元侯爵令嬢は辺境で友人と平穏に暮らしたい。

あの時削ぎ落とした欲

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11 魔族

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 突然音も無く砦の中に現れた魔族と思われる者は、こちらからの攻撃を無効化し一切反撃行動をとらず、口から謎の音を発した後に人間の言葉を喋り出し「亡命したい」と発言しているという。とりあえず拘束して牢に入れた所、「流石に牢は酷いね」と言って、砦で一番上等な部屋に瞬間移動して居座っているらしい。

 辺境伯は付いてこようとするアルバを残し、その目で確かめるために転移陣で砦へと移動した。その瞬間、ニナとの初対面で感じた以上の圧倒的な強者の気を感知する。その気を辿り歩を進めると、兵たちが慌てて制止、辺境伯はこれを無視した。たどり着いたのは辺境伯が砦の視察に訪れる際、使用することがある部屋であった。気を引き締め、扉をノックする。

「やあ、劣等種にしては良い魔力を持ってるね。この椅子の魔力残滓と同一か、つまり部屋の持ち主かな。ここが君の部屋であるなら、ノックする必要も無い気がするね。どうぞ入って。勝手にお邪魔してるよ」

 慎重に扉を開いた辺境伯の目に飛び込んできたのは、眩しく感じるほど純白の、人の形をした者。その相貌はまさに人間離れした美しさであった。女性的な顔つきであるが、体格から男性であるとはっきり分かり、外見年齢は辺境伯より少し下に感じられる。服装は人のものと比べると、とてもシンプルで装飾が殆ど無い。
 それは穏やかに微笑んで己が座る椅子の対面にあるソファを指差す。

「さあ、座って。話しよう。僕は亡命したいんだけど、それは知ってる?」
「……ああ」

 純白の男から目を離さずに辺境伯が着席する。

「君の身分を聞いても?」
「辺境伯、この辺境を取りまとめる者だ」
「へえ、封建制が続いてたのか。ここニ百年、劣等種社会について情報収集を怠ってたから知らなかったよ。僕が今話している言葉も二百年前収集したものだから通じるかどうか不安だったんだよね」

 純白は肩を竦める動作をした。辺境伯は特に反応しない。

「もしかして怒ってるのかい。劣等種という呼称が良く無かったかな。でも仕方が無いんだ。君達は僕らの事を魔族って呼んでるんだったかな。こちらでは僕らを『人間』、君達を『劣等種』と呼ぶからね。正式な学名もあるけど長いから普通は使わないんだ」
「いや、構わない」
「そうかい? なら話を戻そうか、それで君達は僕を受け入れてくれるのかな?」

 辺境伯が軽く息を吐いてから答えた。

「我が国は、魔族が現れた際の対応を辺境に一任している。そして辺境では『適宜対応せよ』と定められている」

 純白が可笑しそうに軽く口元に手を当てて笑う。その碧の瞳は宝石のように輝いていて、瞬きする度にほんの少し光る粒子が舞っている。

「それは何も定められていないのと同じだね」
「ああ」
「でも、まあ、仕方がないのかもしれない。ええと、暦法は僕らのを模倣してたよね。だからそちらでも、僕ら『人間』が劣等種の前に姿を現すのは確か千五百年振りという認識のはずだね」

 この発言には反応せずに辺境伯は、

「何故亡命を希望している?」
「うん、やっぱり気になるよね。それを教える前にさっきの僕の質問に答えて欲しいな」
「貴殿の亡命希望を拒否する選択肢は無い」

 値踏みするように目を細める純白。

「どうしてかな?」
「辺境の軍事力すべてを以てすれば貴殿を排除する事は恐らく可能だろう。だが、それは大きな代償を伴う。貴殿がどれほどの戦闘能力を有しているかは、魔術師の端くれであれば誰であろうともわかる」

 ニナ以上の魔力と実力を持つ存在を滅するのに、無傷でいられるはずがない。敵対するのも、他国に渡られるのも、得策ではないと辺境伯が語る。

「僕がこの国で好き勝手するとは考えないのかな?」
「おそらくそれは無い。貴殿が亡命を希望している理由は、国境付近の地形が変わった件に関わるのだろう」

 あの件以降、魔族からの攻撃がピタリと止まり、その後に亡命希望の魔族が現れたとなれば無関係と考える方が難しい。

「正解。それに、あの破壊魔法の使い手であれば、僕を殺害できずとも痛手を与える事は出来るよ。僕だって痛いのは嫌だからね」
「貴殿らにせいぜい重傷を負わせられる程度か。だが、劣等種と呼ぶものからそれが現れたことは大きな衝撃だったという事か? 劣等種と呼んだ存在にいずれ追い付かれるのではないかと予想し……」
「ああ、違うよ。衝撃でも何でもない。僕は責任から逃れるために亡命を選んだんだ」

 そこで、余裕のある態度を崩さない『人外めいた』純白が初めて『人間』らしい困った表情を浮かべた。

「あの破壊魔法の使い手はね。ほぼ十割、『劣等種準人化計画』で生み出された実験体で間違いない」

 辺境伯はその単語に息を呑んだ。言葉通りだとするなら人を魔族化しようとしたと察せられる。

「これ以上は、実験体と思われる対象をこの目で確かめてから話すよ」





「という訳で、ニナよ。こちらが魔族の亡命希望者だ、粗相の無いように」
「え、なに!? だれーーーー!?」

 緊急の仕事だと、突如砦に招集されたニナは口を開けたまま、辺境伯と同じ程の背丈である純白を見上げる。純白の男がニナと同じ目線になるように屈んだ。

「ああ、間違いない……。この魔力は×××か、もう死んでるし、やっぱり僕が……まったく、どれだけ迷惑掛ければ済むのかな×××は……」

 ぶつぶつと呟く純白を指差しながら辺境伯を見上げニナが叫ぶ。

「だれーーーー!?」
「ニナよ、今は静かにしてくれないか」

 辺境伯はアルバに用意させた棒付きキャンディをニナに渡そうとするが、

「シャーッ、お前からの施しは受けんぞい!」
「このような時くらい素直に受け取って静かにしてくれ」

 頭が痛くなっていそうな辺境伯と、威嚇するニナを見て、純白は笑みを漏らす。

「この実験体は随分元気だね」
「じっけんたいてなんぞ、ニナさんはニナさんですし、シャーッ」

 純白が立ち上がり、ニナに向けて手をかざす。すぐさま警戒態勢を取ったニナの額に発光している数字が浮かんだ。

「これは……」
「実験体零零二七。初期型がこれほど長く生存しているなんて、大方×××が手を加えたんだろうね」

 二人に額を見詰められているニナは怯みながら後退し、やがて背中が窓に当たった。そして、恐る恐る硝子に映る己の額に視線を移すと。

「何これ! 私に何した!」
「それは君の番号だよ。二十七番目に生成された人間と劣等種の合成種。君にわかりやすく説明すると魔族と人間の混血、かな。厳密に言うと違うけど」

 きょとんとしているニナに付け足して説明する純白。ニナの脳が言葉を受け取るまでに少し間があった。理解するにつれてニナの首筋に嫌な汗が伝う。

「ニナさんは人間だもん!」
「そうだね、半分くらいはそうだと思ってもいいんじゃないかな」
「全部人間だもん!」

 辺境伯が、認め無いと頭を振るニナの肩にそっと気づかわしげに触れた。

「さわるな!」
「落ち着け、否定しても事実は変わってはくれない。ニナとて薄々、強大な力を持つ己が人と違うと自覚していたのではないか? このまま詳しく知らぬまま、己を人間と思い込んで過ごしたいと思うのなら止めはしない。だが、もし寿命が人と異なるのであればエリスはその事を知っておくべきだ」
「エリスと私が違うから一緒に居ちゃ駄目って言うのか!? お前がエリスとくっつきたいからって私を追い出す気か!?」
「違う、エリスがお前を大事に思っているからこそだ。お前の寿命が短いにせよ長いにせよ、エリスはお前の為に出来る限りの事をしたいと願うはずだ。私に止める権利など無い。それについてエリスが私を頼りにするのであれば助力を惜しまない、それだけだ」

 辺境伯の瞳は真っ直ぐで、彼をよく思っていないニナでさえ嘘ではない本心なのだと分かった。エリスに付け入ろうとしていない、ただエリスの為を想って発言だと。

「エリスというのは実験体の保護者かな? それなら寿命を知っておくべきだね」
「違わい、エリスは……エリスはニナちゃんの大事なともだち……」

 辺境はおくるみに包まれた赤子ニナを愛おしそうに抱いているエリスの姿を思い出し、

「友人……か?」

 辺境伯が何を考えているか察したニナはいつもの調子に戻りぷんぷん憤る。

「ともだちだもん!」

 辺境伯がそっぽを向くニナの口元にキャンディをそっと添える。怒りながら反射的にかぷりと食らいつくニナ。口内に甘味が広がるにつれて眉間の皺が無くなり大人しくなる。そのまま上機嫌でキャンディを舐めている彼女を椅子に移動させてから、辺境伯は純白と会話を再開させる。

「確認できたならば、計画と亡命理由の詳細を聞かせて貰おう」
「いいよ。まず最初に僕らについて少し説明しようか」

 魔族は人類が現れる前から星に存在している。寿命は個体により様々で、短かくとも二千年、高位存在であれば数十万年。繁殖能力は人に比べるととても低い。
 数万年前、魔族間の大規模な争いにより星の大半の大地が汚染された。生き残った魔族は汚染されていない僅かな土地に移り住み、結界を張って生きることになった。
 そうして過ごしていると、いつの間にか汚染された大地で新たな種が誕生していた。それが魔族に似た『人』。それらは汚染の影響からか脆弱で寿命も短い、魔族から言わせれば「真の人たる我らの劣等種」であった。
 そして、因果関係は未だ不明だが人が誕生してから大地の汚染濃度が徐々に下がった為、一部の魔族の間では劣等種を駆逐して大地を取り返すべきという考えを持つ者が現れる。しかし、高度な空間拡張魔術が浸透した現代の魔族社会において、これ以上の土地は必要無いと言うのが世論の大半であった。だが、遠い過去、星を魔族が覆いつくしていた時代を忘れられない高位存在たちが声を大にして大地を奪い返せと発言する。

「で、揉めに揉めた結果、ご老人に対して取り合えず『大地を取り戻そうとしている姿勢』は見せて置くことになってね。ちなみに僕らの社会で高位存在をご老人と言うと左遷されたりするよ。酷いよね。ちなみに僕はご老人ととっくみあいの喧嘩をして更迭された事があるよ」
「それはどうでもいい」

 思わず真顔で返す辺境伯。

「そうかい? じゃあ話続けるよ」

 大地奪還事業に付いた予算はとても低く、魔族の戦闘員一人でさえも送り込めないほどであった。

「だから、安価に生産できる魔物を使い魔にして、定期的にちくちく嫌がらせする事しかできなかったんだ。まあ、ご老人に言い訳できればいいからその程度でもいいんだけど」

 その嫌がらせで数百年、人類がどれほど苦しめられてきたのか、純白はわからない。辺境伯はこれまでに有史以来把握できている戦死した者の数を思い出し、知らずのうちに強く拳を握りしめていた。ここで純白を責めたと無意味、それはわかっている。それよりも、今は降りかかるかもしれぬ脅威について知っておくべきだった。

「そのご老人、つまりは高位存在が直接我々を攻め込まないのは何故だ?」
「ああ、それはね。できないんだ。高位存在は社会基盤に魔力を供給する義務がある。僕らの生活は彼らありきで成り立ってる。だから、ご老人は敬われる」

 故に彼らの大地を取り戻せと言う意見も無視できずに、数百年人類を攻撃してきた。

「でもさ、主に若い人の間で『土地はこれ以上要らないけど、一息に滅ぼさずに長く苦しみを与えるのは劣等種といえど可哀想』という考えが強まってきてね。なら優しく滅ぼしてあげようと計画されたのが『劣等種準人化計画』なんだ」

 魔族の因子を持った人を作り出し、それを人の国へ定期的に放つ。それが人と交わり繁殖すれば、いずれ全人類が魔族の因子を持つことになる。

「因子を通じれば繁殖能力操作も容易になる。じわじわと劣等種の数を減少させれば、いつしか優れた個体のみが生き残っていくだろう。きっとその個体は最早、君達で言う『魔族』だ。かくして劣等種は我ら人の仲間になったのです、というシナリオだよ。これなら国民とご老人、双方文句が言えないという寸法さ」
「新手の侵略じゃん!」

 飴を舐めているニナが椅子で足をぶらぶらさせながら口を挟んだ。

「ああ、穏やかな侵略だね。でも問題があって実現しなかった。そもそも人と劣等種の間に子は成せないからか、合成種は何度設計し直しても繁殖能力を持たなかったんだ。それに能力を『準人間』程度に一律留めなければいけなかったけれど、それも安定させられなくて。だから計画は廃止。実験体は廃棄」

 そこで辺境伯はニナへ視線を向ける。

「なるほど殺処分したはずの実験体が、我が国に逃がされていたのか。そして計画の責任者が貴殿だったという事か?」
「そうだよ、計画と言うより、実現するため必要とされた研究の責任者、かな」
「え、じゃあ……お前がニナさんの本当のおとーさん!?」

 またもや純白を指差したニナを辺境伯が止める。純白を父とするのであれば、生み出された他の実験体はニナの兄弟になる。責任者である純白が彼らの殺処分に関わったのは確実、つまりは父が我が子を殺したという悲惨な話になるのだ。ニナもそれは分かっていたが、純白の反応から彼の本質見定める為、あえて発言した。

 辺境伯の気持ち察したのか、それとも自身思う所があったのか、純白は少し悲し気な表情を作った。

「違うよ、僕は君の父じゃない。君にとっての創造主にあたる存在の一員というだけ……父というのであれば、君を逃がした×××がそれに該当するかもしれないね。零零二七番は×××の因子を用いたから」
「えっ? なまえ? ちゃんと聞こえない……」

 魔族の言語は、喉に魔力を通さねば発音できない。微量に魔力が含まれた音は人の耳では歪んで聞こえる。

「名前を知ることができないなら、普通に父と呼んであげてもいいんじゃないかな。×××は最後まで廃棄に反対していたから、そう呼ばれても構わないと思うよ。既に死んでいるし抗議もしないさ」
「……でもニナさん育てのおとーさんいるしな」

 ぶらぶらさせている自分の足を見下ろしてニナが口を閉じる。自分が人間でないこと、エリスと生きる時間が違うかもしれないこと、逃がしてくれた魔族が父で既に亡くなっていること、全てどう受け止めればいいか迷っているのだ。

 辺境伯がニナから純白へ視線を戻す。

「まだ聞きたいことがある。貴殿に重傷を負わせる程度のニナ一人を我が国に逃がしたとしても、魔族側には何に問題も無いだろう」
「普通はね。でも、まあ、僕らの技術で生み出された合成種が劣等種側について、こちらの嫌がらせを無効化したとご老人が知ったら大層お怒りになる訳だよ。そこで責任を死んだ×××の代わりに全て僕一人に負わせて処分すれば、解決。なんだけど僕の立場が色々複雑で、周りの影響を考えたら僕が処分されるのは不味いんだ。それなら、自らの意思でいなくなった方が丸く収まるという訳さ。僕が公的に処分されなければ誰も動かないし動けない、ご老人たちも僕自ら劣悪な環境の劣等種の国で反省するのであれば許すってね」
「だが、貴殿の亡命により魔族の技術が我々に……」

 目を見開いた純白は辺境伯の発言を遮り、心底可笑しそうに声を上げて笑った。

「僕が技術を供与する事は万に一つも無い。君達が吐かせる事も出来ない。それに、君達が知った所で再現は不可能だよ」

 それは侮りでも何でもない、事実であった。たかだか百年程度生きるだけの人間に、短くとも二千年は存在できる魔族の魔力を前提とした技術は扱えないのだ。

「それに僕が油断して情報を漏らしたら、間違いなく暗殺部隊が差し向けられる。今回の件で劣等種についての情報収集事業の凍結が解かれるだろうしね。僕だって大人しく殺されやしない、必然的に周囲の被害は甚大になるよ。辺境の土地が向こう千年は住めなくなると思ってくれていい」
「そうか」

 純白の言葉にも顔色一つ変えない辺境伯は、少し考え事をするように目を閉じた。その様子を見上げてから、ニナが純白に話しかける。

「白いおっさんの名前は?」
「×××××だよ」
「聞こえん」
「だろうね。そうだな、劣等種の耳に聴こえるように無理矢理発声するなら……タナフォスカファバーかな」

 頭に疑問符を浮かべるニナ。

「たな?」
「タナフォスカファバー」
「た……か……?」
「タナフォスでいいよ」
「たなほしゅ……」

 難度かチャレンジするが上手く発音できないニナが早々に諦めて純白を指差す。

「タナカ」
「うん、まあ、それでいいよ」

 純白もといタナフォスの諦めも早かった。

──────
完結まで執筆してからまとめて更新しようと思いますので、更新一旦止まります。年内、遅くとも来年春までには完結させられるよう頑張りますので、しばらくお待ちください。追記、まだ書けてません。水星にドはまりしえしまい…。今書いてますのでお待ちください。
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