重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 29

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「流くん、悪いな。拓人は突き当たりの自室で横にならせているんだ」
「……分かりました」
「流、辛そうだったら、すぐに丈に連絡して」
「あ……翠、俺が一緒にいなくても大丈夫か」
「……あぁ」
 
 緊急事態なのが分かっているらしく、翠は凜とした表情でコクリと頷いた。

 今は誰も寄せ付けない気高き僧侶の顔だ。

 隙を見せない優美な佇まいに、蹴落とされそうになる。

 流石だ! だからこそ俺の翠だと感嘆の溜め息を漏らした。
  
  さてと、心配なのは拓人くんの方だ。

 翠と達哉さんと別れて、長い廊下をグングン突き進む。

 ここか……。

 かつての子供部屋、ここは元凶の地だ。

 まったく達哉さんはいい人だが、少しだけ抜けているよな。

 この寺は和室ばかりで、ここだけが洋間だった。だから子供部屋にうってつけなのは分かるが、俺と翠にとっては不快な場所だった。

「ふぅ……」

 翠がこの場にいなくてよかったと胸を撫で下ろした。

 トントンとノックするが、中から返事はない。

「拓人くん? いるんだろう?」
「うっ……」
「おい? 大丈夫か」
「だ……れ?」
「月影寺の流だ。薙の叔父だ」
「あ……はい。ちょっとお腹を壊しちゃったみたいで……昨日の飯、美味し過ぎて食べ過ぎたかな? ははっ……」

 力なく扉の向こうで笑っているが違うな。明らかに辛そうな声だ。

「おい、入らせてもらうぞ」
「えっ」
 
  拓人くんは上は制服のシャツ……下はパジャマ姿のまま、布団に蹲っていた。

 どうやら着替えようとして急な腹痛に襲われたらしく、みぞおちを押さえて変な汗をかいている。

 ただの腹痛ではないな。

 咄嗟にそう判断した。
 
「おいっ、いつから我慢していた?」
「す、すみません」
「謝るな! 俺には何でも話せよ、なっ」
「大丈夫です」
「そんなに強がるな。君はまだ15歳……本来なら辛い時は親に甘える年頃だぞ」
「うっ……でも、達哉さんに迷惑をかけてしまう」
「馬鹿! 我慢されて悪化したら一大事だ! みんな君を心配している。もっと自分を大事にしろよ」

 そこまで諭すと、漸く拓人くんの瞳から涙が零れた。

 まだまだ子供の泣き顔だった。

「さぁ、何所が痛い? ここか、こっちか」
「……最初はここで、今はここがすごく痛いんです」

 みぞおちから痛くなり、徐々に痛む場所が右下に下がってきたようだ。

「うっ……痛っ……」
「しっかりしろ」
「うっ」

 胃の辺りを押さえて、目を瞑っていた。どうやら熱も少しありそうだ。

 これはもしかして?

「よし、病院に行こう。君のかかりつけ医は?」」
「……ないです。こっちに来てから医者には通ってません」
「そうか。薙のもう一人の叔父は医者だ。連絡してみよう」

 ところが丈は電話に出ない。病院にかけると、手術中だった。こんな時、開業医でいてくれたらと思ってしまう。

「救急車を呼ぼう。ハッキリとは分からないが……盲腸の可能性も高いんだ。我慢し過ぎて悪化させてしまったのかも」
「そんな……救急車なんて呼ばないで下さい、今日は大事な集まりがあると聞いています。お願いです」

 涙をボロボロこぼして訴えてくる。

 切ないよ。切ない……

「いつから痛むんだ? 正直に話せよ」
「昨日から少し……」
「よし。俺に掴まれ。丈が勤める病院に連れて行くから」
「すみません」
「健康保険証はどこだ?」
「ここに」
「よし、いい子だ」

 肩を支えてやればなんとか歩けたので、俺の車に乗せた。

 おっと、翠に連絡をしないと。

 そう思ってスマホを取り出すと、後から声がした。

「流、その必要はないよ」
「翠!」
「僕も付き添う」
「青年僧侶の会はいいのか」
「達哉は会場提供の主催者だから抜けられない。だから託された」
「よかった。じゃあ丈の病院に連れて行こう」
「うん」

 翠を建海寺に一人で残していくのも不安だったし、拓人くんのことも俺ひとりで支えきれるか不安だったので、助かった。

「兄さん、ありがとう」
「流、よく判断したね。あとは兄さんに任せておけ」

 今は兄と弟でいよう。拓人くんが落ち着けるように。

「拓人くん大丈夫だよ。もう大丈夫……大人がついているから、安心して」

 翠の穏やかで優しい声が、後部座席から聞こえる。

「う……っ、うっ……」
「ずっと痛いのを我慢していたんだね。偉かったね。もう我慢しなくていいよ」

 慈悲深い翠の声に、拓人くんがとうとう嗚咽した。

 とても幼い声だった。

「お……おかあさん、おなか……すごくいたいよ……助けて」

 泣けてくる!







あとがき(不要な方はスルー)





****

今日は、シリアス展開だったので、少し補足させてください。
流の見立ての結果は、明日の展開までお待ちくださいね。このことがきっかけで拓人が壁を打破していく話を書きたくて、頑張っています!
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