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発展編

北の大地で 20

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「瑞樹、本当に今日帰るのか」
「ごめんな。彼が迎えに来てくれたから……そうしてもいいか」
「……あぁもちろんだ。この2カ月間、本当に助かったよ。お前が手伝ってくれて救われた」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。セイ、いろいろありがとうな」

 散歩に出かけた瑞樹がなかなか戻らないので心配になり、迎えに行こうとペンションを出ると、ちょうど向こうから帰って来る所だった。

 どこ行っていたんだよ、心配かけて! 

 声を掛けようと思ったが躊躇われた。何故なら瑞樹の隣に見知らぬ男がいたからさ。

 ん? その男だれだ? 

 瑞樹はこの上なく幸せそうな表情で彼を見つめていた。えっ、しかも手を繋いでいるのか。

 ええっと、あれ? なんだ? これってまさか。 

 でも……変じゃない。ちっとも違和感がない。ストンと嵌った。不思議だな。

 瑞樹は彼について何も語らなかったので、俺も何も聞かなかった。だが分かるよ。彼は瑞樹を幸せにしてくれる人なんだな。 

 小学校3年生のある日、家族で行楽の帰り道に交通事故に遭い、両親と弟を一気に失くしてしまった瑞樹。

 週が明けても学校に何日も姿を現さないことが不安になり、担任の先生に聞いて驚いた。子供心にも、彼がこの後どうなってしまうのか心配で不安だった。まだ10歳だった俺らにも、家族を突然失ってしまうことの恐ろしさは理解できた。

 俺たちはまだ小さかったからお葬式に参列しなかったが、喪服を着た両親が暗い顔で帰宅したことは覚えている。

『父さん、ねぇ……瑞樹はどうなっちゃうの? 明日は学校に来れる? 』
『いや……もう来ないかな。 彼は函館の遠い親戚の家に引き取ってもらえることになったんだよ』
『そうなのか……もう会えない? 』
『またいつか会えるよ』
『きっと? 』
『あぁ信じていれば、きっと』

 幼い頃の願いは時を経てようやく叶った。しかもスペシャルなおまけつきでな。

 二か月間、瑞樹と寝食を共に出来るなんて最高だった。

 先月は大沼に残る同級生と何度か集まった。その度に、皆、瑞樹の無事の帰還を喜んでいた。

『瑞樹はこっちこっち! ここに座れよ』
『えっ僕は端でいいよ』
『駄目だって、顔が良く見えないだろう』

 瑞樹は昔から控えめな奴だから、いつも端っこに座ろうとする。だからグイっと引っ張って真ん中に座らせた。みんな大人になった瑞樹の顔を見てほっとした。何故なら……彼はとても幸せそうに年齢を重ねていたから。

 もちろん人に言えない苦労も重ねただろうし、きっと泣いたことも沢山あるだろう。だが目の前にいる瑞樹はそういうことを全て乗り越えた人のように、すっきりと凛としていた。

 ところがそんな瑞樹が今月上旬に家族が訪ねて来て以降、時折寂しそうな表情を浮かべるようになってしまった。

『瑞樹さぁ、もしかしてホームシックか。そろそろ函館の家に戻るか』
『いや違うよ。でもそろそろ……かもしれない』
『函館じゃない……どこかに行くのか』
『うん……戻りたい所があるんだ』

 そう答える瑞樹の澄んだ眼差しは、白く雪化粧した高い山の……遥か先を見据えていた。

 どうして指に麻痺が残る程の大怪我をして、どうして仕事を休職しているのか。

 聞きたいことは尽きないが、瑞樹が夢中でペンションの仕事に没頭しているのを見て、夢中になりたいものが欲しかったから、ここにいるんだと納得した。

 同級生で医者になった奴がいたので、瑞樹の指の麻痺の具合も定期的に診てもらえた。函館の大きな病院から引き継いで、きちんと経過を追えた。医者の診立ては、瑞樹の安定した精神状態が一番の治療薬だったので、みんな何も聞かずに静かに見守った。

 いろんなモヤモヤは今日瑞樹の(おそらく)彼氏が迎えにきたことで、解決したようだ。

「セイ? どうした、ぼんやりして」
「あっあぁいや何でもない、荷物まとめて来いよ」
「うん。そうさせてもらうね。あの……彼に僕が使っていた部屋を見て貰ってもいいかな」
「あぁあそこはお前の部屋じゃないか。遠慮するな」


****

「瑞樹、いいのか。彼……俺たちの関係に気づいたかも」
「大丈夫です。僕は宗吾さんとのことをセイには隠したくないので」
「そうか、嬉しいよ」

 瑞樹はもう怯えていない。

 自分の人生を楽しむ余裕が、少しは生まれたようだ。

 しかし……このペンションが瑞樹の生まれ育った家だと思うと感慨深いな。

 生まれたての瑞樹。ハイハイした頃の瑞樹。幼稚園の制服姿、ピカピカのランドセル姿……どんな赤ん坊でどんな子供だったのだろう。我が子の生い立ちを思い出しながら、10歳までここで幸せに過ごしてであろう瑞樹の過去に想いを馳せてしまった。

 本当に……瑞樹がこの世に生まれてきてくれてよかった。

 俺と出逢ってくれてよかった。

 ふと廊下の壁に貼られた写真パネルを見ると、五月の草原だろうか。一面のクローバー畑の風景だった。吹き抜ける爽やかな風がここまで届くような、いい写真だった。

 『俺の瑞樹センサー』が、ここで光った。

「……瑞樹がいるな」
「えっ?」
「ほら、ここにいるのは瑞樹だろう。隣は弟の夏樹くんだな」
「すごい……宗吾さんは……僕ですら最初は見落としてしまったのに」
「君のことなら、任せてくれ」

 キザかなと思いながらも伝えると、瑞樹は嬉しそうに、嬉しそうにニコっと笑ってくれた。

「流石、僕の宗吾さんですね。いつもいつも……僕をちゃんと見つけてくれる。さっきだって……」
「あぁ、真っすぐペンションに行っても良かったのだが……なんとなく雪解けの湖に瑞樹がいるような気がしてな」
「嬉しかったです。まさかファインダー越しに突然現れるなんて」
「ドラマチックだったろう?」

 瑞樹の頬がポッと赤くなる。相変わらず純真なままだ。それがまた嬉しい。

「あっあのここです。ここが僕と夏樹が使っていた子供部屋なんです。ここ……残してくれていたんです。僕がいつか里帰りする時のために」
「そうか、よかったな」

 ドアの向こうは六畳ほどの洋室になっていてベッドと机が置かれていた。壁は真っ白で少し色褪せた緑色のカーテンが風に揺れていた。

 ここは瑞樹の両親が、瑞樹のために用意した大切な部屋だ。

 瑞樹の中で宙ぶらりんで途絶えていた過去が、きっとこの部屋を通して繋がったのだろう。

 いつも一歩下がって遠慮深かった瑞樹が、過去を取り戻し自分自身を取り戻した。
 
 成長した君に会えて嬉しいよ。 

 だがな……正直長かった……かなり我慢したんだぞ。

「宗吾さん、実は……僕は最近あなたに逢いたくてホームシックのようになっていました」

 瑞樹の方も同じだったのか。

「俺もだよ」

 だから部屋の扉を後ろ手でパタンと閉め、もう一度瑞樹を抱擁した。

 彼の温もりと香りにもっと包まれたくて。

  

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