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10 ばぶニナ
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予定したよりも中央滞在が長引き、リーゲルが辺境へと戻れたのは冬も終わる頃であった。
──今回の件、兄上立太子後で本当に良かったな。
辺境から聖職者全てが追い出された事件は、流石に中央でも問題になっていた。教皇の怒りは相当であったが、心底どうでもいいと思った王は、この件を王太子となった第一王子アルテオに丸投げした。
王太子は以前から辺境と持ちつ持たれつな関係を維持したい方針であったので「今回は貸になる」と言って教会を押さえつけ、騒動がこれ以上大きくならないように動いたのだった。
──エリス様は大丈夫だろうか……。辺境伯を頼った結果、辺境から国教締め出しという事態。手紙では平気だと仰っているが、エリス様の性格からして責任は感じているだろう……彼女は一方的に聖女などと祭り上げられそうになっただけだというのに。
それと、辺境では国教の代わりか、にわかに聖女信仰が興っているらしい。実際、エリスの手紙に「用事で門を出るとすぐに沢山の人に囲まれて驚きました」と書かれていた。このままだとエリスが辺境の街で普通に暮らすのは難しいかもしれない。そして、リーゲルはもう一つ気がかりで仕方がない事がある。
──兄上が後始末したとはいえ、辺境伯がエリス様を守ったのは事実。まさかとは思うが、エリス様の辺境伯に感謝する気持ちに、もしくは責任を感じて弱った心に、辺境伯が付け入っていないだろうな……。
辺境では聖女の正体が辺境軍治癒術師であると既に知れ渡っている。その事実と、一介の治癒術師を守るために国教を敵に回すのも厭わない今回の辺境伯の動向が合わさった結果「今回の件は辺境伯と治癒術師の大恋愛劇の一幕だ」と主に辺境の女性の間で話題になっており、それがリーゲルの最悪の予想を加速させていた。
不安からここ数日は眠れていないリーゲルの目元には隈ができている。こんな顔でエリスに会えば心配をかけてしまう、どうにか眠ろうと馬車の揺れを感じながらリーゲルは瞼を閉じた。
□
辺境伯の城で数か月ぶり会ったエリスはおくるみに包まれた赤子を抱いていた。膝から崩れ落ちそうになったリーゲルは、辛うじて残った冷静な思考で赤子が生まれるには十月掛かるではないか、エリスと辺境伯の子であるはずがないと、震えないよう両足に力を入れた。
「エリス様……」
「殿下、お帰りなさい。ほら、ニナも喜んでいます」
かつてないほど幸福そうな表情のエリスが赤子をリーゲルに向ける。その子供は銀の髪に緑の瞳であった。
「に、ニナ嬢……?」
「だー(おうよ)」
──幼児化してエリス様の庇護欲を増加させ辺境伯に近づく隙を与えない作戦は聞いていたが、何故赤子に……。
「うだー(ニナさんだって好きでおぎゃってるんとちゃわい)」
──何を言っているかはわからないが、不本意そうだ……。何か事情があるのだろう。
「ニナ嬢、お疲れ様です……」
「だっ(あとで菓子いっぱい寄越せよ)」
うごうごし始めたニナをエリスがあやすように揺らす。
「可愛い可愛いニナ、お腹空いたのかしら。お昼には早いけどご飯にしましょうか」
「ばー……(もう赤子ミルクいらん……)」
輝かしい笑顔のエリスとは対照的に、赤子だというのに若干疲れていそうな表情のニナ。エリスの幸せを邪魔したくはないが、嫌われたくないので本当に邪魔したくないが、ニナを労いたいリーゲルは恐る恐る発言する。
「エリス様、少しニナ嬢をお借りしても? 僕が中央へ向かう前から約束していた事があるのです」
「そう……ですか、それなら仕方がありませんね……」
エリスが残念そうにおくるみをリーゲルへ渡そうとした瞬間、ニナは元の成人姿──とはいえ、成人には見えないほど幼い容姿──に戻り、とすっと地面に着地する。
「ばぶニナ終了!」
「えっ」
衝撃を受けて固まるエリス。
「ニナ……もう赤ちゃんにはならないの……?」
心底残念そうなエリスに少し言葉を詰まらせたニナだが両手を上げて叫ぶ。
「ばぶニナ閉店! 廃業!」
「そんな……」
エリスが絶望ともいえる表情で呆然とする。ニナとリーゲルは顔を見合わせるが、お互い言葉が出ないのだった。
□
自らの屋敷にニナを招いたリーゲルは沢山のチョコレート菓子でもてなした。
「んまーい、んまーい」
頬をリスのように膨らませ、ご機嫌なニナ。
「それで、どうして赤子の姿に?」
ごくんと音を立てて口の中の物を飲み込んだニナが眉を下げて答える。
「エリスがなー、辺境から教会なくなったの気にして落ち込んでー」
やはり、そうかとリーゲルが頷く。
「それで辺境伯がな―、エリスを慰めるフリして近づいてー。エリスは辺境伯に恩があるからってー、ニナちゃんが構ってちゃんしても、辺境伯が誘ったご飯とかに行こうとしたからー」
やはり、そうかとリーゲルは頷きながらも、心で辺境伯に毒づく。
「ばぶニナになって『ほら! 一人じゃ生きれないばぶニナだよ!』アピールしたら、予想以上にエリスが喜んで……」
「そのまま、赤子姿で過ごす羽目になったと」
ニナがカップケーキに齧りつきながら顔をしわしわにする。
「ばぶニナでないとエリスがまた落ち込むから……」
先ほどのエリスの絶望顔を思い出し、
「ばぶニナはもう懲り懲りだけど、しばらくは元のニナさんじゃなくて二ナちゃんの方がいいかな」
「そうですね、エリス様はまるでニナ嬢に捨てられたかのような表情をしていましたから。元の姿よりは手のかかる幼児姿の方がエリス様も嬉しいでしょう」
「捨てるもなにもー、子供はいつか独り立ちするものなのだ。ニナさんエリスの子供じゃないけど。それに、いつかエリスが結婚して子供出来たらニナさんなんてエリスの方がいらないって言うはず」
──エリス様のニナ嬢への愛情は我が子ができたからといって薄れるようなものでは無い気がするが……。
□
城で赤子姿のニナに用意した赤ちゃん用品を陰鬱な表情で片付けるエリスの元へ辺境伯が訪れた。
「どうした、エリス。何があった」
聖女騒動の責任を感じていた時以上に意気消沈してるエリスに、辺境伯は只事では無いと僅かに険しい顔を作る。エリスは少し慌て、
「いえ、何でもないのです。ただ、ニナはもう赤ちゃんにならないそうなので、哺乳瓶やおくるみを片付けて……」
ニナがもう赤子にならないと聞いて心の中でガッツポーズをとった辺境伯はニナが居ない今がチャンスだと以前から用意していた言葉を口にする。
「何もそこまで落ち込む事は無い。今はニナが手の掛からない存在に戻って悲しいかもしれないが、その分いずれ生まれる我が子に思う存分愛情を注げばいい」
「我が子……?」
辺境伯はおくるみを畳んでいたエリスの手をそっと取る。
「エリス……知っていると思うが、私はお前に好意を抱いている。今すぐにどうこうなりたいとは言わない。ただ、私の事を知って欲しい。その機会をくれないか。そして……」
甘い雰囲気を漂わせ、真剣に言葉を紡ぐ辺境伯へ視線も向けずにエリスはおくるみを見詰めている。
「エリス?」
「大変です、辺境伯様……」
「どうした」
「……自分の子供をニナ以上に、いえ、同じくらいにも愛する自信がありません……」
そこで初めて自分の手が辺境伯に触れられている事に気付きエリスが驚いた。完全に自分の告白を聞かれていなかったと知った辺境伯の顔は複雑になる。
「そう思うのは、まだ我が子に会ったことが無いからだろう」
「いえ、私が自由に生きていられるのはニナのおかげなのです。ニナがいなければ私は生きながらに死んでいました。これから私に愛する伴侶と子が出来たとしても、それもニナのおかげ。それなのにニナへの愛以上に……いえ、同じに程度にも愛するなんて不可能です」
「だが、ニナはきっとそれは望まない。ニナとてエリスには幸せになって欲しいと願っているはずだ」
エリスはそこで哺乳瓶やおくるみに視線を移す。
「そうですね、ニナは優しい子だから、きっとそう。でも、これは私の問題なんです。これから出会うもの全て、ニナ以上に愛せないという、私の心の問題……」
辺境伯が何と返事をしてよいものやら考えている内にエリスは自己完結してしまう。
「こんな私は伴侶や子を持つべきではありませんね。その方々に失礼ですから」
少しスッキリした顔のエリスは片づけを再開し始める。
「しかし、エリス……」
どうにか説得しようと辺境伯が口を開こうとした時、扉がノックされ返事を待たずに秘書官アルバが入室した。
「辺境伯様、至急お知らせしたいことが」
アルバが動揺しているのは珍しいと辺境伯は思考を仕事仕様に切り替える。
「エリス、話の続きは後日に」
そう言い残して辺境伯はエリスの部屋を後にする。執務室のある、盗聴対策魔法が施された階に上がった所でアルバが報告する。
「魔族と思われる生物が一体、国境の砦に現れました」
「ほう」
魔族は基本的に使い魔を用いて攻撃を仕掛けてくる。人の魔法では近くに使役者が居なければならないが、魔族は遠隔操作が出来るのか国境付近にも現れる事はない。そして、強固な結界により魔族の国に人間が足を踏み入れる事も不可能。つまり、人間は魔族を直接目にする機会が殆ど無い。古から伝わる魔族の情報では、雪のように白い肌と髪を持ち、瞳と血液が碧に輝く、千年以上もの時を生きる者だという。それを確かめた者は現代に存在しない。
「そして、亡命を希望していると」
「……何?」
魔族が現れただけでも前代未聞だというのに、亡命など、間違いなく有史以来初めての事に違いなかった。
──今回の件、兄上立太子後で本当に良かったな。
辺境から聖職者全てが追い出された事件は、流石に中央でも問題になっていた。教皇の怒りは相当であったが、心底どうでもいいと思った王は、この件を王太子となった第一王子アルテオに丸投げした。
王太子は以前から辺境と持ちつ持たれつな関係を維持したい方針であったので「今回は貸になる」と言って教会を押さえつけ、騒動がこれ以上大きくならないように動いたのだった。
──エリス様は大丈夫だろうか……。辺境伯を頼った結果、辺境から国教締め出しという事態。手紙では平気だと仰っているが、エリス様の性格からして責任は感じているだろう……彼女は一方的に聖女などと祭り上げられそうになっただけだというのに。
それと、辺境では国教の代わりか、にわかに聖女信仰が興っているらしい。実際、エリスの手紙に「用事で門を出るとすぐに沢山の人に囲まれて驚きました」と書かれていた。このままだとエリスが辺境の街で普通に暮らすのは難しいかもしれない。そして、リーゲルはもう一つ気がかりで仕方がない事がある。
──兄上が後始末したとはいえ、辺境伯がエリス様を守ったのは事実。まさかとは思うが、エリス様の辺境伯に感謝する気持ちに、もしくは責任を感じて弱った心に、辺境伯が付け入っていないだろうな……。
辺境では聖女の正体が辺境軍治癒術師であると既に知れ渡っている。その事実と、一介の治癒術師を守るために国教を敵に回すのも厭わない今回の辺境伯の動向が合わさった結果「今回の件は辺境伯と治癒術師の大恋愛劇の一幕だ」と主に辺境の女性の間で話題になっており、それがリーゲルの最悪の予想を加速させていた。
不安からここ数日は眠れていないリーゲルの目元には隈ができている。こんな顔でエリスに会えば心配をかけてしまう、どうにか眠ろうと馬車の揺れを感じながらリーゲルは瞼を閉じた。
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辺境伯の城で数か月ぶり会ったエリスはおくるみに包まれた赤子を抱いていた。膝から崩れ落ちそうになったリーゲルは、辛うじて残った冷静な思考で赤子が生まれるには十月掛かるではないか、エリスと辺境伯の子であるはずがないと、震えないよう両足に力を入れた。
「エリス様……」
「殿下、お帰りなさい。ほら、ニナも喜んでいます」
かつてないほど幸福そうな表情のエリスが赤子をリーゲルに向ける。その子供は銀の髪に緑の瞳であった。
「に、ニナ嬢……?」
「だー(おうよ)」
──幼児化してエリス様の庇護欲を増加させ辺境伯に近づく隙を与えない作戦は聞いていたが、何故赤子に……。
「うだー(ニナさんだって好きでおぎゃってるんとちゃわい)」
──何を言っているかはわからないが、不本意そうだ……。何か事情があるのだろう。
「ニナ嬢、お疲れ様です……」
「だっ(あとで菓子いっぱい寄越せよ)」
うごうごし始めたニナをエリスがあやすように揺らす。
「可愛い可愛いニナ、お腹空いたのかしら。お昼には早いけどご飯にしましょうか」
「ばー……(もう赤子ミルクいらん……)」
輝かしい笑顔のエリスとは対照的に、赤子だというのに若干疲れていそうな表情のニナ。エリスの幸せを邪魔したくはないが、嫌われたくないので本当に邪魔したくないが、ニナを労いたいリーゲルは恐る恐る発言する。
「エリス様、少しニナ嬢をお借りしても? 僕が中央へ向かう前から約束していた事があるのです」
「そう……ですか、それなら仕方がありませんね……」
エリスが残念そうにおくるみをリーゲルへ渡そうとした瞬間、ニナは元の成人姿──とはいえ、成人には見えないほど幼い容姿──に戻り、とすっと地面に着地する。
「ばぶニナ終了!」
「えっ」
衝撃を受けて固まるエリス。
「ニナ……もう赤ちゃんにはならないの……?」
心底残念そうなエリスに少し言葉を詰まらせたニナだが両手を上げて叫ぶ。
「ばぶニナ閉店! 廃業!」
「そんな……」
エリスが絶望ともいえる表情で呆然とする。ニナとリーゲルは顔を見合わせるが、お互い言葉が出ないのだった。
□
自らの屋敷にニナを招いたリーゲルは沢山のチョコレート菓子でもてなした。
「んまーい、んまーい」
頬をリスのように膨らませ、ご機嫌なニナ。
「それで、どうして赤子の姿に?」
ごくんと音を立てて口の中の物を飲み込んだニナが眉を下げて答える。
「エリスがなー、辺境から教会なくなったの気にして落ち込んでー」
やはり、そうかとリーゲルが頷く。
「それで辺境伯がな―、エリスを慰めるフリして近づいてー。エリスは辺境伯に恩があるからってー、ニナちゃんが構ってちゃんしても、辺境伯が誘ったご飯とかに行こうとしたからー」
やはり、そうかとリーゲルは頷きながらも、心で辺境伯に毒づく。
「ばぶニナになって『ほら! 一人じゃ生きれないばぶニナだよ!』アピールしたら、予想以上にエリスが喜んで……」
「そのまま、赤子姿で過ごす羽目になったと」
ニナがカップケーキに齧りつきながら顔をしわしわにする。
「ばぶニナでないとエリスがまた落ち込むから……」
先ほどのエリスの絶望顔を思い出し、
「ばぶニナはもう懲り懲りだけど、しばらくは元のニナさんじゃなくて二ナちゃんの方がいいかな」
「そうですね、エリス様はまるでニナ嬢に捨てられたかのような表情をしていましたから。元の姿よりは手のかかる幼児姿の方がエリス様も嬉しいでしょう」
「捨てるもなにもー、子供はいつか独り立ちするものなのだ。ニナさんエリスの子供じゃないけど。それに、いつかエリスが結婚して子供出来たらニナさんなんてエリスの方がいらないって言うはず」
──エリス様のニナ嬢への愛情は我が子ができたからといって薄れるようなものでは無い気がするが……。
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城で赤子姿のニナに用意した赤ちゃん用品を陰鬱な表情で片付けるエリスの元へ辺境伯が訪れた。
「どうした、エリス。何があった」
聖女騒動の責任を感じていた時以上に意気消沈してるエリスに、辺境伯は只事では無いと僅かに険しい顔を作る。エリスは少し慌て、
「いえ、何でもないのです。ただ、ニナはもう赤ちゃんにならないそうなので、哺乳瓶やおくるみを片付けて……」
ニナがもう赤子にならないと聞いて心の中でガッツポーズをとった辺境伯はニナが居ない今がチャンスだと以前から用意していた言葉を口にする。
「何もそこまで落ち込む事は無い。今はニナが手の掛からない存在に戻って悲しいかもしれないが、その分いずれ生まれる我が子に思う存分愛情を注げばいい」
「我が子……?」
辺境伯はおくるみを畳んでいたエリスの手をそっと取る。
「エリス……知っていると思うが、私はお前に好意を抱いている。今すぐにどうこうなりたいとは言わない。ただ、私の事を知って欲しい。その機会をくれないか。そして……」
甘い雰囲気を漂わせ、真剣に言葉を紡ぐ辺境伯へ視線も向けずにエリスはおくるみを見詰めている。
「エリス?」
「大変です、辺境伯様……」
「どうした」
「……自分の子供をニナ以上に、いえ、同じくらいにも愛する自信がありません……」
そこで初めて自分の手が辺境伯に触れられている事に気付きエリスが驚いた。完全に自分の告白を聞かれていなかったと知った辺境伯の顔は複雑になる。
「そう思うのは、まだ我が子に会ったことが無いからだろう」
「いえ、私が自由に生きていられるのはニナのおかげなのです。ニナがいなければ私は生きながらに死んでいました。これから私に愛する伴侶と子が出来たとしても、それもニナのおかげ。それなのにニナへの愛以上に……いえ、同じに程度にも愛するなんて不可能です」
「だが、ニナはきっとそれは望まない。ニナとてエリスには幸せになって欲しいと願っているはずだ」
エリスはそこで哺乳瓶やおくるみに視線を移す。
「そうですね、ニナは優しい子だから、きっとそう。でも、これは私の問題なんです。これから出会うもの全て、ニナ以上に愛せないという、私の心の問題……」
辺境伯が何と返事をしてよいものやら考えている内にエリスは自己完結してしまう。
「こんな私は伴侶や子を持つべきではありませんね。その方々に失礼ですから」
少しスッキリした顔のエリスは片づけを再開し始める。
「しかし、エリス……」
どうにか説得しようと辺境伯が口を開こうとした時、扉がノックされ返事を待たずに秘書官アルバが入室した。
「辺境伯様、至急お知らせしたいことが」
アルバが動揺しているのは珍しいと辺境伯は思考を仕事仕様に切り替える。
「エリス、話の続きは後日に」
そう言い残して辺境伯はエリスの部屋を後にする。執務室のある、盗聴対策魔法が施された階に上がった所でアルバが報告する。
「魔族と思われる生物が一体、国境の砦に現れました」
「ほう」
魔族は基本的に使い魔を用いて攻撃を仕掛けてくる。人の魔法では近くに使役者が居なければならないが、魔族は遠隔操作が出来るのか国境付近にも現れる事はない。そして、強固な結界により魔族の国に人間が足を踏み入れる事も不可能。つまり、人間は魔族を直接目にする機会が殆ど無い。古から伝わる魔族の情報では、雪のように白い肌と髪を持ち、瞳と血液が碧に輝く、千年以上もの時を生きる者だという。それを確かめた者は現代に存在しない。
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