重なる月

志生帆 海

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第4章

重なる出会い 4

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 そっと病室のカーテンから身を滑らせ中に入った。

「あっ!」

 少年からは予想通りの反応があった。驚いたせいか、それまで興奮して泣き喚いていたのが一気に止まった。そしてその小さな手をおずおずと出し、俺の手をきゅっと握ってきた。

「ヨ……ウ?」
「ごめん、違うんだ。そんなに似てる? 君のヨウはもっと強そうだろう」
「えっ違うの? ヨウじゃないの?」
「うん……」
「そうだね、僕のヨウはもっと強い。でも優しそうな目は一緒だ」
「……そうなんだね」

 不思議そうな顔で、まじまじと俺のことを見つめる少年の瞳はどこまでも澄んでいた。そんなに真っすぐな眼で一心に見つめられると恥ずかしくなってしまう。

「あの、躰の調子はどう? どこか痛くない? 」

 少年ははっとした表情を浮かべ自分の脚をさすり、痛みがないことを確認するとほっと安堵した。

「あっそういえば、不思議な形の薬を飲ませてもらったら楽になったよ。ここ凄く痛くて死にそうだったのに」
「そうなの? よかった。もう丈には会った? 」
「ジョウ……医官のジョウがここにいるの? 」
「ややっこしい話になるのだけれどもね」

 この幼い少年にどう説明したらいいのか迷うな。とりあえず治療に専念してもらわないといけないし、あまり負担になることは言わない方はいいかもしれない。

「君はこの脚の病気を治すことだけを考えていたらいい。俺はそうだなヨウ将軍の遠い親戚みたいなのかな。そしてここは夢の世界とでも考えたらいいよ。君の時代では受けられない治療を出来る所にやってきたのだよ」
「んんっ? よく分からないけれども僕いつも想像していたよ。僕が死んだらその後の世界はどうなっていくのか。そんな遙か先の世界に紛れ込んだ感じなのかな? 」
「あぁそうだね。そういう感じでいいよ、さぁ本格的に治療が始まる前に少し休まなくては。さっきのように興奮しちゃ駄目だよ」
「うん、僕知らない人ばかりだったし、いつも傍に控えてくれていたヨウがいないから怖くなって……あんなに騒いで恥ずかしい。ヨウの代わりにこの世界にはあなたがいてくれるんだね」
「そうだよ、俺が守ってあげる」

 やっと少年の顔に笑顔が戻って来た。そして再びためらいがちに、俺の手を掴んできた。

「あのね……手を繋いでいてくれる? 僕が眠るまで……よくヨウがしてくれたんだ」
「いいよ」

 まだ少年の小さな手はあどけない。こんな小さな手に触れるのは久しぶりだ。アメリカで会った従兄……涼の可愛い手を思い出す。小さき穢れなきものは俺にとってかけがえのない守りたいものなんだ。無条件に信じれくれ、俺を真っすぐ曇りない眼で見つめてくれる、そんな存在が有り難い。

 手を繋いて体温を交流させていくと、俺も猛烈に眠たくなってきた。

****

「王様の様子はどう? 治療方法は決まったの? 」

 私の研究室で少年の検査結果を確認していると、現代の服装に着替えた赤い髪の女、由さんに背後から話しかけられた。白いパンツスーツに紫のインナー、赤毛風に染めたウェーブの長い髪の毛が弾んでいる。すっかり血色もよくなり、すっきりとした様子だ。

「今は洋がみてくれている」
「洋って、あのヨウさんにそっくりな人のことよね」
「そうか……君は近衛隊長のヨウに会ってきたのだな」
「ええ……彼は泣いていたわ。悲しみの底に沈みきって……あの表情が忘れられないわ」

 赤い髪の女は何かを思い出したように、瞳に暗い影を落とした。

「私にそっくりなジョウにも会ったのか? 」
「んっ……」

 言葉を濁す様子が気になる。

「正直に話して欲しい。私の身に何が起きた?」
「……あのね、言いにくいのだけれども、あなたは心臓の動きを停めてしまっていた。つまり亡くなったの。ヨウさんを救うためにあなたは身を犠牲にして。それを知ったヨウさんは悲しみのあまり感情を高ぶらせて、その時、雷功の力があふれ出て、私と王様は遙かなる時空を超えることができたの。こんな話信じられないわよね 」
「いや全て分かる。こちらもすべて理解して君たちがやってくるのを待っていたから」
「そうなのね。世の中にはまだまだ計り知れないことがあるのね。私ね、この運命の流れには無駄に逆らわないことにしたの。なるようになるのですものね。不思議なことの連続だけど、もう何も考えない。今は王様を治療して元の場所に帰すという使命だけ。その使命を全う出来たら、私も本来いるべき場所に戻れると信じてるから」
「そうだな……信じることが一番だな」
「ええ」

 二人で病院の廊下を歩きながら今の気持ちをお互いに話した。そして静かになった少年の病室へ向かった。

「洋……大丈夫か」

 クリームイエローのカーテンをそっとずらし中を覗くと、あどけない少年王の健やかな寝息が聞こえた。そしてその手をしっかりと握り、長い睫毛を伏せて一緒に眠ってしまっている洋がいた。

 あの日、洋が初めて俺のテラスハウスに来た日を思い出した。こうやってベッドでうたた寝をしてしまった洋を私はじっと見つめた。

 天使のような穢れなきその横顔に、はっとしたものだ。今も昔も……何があっても洋は変わらない。

「洋の奴、寝てしまったのか。由さん少しここを変わってもらってもいいか」
「ふふっいいわよ。この世界のあなた達も深く愛し合っているのね?」
「なっ!」
「隠さなくても大丈夫。私は理解があるから。近衛隊長のヨウさんと医官のジョウさんも本当にお互いを大切に想い合っていて素敵だった。だからあの二人に笑顔を戻してあげたい」
「そうか……ありがとう」

 赤い髪の女は今まで知っているどの女よりも朗らかでさっぱりしていて、媚びない人間のようでほっとする。

 彼女もまた時空を今も尚彷徨っている。彼女もちゃんと彼女の世界へ無事に帰してやりたい。そう強く思った。

 赤い髪の女に感謝の意を込めて会釈し……それから洋の耳元で囁いた。

「洋、起きられるか」
「んっ……ダメ……眠い……疲れた」

 洋はまどろんだまま起きない。余程疲れたのだろう。だが無理もない。今日は朝から驚きの連続だ。

 私は眠りに再び落ちてしまった洋を横抱きにして、部屋を出た。

 相変わらず軽いな……君は……こんなに華奢な躰なのに、ここ最近、心はずいぶんタフになったものだ。でもやっぱり疲れ果て眠ってしまうのは変わらない。

 私の可愛い洋のままだ。

 彼のおでこに軽いキスを落とし、長い廊下を真っすぐに歩いた。


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