝物のようにうっとりと甘く見つめて来る。
「あの日の……雨の日の口づけには、続きがあったんだ」
「あ……」
身体の力が抜けていく。
足が震えて立っていられない。
僕の手が震えている。
どうしよう……
もうすぐ君の部屋に到着してしまうのに。
どんな顔をして、どんな態度を取ればいいのか。
いきなり過ぎて考えがまとまらないよ。
「ルイ、ここがアーサー様のお部屋だ。さぁ、行きなさい。くれぐれも粗相のないように」
「……はい」
「私は他の仕事があるから、ここは君に任せていいか」
「承知致しました」
ドアをノックすると、すぐに君の声が聴こえた。
僕の胸は早鐘を打っていた。
一歩を踏み出せないでいると、もう一度焦れた声が響いた。
しっかりしろ、瑠衣──
僕は今、執事としての仕事を任されている最中だ。
心を無にしろ。
無心になれ!
「早く入ってくれよ」
「……失礼いたします」
扉を開けると、目の前に君が立っていた。
バチっと目が合う。
逃れられない程の力強さで見据えられ、怖くなり慌てて目を伏せた。
「あの……どちらに置けばよろしいでしょうか」
「よしてくれよ! そんな喋り方」
「あ……」
「だって君は『君』だろう? 俺が間違えるはずない!」
すごい剣幕で近寄って来られ、僕の心は嵐のように激しく動揺した。
先ほどの執務室での君とは別人だった。
必死に抑え込んでいたものが溢れ出したエネルギーを浴びて、立ちすくんでしまった。
部屋には二人きり、君と僕しかいない。
でも……
「……何のことでしょうか……ひ、人違いです」
歯を食いしばって吐いた言葉は、最低だった。
「……いいんだ。強がるな。知らないふりは必要ない。君が立場上、明かせないのは分かる。だけど! 俺と二人の時だけは『君』に戻ってくれよ!」
僕は馬鹿だ。
君の提案を素直に受け入れればいいのに意固地になって……君を、ほらまた悲しませる。
「……お紅茶をお入れしますので」
「……ちゃんと、聞いてくれ! 俺の目を見て!」
両手で肩を掴まれて、ゆさゆさと揺さぶられた。
「ルイ!……ルイは『君』だ! ずっと『君』の名を知りたかった!」
君が僕の名を悲痛な声で呼ぶ。
その言葉がまるで剣のように僕を貫いて、揺さぶられた拍子にティーカップが床にすとんと落ちてしまった。
ガシャン──
静寂を打ち破る激しい音が鳴り響く。
「あっ!」
なんという失態だ。
「も、申し訳ありません」
執事としての第一歩をしくじってしまった。その事に激しく動揺しながら、陶器の欠片を拾おうとしゃがみ込んだ。
「いい! そんなのどうでもいい!」
伸ばした手を、ぐいっと引っ張り上げられた。
「あっ」
すぐにもう片方の手が僕の腰に回され、ぐいっと引き寄せられた。
胸板と胸板がぴたりと合わさって、君の熱に触れる。
君の心臓の鼓動がドクドク、ドクドクと聴こえてくる。
僕の心も、強い風に吹かれる木の葉のように揺れている。
「君は君なのに、なぜ隠す? ちゃんと君の心を見せてくれよ」
振り解けない、君の手を。
ここから一刻も早く去らないといけないのに、頭の中が混乱していた。
君は僕の本当の姿を知ったのに、生まれながらに下働きの身分だと聞いたのにどうして……どうして変わらない?
僕を見下して蔑んでくれていいのに。
「……なぜ?」
顎を掴まれ、瞳の奥をじっと覗き込まれる。
駄目だっ──
蓋をしたばかりの心を見破られてしまう。見つかってしまう。
君の瞳はあの日と何も変わっておらず、僕を宝物のようにうっとりと甘く見つめて来る。
「あの日の……雨の日の口づけには、続きがあったんだ」
「あ……」
身体の力が抜けていく。
足が震えて立っていられない。
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