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出逢いの章
集う想い 5
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信州……『軽井沢駅』
ここに降り立つのは久しぶりだ。
あれはいつだったか。元気な母と過ごした最後の夏休みになるのか。母との思い出が多すぎて辛かったから、あれ以来訪れることはなかった。
地図を確かめると松本観光の会社までは少し距離があったので、タクシーで行こうかと思ったが、少しだけ歩いてみたい気分になった。
高原を感じる空気。道の両端に白樺が連なる清々しい道を歩いていると、遠くには浅間山、軽井沢畑が広がっていた。やがて静かだが厳かに馬の蹄が大地を蹴る音がして目をやると、そこは乗馬倶楽部があった。
柵の内側を馬が躍動感溢れる姿で走り抜けていった。
綺麗だ……そして懐かしい。その馬のシルエットに一気に昔の記憶が蘇って来た。
あの軽井沢で過ごした夏、俺は乗馬倶楽部に入れられて、ひたすら乗馬のレッスンを受けていた。それは母のたっての希望だった。
最初はスタッフに手綱を引かれ乗馬内をぐるぐると回り、次に馬に慣れてきたところで、馬場内で馬の乗り方のレッスンを受けた。それから何日通ったらだろうか。連日母と一緒に向かったのを覚えている。
母が俺のレッスンの間は柵の向こう側で日傘をさして、優しく見守ってくれていた。そんな思い出に耽りながら、馬の走る姿を眺めていると突然声を掛けられた。
「あの、あなたもしかして……」
振り向くと少し年上らしい女性が立っていた。女性は綺麗な顔立ちをしていたが、特に見覚えはない。
「……俺に何か」
「あっやっぱり……でも違っていたらごめんなさい。もしかしてあなた小さい頃にここで夏休みの乗馬レッスンをずっと受けていた男の子じゃない?」
「え?はい……確かに小さい頃したことはありますが」
「えっと確か名前、ようくんじゃなかった?違った?」
「なんで俺の名前を?」
ますます分からない。軽井沢に知り合いなんていないはずだから。
「やっぱり、あー覚えていないかしら?私のこと」
「……すいません」
「あっいいのよ、私はあなたと話したわけじゃなくて、あなたのお母さまと話したのだから、知らなくて当然よ」
「えっ母とですか」
突然母のことまで知っていると言われて、逆に驚いてしまった。
「ええ、そうよ。あなたが乗馬している間、ずっとニコニコと見守ってくれていたでしょう。私も付き添いで来ていたので待っている間退屈で、たまにあなたのお母さまとおしゃべりしたのよ。懐かしいわ。本当に透き通るように綺麗なお母さまだったわよね。ようくんのことを凄く誇らしげだったな。大きくなったらもっと男らしく恰好良くなるって言っていたわ。ふふっ本当だったのね」
うっとりするような目で女性から見つめられて、急に恥ずかしくなった。母がそんなことを他人に話していたなんて……それも恥ずかしい。
「小さいあなたもお母さまに似てとても綺麗な子で、はぁ都会にはこんな子もいるんだって感心してしまったのよ。だからかなよく覚えているの」
「いや……そんな」
「面影そのままだものね。お母さまもお元気かしら?」
「あ……母は残念ながら、その後しばらくして亡くなりました」
「えっそうなの?ごめんなさい。失礼なことを……でも、そうか……だからなのね。時折寂しそうな目であなたのこと見つめていたのは」
それから暫く思い出話をした。母が俺の乗馬を見ながら、真っ白なハンカチに菫色の糸で丁寧に刺繍をしていたこと。刺繍には母と俺のイニシャルの「Y」の文字を入れていたことを。
美味しいブルーベリージャムの作り方を教えてもらったことなど……どれもたわいもない話だったが、どれも愛おしい思い出の欠片だ。俺にとっては貴重な母のエピソードだった。
「いけない!子供を保育園に迎えに行く所だったの!あなたにここで会えて良かったわ。どうかお元気で」
「あっもしかして地元の方ですか」
「ええ、生まれも育ちもね」
「じゃあ、もしかして……この会社を知っていますか」
持っていた地図を差し出すと、その手が固まった。
「松本観光って……」
「あの……不躾ですが、この会社のご家族のことを何か知りませんか」
「……何故そんなことを調べているの?」
怪訝そうに問いかけられたので、率直に答えた。
「実は松本優也さんという人を探しています。ソウルで知り合った友人なんです。大事なことを伝えたくて、尋ねて来たのです。この観光会社の息子さんだと思って……なんでもいいので情報があったら教えてもらえませんか」
きょとんとした表情で、その女性は俺のことを見つめていた。
流石に不躾すぎたかと反省した。俺の子供の頃を知っているからと言って、こんなこと急に尋ねるなんて図々しかったか。
「あの……まずいことでも?すいません。忘れてください」
地図を返してもらい立ち去ろうとした時、呼び止められた。
「違うの……だって、だって……優也は私の弟だから!」
ここに降り立つのは久しぶりだ。
あれはいつだったか。元気な母と過ごした最後の夏休みになるのか。母との思い出が多すぎて辛かったから、あれ以来訪れることはなかった。
地図を確かめると松本観光の会社までは少し距離があったので、タクシーで行こうかと思ったが、少しだけ歩いてみたい気分になった。
高原を感じる空気。道の両端に白樺が連なる清々しい道を歩いていると、遠くには浅間山、軽井沢畑が広がっていた。やがて静かだが厳かに馬の蹄が大地を蹴る音がして目をやると、そこは乗馬倶楽部があった。
柵の内側を馬が躍動感溢れる姿で走り抜けていった。
綺麗だ……そして懐かしい。その馬のシルエットに一気に昔の記憶が蘇って来た。
あの軽井沢で過ごした夏、俺は乗馬倶楽部に入れられて、ひたすら乗馬のレッスンを受けていた。それは母のたっての希望だった。
最初はスタッフに手綱を引かれ乗馬内をぐるぐると回り、次に馬に慣れてきたところで、馬場内で馬の乗り方のレッスンを受けた。それから何日通ったらだろうか。連日母と一緒に向かったのを覚えている。
母が俺のレッスンの間は柵の向こう側で日傘をさして、優しく見守ってくれていた。そんな思い出に耽りながら、馬の走る姿を眺めていると突然声を掛けられた。
「あの、あなたもしかして……」
振り向くと少し年上らしい女性が立っていた。女性は綺麗な顔立ちをしていたが、特に見覚えはない。
「……俺に何か」
「あっやっぱり……でも違っていたらごめんなさい。もしかしてあなた小さい頃にここで夏休みの乗馬レッスンをずっと受けていた男の子じゃない?」
「え?はい……確かに小さい頃したことはありますが」
「えっと確か名前、ようくんじゃなかった?違った?」
「なんで俺の名前を?」
ますます分からない。軽井沢に知り合いなんていないはずだから。
「やっぱり、あー覚えていないかしら?私のこと」
「……すいません」
「あっいいのよ、私はあなたと話したわけじゃなくて、あなたのお母さまと話したのだから、知らなくて当然よ」
「えっ母とですか」
突然母のことまで知っていると言われて、逆に驚いてしまった。
「ええ、そうよ。あなたが乗馬している間、ずっとニコニコと見守ってくれていたでしょう。私も付き添いで来ていたので待っている間退屈で、たまにあなたのお母さまとおしゃべりしたのよ。懐かしいわ。本当に透き通るように綺麗なお母さまだったわよね。ようくんのことを凄く誇らしげだったな。大きくなったらもっと男らしく恰好良くなるって言っていたわ。ふふっ本当だったのね」
うっとりするような目で女性から見つめられて、急に恥ずかしくなった。母がそんなことを他人に話していたなんて……それも恥ずかしい。
「小さいあなたもお母さまに似てとても綺麗な子で、はぁ都会にはこんな子もいるんだって感心してしまったのよ。だからかなよく覚えているの」
「いや……そんな」
「面影そのままだものね。お母さまもお元気かしら?」
「あ……母は残念ながら、その後しばらくして亡くなりました」
「えっそうなの?ごめんなさい。失礼なことを……でも、そうか……だからなのね。時折寂しそうな目であなたのこと見つめていたのは」
それから暫く思い出話をした。母が俺の乗馬を見ながら、真っ白なハンカチに菫色の糸で丁寧に刺繍をしていたこと。刺繍には母と俺のイニシャルの「Y」の文字を入れていたことを。
美味しいブルーベリージャムの作り方を教えてもらったことなど……どれもたわいもない話だったが、どれも愛おしい思い出の欠片だ。俺にとっては貴重な母のエピソードだった。
「いけない!子供を保育園に迎えに行く所だったの!あなたにここで会えて良かったわ。どうかお元気で」
「あっもしかして地元の方ですか」
「ええ、生まれも育ちもね」
「じゃあ、もしかして……この会社を知っていますか」
持っていた地図を差し出すと、その手が固まった。
「松本観光って……」
「あの……不躾ですが、この会社のご家族のことを何か知りませんか」
「……何故そんなことを調べているの?」
怪訝そうに問いかけられたので、率直に答えた。
「実は松本優也さんという人を探しています。ソウルで知り合った友人なんです。大事なことを伝えたくて、尋ねて来たのです。この観光会社の息子さんだと思って……なんでもいいので情報があったら教えてもらえませんか」
きょとんとした表情で、その女性は俺のことを見つめていた。
流石に不躾すぎたかと反省した。俺の子供の頃を知っているからと言って、こんなこと急に尋ねるなんて図々しかったか。
「あの……まずいことでも?すいません。忘れてください」
地図を返してもらい立ち去ろうとした時、呼び止められた。
「違うの……だって、だって……優也は私の弟だから!」
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