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9 聖女騒動
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辺境伯が結局エリスに会いに行くのを我慢できず、ニナによる妨害でエリスとの距離が遠い日々が過ぎていく中、他の誰も再現できない「痛みだけを消す薬」は辺境で更に有名になりつつあった。それは国教であるアリエ教の聖職者の元へも届いた。辺境の教会を取りまとめるマイオ司教はその薬を入手し効能を確かめ驚愕する。
「これは、間違いなく伝承の聖女の魔力……」
現在、一般的に「聖女」とは高度な治癒術を操る女性を表す言葉。実際、聖女と評された治癒術師は歴史の中で何度も現れた。辺境の民は「痛みだけを消す薬」も、治癒術の延長線上にあるものだと思っているのだろう。
しかし、教会では司教以上の職位のみに受け継がれている伝承がある。それは「三百年前、癒しの神アリエに愛された聖女が現れた。その者の魔力は癒しの力を帯びており、あらゆる痛みを取り除いた」というもの。
当たり前であるが、治癒術で治せることができれば患者の痛みを消す事ができる。治さずに痛みだけ消すと言うのは不可能。だが、聖女の魔力はそれを可能にする。治癒術ではどうしようもない、古傷や身体能力の衰えからくる痛みなども取り除くこともできる。まさに癒しの神に愛されたとしか言いようが無い特異な魔力だ。
何故、公にされていないかというと理由は単純。三百年前の聖女が治癒術を使うのが物凄く下手だったから。今も昔も、教会で上級職位に就くには治癒術が使える事が条件。癒しの神に愛されている聖女だと公表にするには、不器用で治癒術を頻繁に失敗するというのは都合が悪かった。ゆえに、真の意味での聖女と思われる者が現れたという事実は秘匿されたのだった。
それ以降、癒しの魔力を持つ者は発見されることなかったが、ついに癒しの魔力を持ち治癒術をまともに使える公表しても問題の無い「聖女」が現れたのだ。神の、ひいては教会の威信を高めるのに大いに役立つであろう存在を放置することなどできるはずもない。
マイオ司教は実家の起こした問題により、今以上の上級職位に就くことが難しくなったために辺境へ左遷された。今回、最初に聖女を見出した者となり、己の手によって教会に所属させたという功績ができれば、中央にも戻れる日がくるかもしれない、この機を逃すわけにはいかなかった。
教会は独自の情報入手経路にて、エリスが薬を調合しており、所属が辺境軍の治癒術師である情報を入手している。さっそく辺境伯へと、エリスを教会に所属させるよう上から目線で命令した書簡を送ったのだった。
「辺境伯様、教会からこの様な書簡が」
秘書官から受け取り、斜め読みした辺境伯はそれを不要書類の山に積んだ。
「これから同様の書簡が届いても無視しろ」
「一応、エリスさんにお知らせしては」
「必要ない。教会は私にも、我が私兵に対しても、如何なる命令権を有していないのだから」
十を超える書簡を送ったものの一向に返信が来ない為、司教は苛立つ。
「司教である私に対して何たる無礼……!」
辺境は現在の国に併合される前から土着信仰がある。表向き改宗していても「邪な心を持てば癒しの神アリエの加護──つまり治癒術が効かなくなる」という躾より、「悪い子は土地神様の使いに目玉を食べられる」という躾の方が辺境の民には身近なのだ。故に国教の祀る神への信仰心は薄い。それは辺境伯も例外ではないのだから、上から目線な司教の書簡を無視するのも当然といえば当然だった。
仕方が無いのでエリスへ直接「優秀さを認めてやる。教会へ所属しろ、さすれば司祭の職位を与える」と上から目線の書簡を送った。
「えりしゅー何でむずかしい顔してるー」
積み木で遊んでいたニナは、先ほどから紙を持ったまま困り顔をしているエリスに声を掛けた。ちなみに積み木は小さくなったニナにエリスが与えたもの。「小さくなったとはいえ積み木では流石に遊ばないだろう……」という兵や秘書官や辺境伯までもの予想に反して、普通に遊んでいるニナである。
「司教様からお手紙が来たのだけれど……」
「あー? 教会に所属しろー? あほらしー」
エリスは信仰心が強い訳ではないが、皆無でも無い。司教という立場の人物からの要請はすこし無下にしにくく感じてしまう。だが教会に所属すればニナと暮らせない。ならばエリスができる行動は一つ。
「辞退する旨の返事を送るわ」
「『ヤダ』の一言でいいとおもうー」
「あらあら、司教様にそんな言葉遣いは駄目よ、ニナ」
「こんな上から目線の奴にはそれでいいのだ」
エリスから丁寧な断りの手紙を受け取って司教は気が付く。
「そうだ、この者は聖女の魔力について何も知らないのだから当然か」
公にされていない伝承を聞き、己の魔力が如何に貴重なものか知れば向こうから教会に所属したいと願い出るはずだと考えた司教は一度辺境の大聖堂へ訪れるように要請する。しかし、これに対しても丁寧な断りが返って来るだけであった。
ならばこちらから出向いてやると辺境軍基地に赴いたが、門前払い。何度も赴いていると魔術師団の外套を羽織った小さな子供が出てきて何かと思った瞬間に司教の手にしていたロッドが爆散した。無言でただただ見詰めてくる不気味な幼子に得体のしれぬ恐怖を感じ、それ以降辺境軍基地には近寄らない事にした。後で魔術師団に抗議したところ正式な返信が「奴ヲ刺激スルベカラズ」という一文だけだっため、余計に怖くなり、この件について考えるのを止めた。
諦めきれない司教は最終手段に出る。それは教会から辺境軍治癒術師エリスに聖女の称号を与えると大々的に公表する事。中央教会へエリスが聖女の魔力を保有していると報告し、辺境伯に圧力が掛けてもらうのだ
「辺境伯といえど中央教会と真っ向から対立はできないはずだ」
これを行えば聖女を教会に引き入れたという功績は得られない、だが最初に聖女を見出した者という最低限の功績は得られる。
同時に「痛みだけを消す薬」を調合しているのがクライス侯爵家の元令嬢エリスである事を噂として流す。
「教会に聖女と認められた者の薬を辺境伯家が独占しているとなると、民の不満も高まるだろう」
中央の民に聖女の薬の噂が届くのも時間の問題。司教である自分に舐めた態度を取った辺境伯が苦境に立たされる様を思い浮かべて、マイオ司教は高らかに笑った。
□
辺境伯はマイオ司教の動きを早々に察知し、対応に当たったが中央まではその権力は届かない。中央では「辺境が聖女を独占している」と辺境への風当たりが強くなりつつあった。
辺境では「そもそも聖女様は辺境に居たいから居るだけ。教会に所属するかしないかは聖女様の自由である」と至極当然の認識であるので、強制的に教会に所属させようとする中央教会に、アリエ教に対しての印象が悪化の一途を辿る。
そんな中で辺境伯は涼しい顔をしていた。
国から半ば独立しており自由を重んじる辺境と、伝統や身分階級が絶対の中央との間に軋轢が生じるなど常の事。それが多少悪化しようが問題無いのである。
今回は中央の平民からも「聖女の独占」だと不満が上がったが、よく考えれば「聖女が中央教会所属となってもその能力は上流階級が独占するだけ」というのは明白で、「辺境では薬が医療機関で処方される。そして辺境は中央の民を拒まない」という事実を提示すれば、大人しくなった。
「辺境伯様、またもや教皇からの書簡が」
辺境伯は秘書官から受け取ったそれを読まずに暖炉へ放り込んだ。
「……流石に少しは目を通しては?」
「構わん、毎回脅しが違うだけで結局同じ内容だ」
「今回は魔術師団から派遣した軍人を中央に戻すと……」
「はっ、できるものならばやってみろ」
教会は前王朝時代から存在する宗教の為、国からあらゆる優遇措置を受けている。それ故に増長しており要請すれば軍が自分たちの思う通りに動かせると勘違いしている節がある。それは大きな間違いだ。残念ながら軍は現実主義で固められ、そこに信仰心が混ざる事はまずない。利が無ければ教会の言う事など聞かないのだ。
アルバもそれを理解しているので、一応報告しつつも、あまりにも馬鹿げた脅しに半笑いを浮かべている。
「それと、こちらが先程上がった報告です」
書類を受け取り、内容を把握するにしたがい、辺境伯の瞳は冷たいものとなる。それは直近の非合法組織の動きに関する報告書で、そこからはエリスを誘拐しようと教会が裏から手を回し始めたという事が読み取れた。
「予想はしていたが、まさか本当に動くとは」
辺境の民の信仰心が薄いとはいえ、その信仰の自由を害する事はしたくないという、辺境伯にも少しの迷いがあったのだが、この報告のおかげでそれは断ち切れた。
「我が領地に腐った教会なぞ最早不要。『徴税』しろ」
□
教会はありとあらゆる税を免除されている。しかし、百数十年ほど前の長い大飢饉で食料を外国から輸入しようにも国庫が尽きた為「非常時において教会から徴税することを可能とする」法律を制定した。
そして、現在、辺境の大聖堂にて──
『差し押さえ』
そう書かれた紙があちこちに張られていた。
「ああっそれは私の……」
司教の部屋に隠されていた金塊にも『差し押さえ』
というか大聖堂の建物自体『差し押さえ』
青い顔をした司教に目もくれずに徴税人は帳簿付けしている。
「うーん、そもそも大聖堂丸ごとでも足りないんすよね。百年分のありとあらゆる税なんて」
「百年分!?」
マイオ司教は青い顔から赤い顔になる。
「神聖なる教会に対してなんたる所業!」
「うーん、私に言われてもー仕事っすから」
徴税人はひたすら帳簿付けしながら生返事をする。その態度は更に司教を激高させる。
「必ずや天罰が下るぞ!」
「うーん、それも私に言われてもーっす」
「そもそも、一体何の非常時だというのだ!」
「それはさっき渡した通告書に書いてあるんで読んでくださーいっす」
司教は憤慨しながらも通告書に目を通してゆく。
「魔族の攻撃に備える為!? 辺境ではいつもの事だろう! ふざけるな!」
「はあ、……なんか噂ですけど凄い魔術師が来て国境の地形変えちゃってから一切魔族が何もしてこなくなったんで、たぶん大規模攻撃準備してるからーとからしいっすよ」
「馬鹿な! 地形を変えるなど不可の……」
そこで司教は「奴ヲ刺激スルベカラズ」という一文と、不気味な幼子を思い出し、突如悪寒に襲われる。そこで、帳簿付けがひと段落した徴税人が告げる。
「さて、ここはもう貴方達のものではないので、出て行ってくださーいっす」
「な!?」
「他の辺境の教会も全部差し押さえなんで、聖職者の皆さんまとめて出てってくださーいっす」
「はあ!?」
「あ、併設された孤児院は辺境伯様が引き継ぐのでご心配なくっす」
「そんな事はどうでも……はっ」
しまったという顔の司教に徴税人が冷ややかな視線を向けた。
「ほんと、アリエ教の聖職者って腐ってるんすね」
「……聖職者を無一文で突如放り出すという方がどうかしている!」
「無一文じゃないですよ、ほら、首都までの旅費です。辺境伯様の慈悲に感謝してくださーいっす」
司教は苦い顔をしながら、それを受け取り、捨て台詞を吐く
「教皇様、いいや国王様が黙っていないぞ!」
「だから、それを私に言われてもーっす」
「これは、間違いなく伝承の聖女の魔力……」
現在、一般的に「聖女」とは高度な治癒術を操る女性を表す言葉。実際、聖女と評された治癒術師は歴史の中で何度も現れた。辺境の民は「痛みだけを消す薬」も、治癒術の延長線上にあるものだと思っているのだろう。
しかし、教会では司教以上の職位のみに受け継がれている伝承がある。それは「三百年前、癒しの神アリエに愛された聖女が現れた。その者の魔力は癒しの力を帯びており、あらゆる痛みを取り除いた」というもの。
当たり前であるが、治癒術で治せることができれば患者の痛みを消す事ができる。治さずに痛みだけ消すと言うのは不可能。だが、聖女の魔力はそれを可能にする。治癒術ではどうしようもない、古傷や身体能力の衰えからくる痛みなども取り除くこともできる。まさに癒しの神に愛されたとしか言いようが無い特異な魔力だ。
何故、公にされていないかというと理由は単純。三百年前の聖女が治癒術を使うのが物凄く下手だったから。今も昔も、教会で上級職位に就くには治癒術が使える事が条件。癒しの神に愛されている聖女だと公表にするには、不器用で治癒術を頻繁に失敗するというのは都合が悪かった。ゆえに、真の意味での聖女と思われる者が現れたという事実は秘匿されたのだった。
それ以降、癒しの魔力を持つ者は発見されることなかったが、ついに癒しの魔力を持ち治癒術をまともに使える公表しても問題の無い「聖女」が現れたのだ。神の、ひいては教会の威信を高めるのに大いに役立つであろう存在を放置することなどできるはずもない。
マイオ司教は実家の起こした問題により、今以上の上級職位に就くことが難しくなったために辺境へ左遷された。今回、最初に聖女を見出した者となり、己の手によって教会に所属させたという功績ができれば、中央にも戻れる日がくるかもしれない、この機を逃すわけにはいかなかった。
教会は独自の情報入手経路にて、エリスが薬を調合しており、所属が辺境軍の治癒術師である情報を入手している。さっそく辺境伯へと、エリスを教会に所属させるよう上から目線で命令した書簡を送ったのだった。
「辺境伯様、教会からこの様な書簡が」
秘書官から受け取り、斜め読みした辺境伯はそれを不要書類の山に積んだ。
「これから同様の書簡が届いても無視しろ」
「一応、エリスさんにお知らせしては」
「必要ない。教会は私にも、我が私兵に対しても、如何なる命令権を有していないのだから」
十を超える書簡を送ったものの一向に返信が来ない為、司教は苛立つ。
「司教である私に対して何たる無礼……!」
辺境は現在の国に併合される前から土着信仰がある。表向き改宗していても「邪な心を持てば癒しの神アリエの加護──つまり治癒術が効かなくなる」という躾より、「悪い子は土地神様の使いに目玉を食べられる」という躾の方が辺境の民には身近なのだ。故に国教の祀る神への信仰心は薄い。それは辺境伯も例外ではないのだから、上から目線な司教の書簡を無視するのも当然といえば当然だった。
仕方が無いのでエリスへ直接「優秀さを認めてやる。教会へ所属しろ、さすれば司祭の職位を与える」と上から目線の書簡を送った。
「えりしゅー何でむずかしい顔してるー」
積み木で遊んでいたニナは、先ほどから紙を持ったまま困り顔をしているエリスに声を掛けた。ちなみに積み木は小さくなったニナにエリスが与えたもの。「小さくなったとはいえ積み木では流石に遊ばないだろう……」という兵や秘書官や辺境伯までもの予想に反して、普通に遊んでいるニナである。
「司教様からお手紙が来たのだけれど……」
「あー? 教会に所属しろー? あほらしー」
エリスは信仰心が強い訳ではないが、皆無でも無い。司教という立場の人物からの要請はすこし無下にしにくく感じてしまう。だが教会に所属すればニナと暮らせない。ならばエリスができる行動は一つ。
「辞退する旨の返事を送るわ」
「『ヤダ』の一言でいいとおもうー」
「あらあら、司教様にそんな言葉遣いは駄目よ、ニナ」
「こんな上から目線の奴にはそれでいいのだ」
エリスから丁寧な断りの手紙を受け取って司教は気が付く。
「そうだ、この者は聖女の魔力について何も知らないのだから当然か」
公にされていない伝承を聞き、己の魔力が如何に貴重なものか知れば向こうから教会に所属したいと願い出るはずだと考えた司教は一度辺境の大聖堂へ訪れるように要請する。しかし、これに対しても丁寧な断りが返って来るだけであった。
ならばこちらから出向いてやると辺境軍基地に赴いたが、門前払い。何度も赴いていると魔術師団の外套を羽織った小さな子供が出てきて何かと思った瞬間に司教の手にしていたロッドが爆散した。無言でただただ見詰めてくる不気味な幼子に得体のしれぬ恐怖を感じ、それ以降辺境軍基地には近寄らない事にした。後で魔術師団に抗議したところ正式な返信が「奴ヲ刺激スルベカラズ」という一文だけだっため、余計に怖くなり、この件について考えるのを止めた。
諦めきれない司教は最終手段に出る。それは教会から辺境軍治癒術師エリスに聖女の称号を与えると大々的に公表する事。中央教会へエリスが聖女の魔力を保有していると報告し、辺境伯に圧力が掛けてもらうのだ
「辺境伯といえど中央教会と真っ向から対立はできないはずだ」
これを行えば聖女を教会に引き入れたという功績は得られない、だが最初に聖女を見出した者という最低限の功績は得られる。
同時に「痛みだけを消す薬」を調合しているのがクライス侯爵家の元令嬢エリスである事を噂として流す。
「教会に聖女と認められた者の薬を辺境伯家が独占しているとなると、民の不満も高まるだろう」
中央の民に聖女の薬の噂が届くのも時間の問題。司教である自分に舐めた態度を取った辺境伯が苦境に立たされる様を思い浮かべて、マイオ司教は高らかに笑った。
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辺境伯はマイオ司教の動きを早々に察知し、対応に当たったが中央まではその権力は届かない。中央では「辺境が聖女を独占している」と辺境への風当たりが強くなりつつあった。
辺境では「そもそも聖女様は辺境に居たいから居るだけ。教会に所属するかしないかは聖女様の自由である」と至極当然の認識であるので、強制的に教会に所属させようとする中央教会に、アリエ教に対しての印象が悪化の一途を辿る。
そんな中で辺境伯は涼しい顔をしていた。
国から半ば独立しており自由を重んじる辺境と、伝統や身分階級が絶対の中央との間に軋轢が生じるなど常の事。それが多少悪化しようが問題無いのである。
今回は中央の平民からも「聖女の独占」だと不満が上がったが、よく考えれば「聖女が中央教会所属となってもその能力は上流階級が独占するだけ」というのは明白で、「辺境では薬が医療機関で処方される。そして辺境は中央の民を拒まない」という事実を提示すれば、大人しくなった。
「辺境伯様、またもや教皇からの書簡が」
辺境伯は秘書官から受け取ったそれを読まずに暖炉へ放り込んだ。
「……流石に少しは目を通しては?」
「構わん、毎回脅しが違うだけで結局同じ内容だ」
「今回は魔術師団から派遣した軍人を中央に戻すと……」
「はっ、できるものならばやってみろ」
教会は前王朝時代から存在する宗教の為、国からあらゆる優遇措置を受けている。それ故に増長しており要請すれば軍が自分たちの思う通りに動かせると勘違いしている節がある。それは大きな間違いだ。残念ながら軍は現実主義で固められ、そこに信仰心が混ざる事はまずない。利が無ければ教会の言う事など聞かないのだ。
アルバもそれを理解しているので、一応報告しつつも、あまりにも馬鹿げた脅しに半笑いを浮かべている。
「それと、こちらが先程上がった報告です」
書類を受け取り、内容を把握するにしたがい、辺境伯の瞳は冷たいものとなる。それは直近の非合法組織の動きに関する報告書で、そこからはエリスを誘拐しようと教会が裏から手を回し始めたという事が読み取れた。
「予想はしていたが、まさか本当に動くとは」
辺境の民の信仰心が薄いとはいえ、その信仰の自由を害する事はしたくないという、辺境伯にも少しの迷いがあったのだが、この報告のおかげでそれは断ち切れた。
「我が領地に腐った教会なぞ最早不要。『徴税』しろ」
□
教会はありとあらゆる税を免除されている。しかし、百数十年ほど前の長い大飢饉で食料を外国から輸入しようにも国庫が尽きた為「非常時において教会から徴税することを可能とする」法律を制定した。
そして、現在、辺境の大聖堂にて──
『差し押さえ』
そう書かれた紙があちこちに張られていた。
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司教の部屋に隠されていた金塊にも『差し押さえ』
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「うーん、そもそも大聖堂丸ごとでも足りないんすよね。百年分のありとあらゆる税なんて」
「百年分!?」
マイオ司教は青い顔から赤い顔になる。
「神聖なる教会に対してなんたる所業!」
「うーん、私に言われてもー仕事っすから」
徴税人はひたすら帳簿付けしながら生返事をする。その態度は更に司教を激高させる。
「必ずや天罰が下るぞ!」
「うーん、それも私に言われてもーっす」
「そもそも、一体何の非常時だというのだ!」
「それはさっき渡した通告書に書いてあるんで読んでくださーいっす」
司教は憤慨しながらも通告書に目を通してゆく。
「魔族の攻撃に備える為!? 辺境ではいつもの事だろう! ふざけるな!」
「はあ、……なんか噂ですけど凄い魔術師が来て国境の地形変えちゃってから一切魔族が何もしてこなくなったんで、たぶん大規模攻撃準備してるからーとからしいっすよ」
「馬鹿な! 地形を変えるなど不可の……」
そこで司教は「奴ヲ刺激スルベカラズ」という一文と、不気味な幼子を思い出し、突如悪寒に襲われる。そこで、帳簿付けがひと段落した徴税人が告げる。
「さて、ここはもう貴方達のものではないので、出て行ってくださーいっす」
「な!?」
「他の辺境の教会も全部差し押さえなんで、聖職者の皆さんまとめて出てってくださーいっす」
「はあ!?」
「あ、併設された孤児院は辺境伯様が引き継ぐのでご心配なくっす」
「そんな事はどうでも……はっ」
しまったという顔の司教に徴税人が冷ややかな視線を向けた。
「ほんと、アリエ教の聖職者って腐ってるんすね」
「……聖職者を無一文で突如放り出すという方がどうかしている!」
「無一文じゃないですよ、ほら、首都までの旅費です。辺境伯様の慈悲に感謝してくださーいっす」
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