重なる月

志生帆 海

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第6章

帰国 3

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「皆様、当機はまもなく着陸いたします。座席のリクライニング、フットレスト、前のテーブルを元の位置にお戻しください」

 機内アナウンスに、気が引き締まった。

 いよいよだな。あと少し、あと少しで涼に会える。ほんの一週間足らずだったのに早く会いたくてしょうがない。

 ソウルで洋に会えて涼のことをちゃんと話せた。とにかく涼には伝えたいことが山ほどあるんだ。分かち合いたい気持ちでいっぱいだ。

 昼間……洋とあの公園で見た生まれたばかりの虹の先に、涼の笑顔が確かに見えた。今まで洋と会っている時は、洋の顔しか見えていなかったのに……ソウルで落ち着いて暮らしている洋と丈さんの様子をこの目で見れ、やっと一歩踏み出す本当の意味での決心がついたようだ。

「まだか……遅いな」

 スーツケースが出てくるまでのわずかな時間すら、もどかしい。涼が三時間も前から俺の帰りを空港で待っていると知って本当に嬉しかった。追いかけるだけの……想うだけの恋ではもうないのだと実感した。

 やっと出て来たスーツケースを持ち上げて、すぐに到着ロビーへ向かう。俺のことを待つ涼に会うために。

「あれ?」

 その時……ふとよく知っている香りがしたので、すぐに振り返ったが、その視線の先に相手はいなかった。気のせいか……

「洋、じゃあ俺は行くよ……」

 いなかった相手に心の中でそう呟いて、歩き出した。

「安志さん!!」

 すぐに俺の姿を見つけた涼が駆け寄って来た。可憐な笑みを浮かべて、本当に嬉しそうだ。

「ただいま、涼」
「うん、お帰りなさい」

 思わず涼のことを抱きしめたくなった。でもここじゃまずいか。なんて躊躇していたら、涼の方から背伸びして、ふわっと俺を抱きしめてくれた。

「会いたかった!」
「りょっ涼!」

 ほんの一瞬のハグだった。でも宝物のように眩しい瞬間だった。誰かに見られなかったかと心配したが、空港の雑踏は俺たちのことなんてまるで気に留めていなかった。

「ふふっ」

 恥ずかしそうに笑う涼につられて、俺も笑った。

「えーっと、今のはアメリカ式の出迎えだよ」
「ありがとう!」

 アメリカで青春時代を過ごした涼にとっては、これくらい当たり前のスキンシップかもしれないが、俺にとっては一つ一つがとにかく新鮮だ。

 欲しい時にそれをすぐに得ることができる幸せを、しみじみと噛み締める。

「安志さん、疲れたよね。お腹空いてない? さっき空港で美味しそうな空弁を買ったよ」
「ありがとう。涼、あのさ……今からうちに来るか」
「いいの? もちろん。一緒に食べたかった! 」

 二人で並んで電車のホームへ向かう。スーツケースを押す手に、涼の手がさりげなく触れるように添えられる。

 俺ももっと話したい、触れたい。

 涼といると、俺の心も、まるで十代の頃に戻ったかのようにあちこちへと飛び跳ねて、押さえつけるのが大変だよ。


****


「まったく丈っ、お前のせいで飛行機に乗り遅れそうだよ」
「ははっ今日のは洋も悪いんだぞ。あんなに煽るから」
「そんなことない!」

 慌ててシャワーを浴びながら、脱衣場に立っている丈にドア越しに文句を言う。

「怒るなよ。急ぐなら洗ってやろうか」
「絶対にいらないっ」

 急いで躰と髪を洗って出ると、丈がすぐにバスローブを羽織らせてくれた。

「……ありがとう」
「おいで、乾かしてやるから」
「うん」

 ドライヤーの熱風で髪がふわふわとそよいで心地よい。躰も心もさっぱりした気分だ。
 
「丈、あのさ……俺を行かせてくれてありがとう」
「んっ何だ? 」

 丈が首筋に後ろからキスをしてくる。

「おいっ!もう駄目だ!」
「ここに印……しっかりついたな」
「……呆れるな」

 目の前の鏡を俺はじっと見つめた。

 後ろからぎゅっと丈に抱きしめられ、まだ目が潤んでいて上気した頬が火照り、恥ずかしい顔をしている。そして首元には丈がつけた印が、くっきりと赤く色づいていた。

「これ……すごく目立つ」
「大丈夫だよ。さぁ遅れるぞ」

 そんなやりとりをして俺は空港に向かった。丈はどこまでも優しく男らしく送り出してくれた。

 俺の躰に沢山の余韻を残して………

 丈が取ってくれた飛行機はどうやら安志と同じ便のようだった。気を利かしてくれたのか。でも何だか改めて安志に会うのが恥ずかしいような。どのタイミングで話しかけたらいいのか迷ってしまう。

「昼間会った時、この便に乗るって言っていたよな。安志何処にいるかな」

 それにしても昨日の今日で、もう日本へ向かっているなんて変な気分だ。

 五年前……あんな形で急に旅立つことになったので、日本に着いたらやりたいことが沢山ある。もちろん涼にも会いたいし、それから……


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