重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 15

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「流は百面相だな」
「……大河さん……俺、そろそろ帰ります」
「さっきの女性……聞こえてしまったが、流の恋敵なんだろ?」
「まぁ、兄の元妻ですからね」
「なかなか強烈で……パンチのある性格だな」
「ですよね。この俺がたじたじだ。格好悪い……」

 大河さんが珈琲を入れ替えてくれた。

「まぁ飲んで行け」

 彩乃さんの口紅がついたグラスを、同時に下げてくれた。

 赤いルージュ。

 彼女はいつだって俺に挑発的だったのを思い出すな。

 あの日……俺の部屋に聞こえるように、翠に抱かれ、あの日……翠の唇に赤い跡を残した人。

「まぁ……もう再婚するらしいから、良かったな」
「……本当でしょうか」
「嘘ではないとは思うが、息子の気持ちはお構いナシって感じだったな」
「そうだ……薙は大丈夫でしょうか」

 大河さんには何でも相談してしまう。

 大河さんはニヤリと笑って、俺の肩に手をあててくれた。

「息子さんは、京都でお父さんと楽しい時間を過ごしているようじゃないか」
「俺みたいに、翠の子守りをしていますよ」
「彼はお前に似ているんだな。顔はお兄さん似なのに」
「そのようです」
「ならば、大丈夫だろう、お前の血を色濃く受け継いでいるのなら」

 大河さんに励まされ、元気になった。

「じゃ、留守番を頼まれているので、帰りますよ」
「あぁ、また来いよ」

 帰ろうとしたら、寝起きの蓮さんが目を擦りながら降りてきた。

「ん……あぁ流さんだったのか。兄さんが誰と話しているのかと思ったら」
「あぁ、悪い。ちょっと場所を借りた」
「いいよ。ここは夜までフリーだよ。希望があれば開店前に貸し切りpartyにも使えるよ。小さなお子さんでもOKだから使ってよ」
「今度は薙も連れてきますよ」
「ん……待ってる」

 蓮さんのダボダボなシャツは……大河さんのか。

 胸元が大きく開いていて、中に散らされた花弁にあてられる。

 大河さんも幸せそうだ。それが分かって嬉しくなる。

 思慕してはいけない人に恋してしまい、苦汁の日々を悶々と過ごした者同士だから。

****

「丈、あれ……あれを食べてみたい!」

 陶器屋を出ると、今度は洋がソフトクリームの看板を指さした。

「八つ橋ソフトクリーム?」
「興味ない?」

 洋が明るい笑顔で微笑めば、私の気持ちも明るくなる。

「……ごめん。テンション高くて……俺は修学旅行の経験がないから……つい」

 そうだった……高二の夏、義父に連れられて、アメリカに旅立ったのだ。

 「いいよ。食べよう」
「京抹茶味とイチゴバニラ味だって。どっちがいい?」
「京抹茶で」
「俺もそうするよ。ここは俺が奢るから、丈はそこで待っていてくれ」

 いつもなら隅っこに隠れているのに……旅先の解放感からか洋が積極的になっている。

 いい傾向なので、ここは様子を見守ろう。何かあれば、すぐに飛んでいける距離にいるのだから。

 修学旅行の女の子たちの列に洋が並ぶと、黄色い歓声が響いた。

「キャー! めちゃかっこいい‼」
「モデルのRyoに似てるよね」
「目の保養~」 

 無理もない、洋の美貌はモデル顔負けだ。それに実際にモデルの涼は洋の従兄弟なので、目敏いな。

 洋は珍しく女の子からの憧れの眼差しに臆することなく、列に並んでいた。

 どうやら、よほどソフトクリームを食べたいらしい。

「丈、お待たせ。これは俺の奢りな」
「ありがとう」

 二人で店の傍らで、抹茶ソフトクリームを食べた。

 何でもないことが出来るようになったのが嬉しくて、じんとした。

 洋も同じことを考えているようで……目を細めて私を見つめた。

「丈……俺にとって……こんな日常が憧れだった。どこか人と違う道ばかり歩んできたせいかな」
「洋……私もだ。ただ洋とこうやって向き合ってソフトクリームを食べるなんて……長く一緒にいるが……こんなこと初めてだな」
「きっと……遠い場所にいる彼らも……今頃……」

 洋が空を仰ぐ。

「洋月もヨウも……今は穏やかな日々を過ごしているはずだ。雅なお菓子を口に含んで微笑む洋月。鍛錬の合間に森で甘い木の実を食べさせ合うヨウ将軍とジョウが見えるようだ。今の俺が幸せなら……過去の彼らも幸せになる法則だからな。さぁ、あとは夕凪だ。どうも京都にいるせいか、彼が気になって仕方が無い」
「そろそろ家に電話をしてみたらどうだ?」
「そうだね。よく考えたら翠さんは旅行中だから、流さんにかけるよ」
「それがいい。月影寺のことは……流兄さんもよく知っている」
「そうだね。翠さんのことなら何でも知っているものな」

 俺は夕凪の家の所在を知りたくて、もう一度流さんに電話をかけた。

 夕凪……大丈夫だよ。

 ちゃんと君の軌跡も辿るよ。

 父も君も……両方俺にとっては大切だから。
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