『トカプチ』ハートフル獣人オメガバース

志生帆 海

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Grow

いきねば

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 境界線には、俺が最後に見たよりも、もっと分厚い氷の壁が立ちはだかっていた。手で押してもビクともしない。隙間もないので完全に下界と遮断されてしまっていた。

「嘘だろ?……これじゃ外に出られないじゃないか! お前を探しに行けないじゃないか! ロウ……死んでいないよな? ちゃんと生きているよな? 生きているなら、せめて返事だけでもしてくれよ!」

 膝立ちになり、氷の壁を拳でドンドンと必死に叩き続けた。

 手の先から凍りそうだったが、それでも叩いた。

 氷の先の世界に向けて。
 お前に聞こえるように。

 首筋の……お前に噛まれた番の印が冷えていくのが怖くて、涙が頬を濡らすのにも構わず、泣き叫び続けた!

 嫌だ……っ、こんな別れは嫌だ……絶対に嫌だからな。
 ロウがいない世界なんて……見たくない。

 そのまま俺は、その場で崩れ落ちた。

 氷の壁は、北の大地も凍らせてしまうのかと思ったが、俺が倒れた先の大地は温かかった。

 ぬくもりを感じる。
 まるでロウの温かい背中、胸、お前の瞳の奥。

 ロウが恋しくて恋しくて……大地に頬を摺り寄せると、大地の鼓動が聴こえてきた。

 生きている。育っている。

 この大地は氷の壁に守られながら、成長していく。

 氷の壁は、もしかしてロウお前自身なのか……

 大地に涙の雨が降り注ぐ。

 乾いた大地は潤い、青々と茂る牧草は風に揺れ、遠くには番の牛が仲良く牧草を食べている光景が見えた。

 あの牛に刺激されたあの日。

 ここでロウに抱かれて、繋がった日々を思い出すと、最近のことなのに遠い昔のような気がして、胸が塞がってしまう。

 俺の躰は、どこまでもロウを欲しているのに。

 なのに、ロウがいない……

 どこにもいなかった。

 そこで視界が途切れた。



****

 ロウの姿が俺たちの前から消えてから、北の国と他の国へ通じる境界線に分厚い氷のバリケードが出来てしまってから、二週間程経っていた。

 あの後境界線で、倒れていた俺を再び助けてくれたのは、ロウの兄たちだ。

「トカプチ、ジャガイモのスープだ。少しは食え」
「うっ……ごめん。まだ食欲があまりなくて」
「だが、そんなに痩せてしまって……」

 ロウはいなくなってしまったが、ロウのお兄さん達がつきっきりで看病してくれた。

 不思議なことに……俺が助けた日から二匹の狼は狩りをやめた。しかも一時的な事だろうが肉食ではなくなっていた。氷で閉ざされた世界で生きていくための、非常事態における躰の変化なのか。それとも俺の乳を体内に入れた影響なのかは分からない。

 生きていると……想定外の事も起こるものだから。

 そう理解していた。

 狼としてありえない事だが、お前たちがいなかったら、俺はトイと二人でどうしたらいいのか途方に暮れていた。

 なので……有難かった。

 二匹の狼は、獣の手を協力しあって、ジャガイモのスープを作ったりと、人間の食事を作ってくれる。

 俺はロウの精液からいつも栄養を取っていたので、久しく人間の食事を取っていなかった。でも……衰弱した躰を立て直すために、何とかそれを口にするようになっていた。

 死ぬわけにはいかない。
 トイのためにも。

 ロウは、死んだわけじゃない。
 この眼で死骸を見ていないのだから。

 そう信じている。
  
 いつかロウと再会するためにも、生きねば……

 そんな決意を抱けるまでには10日程かかった。

 最初は自暴自棄で生きていたくない!と、ロウがいない世界が辛く、ずっと泣き叫んでいた。

 だがトイが俺の乳を吸いに来てくれ……兄狼たちが、懸命にこの家を守ろうとしてくれている姿に、やっと前向きになってきた。

「……食べるよ」
「よかった。お代わりもあるからな」
「うん」

 必死にスープを口にするが、本当に食欲が湧かない。

 湧かない所か、今日に限っては、スープの温かい湯気に煽られ、気持ち悪くなり、吐き気が急激に込み上げてくる始末だ。

「うっ……ごめん」

 慌ててトイレに駆け込んで、とうとう吐いてしまった。
 



 あれ……この感じって……

 まさか!!


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