蝙蝠怪キ譚

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第1章《ミイラ取りを愛したミイラ》

番外編①『こっくりインザてーぶる』

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「こっくりさんをしまぁす!」

「……拒否権の余地も無いんだな」

 と、唐突にも叫んだつくしに、ボクは肩を落とすほか無かった。ユリィの件もやっと落ち着いたというのに、いつになくいつでも騒がしい奴め。ここは不思議部部室、そして魅惑の放課後タイムである。そう、この女さえ居なければ。

「はいレイくん。何でもこのシートでこっくりさんをすると良いのが出るらしいんですよ」

「何が悲しくてつくしとこっくらにゃならんのだ」

「こっくりは動詞じゃありません、迂闊に活用しないでください」

「良いのっておばけ? 僕そういうの全然平気だよ、レイくん怖いの?」

「はるか、その台詞大分煽りに聞こえるぞ」

 もちろん木先はるか君も在席である。不思議部の三人で仲良くこっくりさんをしようと言うのだ。さすが番外編、脈絡も意味も感じさせない展開である。

「何を失礼な! 私だって不思議部の存続の危機に対してしっかり考えてるんですから。だから本物を持ってきたんでしょう」

 つくしはそう噛み付いて、やけに年季の入った紙っぺらをひらひらとはためかせた。あの、こっくりさんならではの、五十音と是非の書かれた代物である。

「本物って……本物? 本物のこっくりさんが出るってことか?」

「そうですってば! さっきから言ってるでしょ! これ、D組の村山さんから借りてきた本物の呪物です」

 つくしは高らかに鼻を鳴らした。鳴らすな。村山って誰だよ!

「はあ!? 何、本物持ってきちゃってんだよ! しかも呪物! ああ嫌だ、ボクはまだ呪い殺されたくない! 余生を可愛い幼女と過ごすんだー!!」

「レイくんの気持ち悪い願望はさておき、まあ本物と言っても大丈夫ですよ。何かあったらタオ先生が何とかしてくれますって」

「何かあってからじゃ遅いだろうが!」

「あの人本当にオールマイティだね。呪物にも対処可能だなんて」

 はるかはそう言いながらテーブルの上を片付け始めた。おいおい本気でやるのか、こっくりさんを。この三人で? カオスだぞ!?

「そういう人なんですよ。ほらほら、分かったら席についてください!」

「大体、こっくりさんをして何を確かめるんだよ。あれって降霊して、霊に質問するってやつだろ?」

 狐の霊とか言ったっけ。ボクもやった事は無いからよく知らないが、あれって大体人間が無意識に動かしてる奴だろ。幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってな。

「そうですね。ええっと、レイくんの好きな人とか?」

「小二女子かよ! そんな理由で呼び出すなこっくりさんを!」

「さすがに冗談ですよ。いえ、ただね。このこっくりさんが本物なら、今後の依頼達成に役立つかなーと思って」

「例えば?」

「犯人の名前とか聞けば一発解決じゃないですか」

「こっくりさんをそんな頻度で呼び出す気かよ! そのうち呪い殺されるぞ!」

「もはや今日はお試し、的な?」

「半笑いで言うな! 生半可な気持ちでこっくりさん呼び出すなよ、可哀想だろ! ボクがこっくりさんだったら絶対つくしの呼び出しには出たくないね」

「出たくないとかありませんよ、無理矢理にでも呼び出すんですから」

「呼び出す側の心構えとしては最低だぞつくし!」

 とんだ迷惑客も居たものだ。だが、つくしの傲慢さに抗える勢力は、生憎ここに揃っていない。ボクは購買のお釣りの十円玉を机上に置いた。

「さっさとやっちまおうぜ、こっくりさん」

 人でなし降霊術の、はじまりはじまり。


 ▲▽▲


「こっくりさんこっくりさん、おいでください。もし、おいでになられたら、"はい"へお進みください」

 十円玉の上に人差し指が三本。電気を消し、カーテンを締め切り、蝋燭に火を灯してムードを作る。これで小学生のやるそれとは格の違う、完璧な降霊術感を創り出すことが出来た。心做しか寒気までするいい出来だ。つくしがそう唱えると、

「すげ、動いた」

 ぐぐ、と鳥居にあった十円玉が、"はい"の方に引かれた。どこからどう引力が働いているのか、全く分からない。だが今、ボクは全く力を入れていないので恐らく、二人のどちらかによる自作自演なのだろう。そうに違いない。横目で二人を盗み見るが、涼しい顔をしてやがる。二人してボクを怖がらせようという魂胆なのだろう、見え見えである。
 質問は各々がしたいことを、時計回りに一つずつしていくことになった。まずはつくしからである。

「こっくりさんこっくりさん、氷雨レイの好きな人は誰ですか」

「つくし! 変なこと聞くなよな!」

 やっぱり小二の恋愛脳じゃねえか!
 そんなツッコミを差し置き、十円玉はじわじわと移動していく。

「お、動いてるよ!」

 いや、居ねえよ好きなやつなんか! ボク編入したばっかだろうが! ボクの心に反して、十円玉は平仮名の"し"の上で止まった。"し"?

「"し"! え、もしかして白野!? 私?」

 絶対やってるなこいつ。ニヤニヤしてボクに恥をかかせるつもりだろうがそうは行かせねえ。

「気色悪いこと言うな! ほら続き見てみろ」

 こっくりさんはまたも移動をし始める。勿論、ボクという重力を持ってして。

 "ら"でこっくりさんは動きを止めた。

「"ら"、やっぱり白野つくし? つくしちゃんが好きってこと? レイくんも隅に置けないね」

「待て待て待て! そんなはずあるか!」

 こんな不正こっくり居てたまるか!

「そんなこと言ったって、ほらやっぱり次は"の"──」

 "の"と見せかけて"な"で止まった十円玉にボクらは息を呑んだ。

「"な"!? "な"ってことは」

 ヒヤヒヤさせてくれるぜ。運命に翻弄されるのは悪くないが、要らぬ誤解だけはされたくないからな。そして、十円玉は最後、"い"に止まって鳥居に帰っていった。

「次は"い"。ほれ見ろ、こっくりさんの答えは、"知らない"だぜ! はっ、ざまみやがれ!」

「あー! レイくん絶対インチキしたでしょ! 絶対今のレイくんが動かしてました!」

 唇を尖らすつくしは、いよいよ立ち上がってしまいそうな勢いだった。

「落ち着けよ、席立つと呪われるぞ。本物なんだろ、これ」

 確かこんな騒がしい中やる物でも無かった気がするし、いくらセルフだからとはいえ、怖いものは怖いのである。

「そうですけど……。次不正したら指切り落としますからね」

「こっくりさんよりお前が怖ぇよ! 分かってるって、不正は無しな」

 つくしは有言実行しかねない。そんな恐怖に怯えていると、はるかが、

「じゃあ次は僕が質問するね。こっくりさんこっくりさん、部室に置いといた僕のプリンを食べたのは誰ですか」

 と質問した。

「な!?」

「昨日買ってきたばっかりのプリンなのに、ちょっと目を離した隙に誰かが食べちゃったみたいなんだよね。僕、楽しみにしてたのにな……」

「ひ、酷いやつも居たもんだな、はるか」

 それ、ボクだ。確定でボクだ。
 ごめんなはるか、魔が差しただけなんだ。珍しくタオ先生が気を利かせて差し入れしてくれたのかと思ったんだよ。よく考えたら有り得ないよな、あの二十七歳、ボクらより遥かに子供だもんな。買ったプリンは独り占めするタイプだもんな。
 どうする氷雨レイ。相手はこっくりさん、多分つくし辺りもボクを犯人にしたがるだろう。だが、それに屈するボクじゃない。ボクはこっくりさんより仲間の信用を失うことの方が怖いのだ。人差し指に全体重と全神経を集中させる。全てはボクの犯罪を、完全なものにするために。

「お、おお、誰です? これ、"ひ"、の方に向かってませんか? お、まさか我らが部長、氷雨レイですか!?」

 ここまでは予想通り、白野つくしは全力で友達を売るタイプなのだ。だが食い下がる訳には行かない。退けない理由は、こちらにもある。

「ふ、ははは、そんな訳あるか! ボクがはるかのプリンを黙って食うような無作法者に見えんのか! ほら、コインは"し"に向かってるぜ、白野つくし!」

「そんな馬鹿な! 私無実ですよ、はるかさん」

「大丈夫、また知らないっていう可能性もあるよ」

「それは無いだろ、犯人は居る。それをきっちり暴いてもらうぜ、こっくりさん」

 かつてここまで熾烈なこっくりさんなど存在しただろうか。これは最早、霊を超越した神聖な力と力のぶつかり合いなのである。動機は至極不純な罪の擦り付け合いなのだが。

「なんて力……! レイくん、全部の指とバイバイしたいんですか!」

「だからボクを疑うなって、つくし。こっくりさんは真実へと向かってる、それだけだ」

「いちいち台詞めいた言い回ししないでくださいよ! 神に逆らうと痛い目見ますからね」

「ははっ、下らねえな。ついでにボクには天罰も下らねえぜ!」

「どうですかね、真相は神のみぞ知る。貴方の完全犯罪は今ここで破られるんです! ──目指すは"ひ"!」

「そうはさせねえぞ、つくし!」

「なっ!」

「いくらお前が怪力だからって、あんまり力を込め過ぎるとボクらの指が吹き飛びかねない。それを避けるために、今お前は普段の三割も力を出して無いはずだ! 普通の女の子レベルの握力なら、ボクにだって勝機があるんだよ! うおおおおお!」

「レイくん、もう自分で動かしてること言っちゃってるじゃん」

「最初の一文字、それだけでも"ひ"以外に着地させれば……! それが出来ればボクは、ボクは──」

「だからって負けられません、私だって濡れ衣着せられたくないんです!」

「うおおおおおおおおおおおお!」
「うりゃああああああああああ!」 

「こっくりさんって、こんな腕相撲みたいな遊びだったっけ」

「勝つのはボクだ!」
「いや、私ですよ!」

 ほぼ対面に位置するつくしの人差し指に、ボクの爪が食い込む。勿論、彼女はボクの指の方向へと体重を掛けているわけで。ここから指を進めることはまさに自殺行為なのだ。つまりこの勝負は、

「勝ったぁ! 止まったのは"た"だ! よっしゃ!」

「"た"? 一体、誰の名前を──」

 "た"に止まった十円。動揺したつくしを他所に、ボクは畳み掛けるようにコマを進める。

「お、せ、い、ラ、ン、ジ! プリンを食べた犯人はタオ先生だ! っしゃあ!」

 見事、勢いを味方に付けたボクは、タオ先生に罪をなすりつけることに成功したのだった。

「ま、負けた……この、私が。まあ濡れ衣着せられなくて良かったですけど」

「そっか、タオ先生が食べちゃったんだ……後で奢ってもらお」

「くくくく」

 少々手荒過ぎたが、これにて完全犯罪は成し遂げられた。心置きなくこっくりさんを楽しめるというものだ。

「次はボクの番だな。質問……んん、何だろうな。特に疑問も無く生きてきた今日このごろだからな」

「もっと考えて生きてくださいよ」

 いざ順番となると思い付かないものである。なので神のみぞ知ることを聞いてみようか。

「よし。こっくりさんこっくりさん、来年までにボクに彼女は出来ますか」

「"いいえ"」

「即答じゃねえか! これはどっちか動かしててくれよ! 遂に神にも見放されるなんてな!」

「レイくん、私、動かしてませんよ」

「僕もだ、今は何にも力入れてなかったよ」

「ええ?」

 それが普通なんだけどな。という言葉は飲み込み、

「次、つくしだろ。つーかこれ何周すんだよ。もう聞きたい事なんて思い付かねえよ」

「私も飽きましたし、ネタ切れです。これで最後の質問にしましょ。レイくん何か面白い質問してください」

「とんだ無茶振りだな!」

「だってレイくんは部長でしょ?」

「はるかまで追い打ちかけんなよ!」

 二連続でボクが質問するなんて。正直聞きたいことは無いが、

「仕方ないな……。こっくりさんこっくりさん、貴方は何者ですか?」

 核心を突き、意表を突く。さらに答えを知るものはこっくりさんしか居ないわけだから、必然、ボクらは迂闊に動かせなくなる。本当にこっくりさんが存在するなら、この問は──。

 十円玉に微かに力が宿り、鳥居を越えたそのときだった。

「────っ、へくしょん!」

「あ」

「ああああああっ」

 白野つくし。
 その人差し指が、その陳腐なくしゃみと共に十円玉から離れたのだ。

「きゃああああっ──! どうしましょう! やばい、手離しちゃいました!」

「うわぁあ! お前呪い死に確定じゃねえか! 寄んな寄んな!」

「びっくりして、僕も手離しちゃった……」

「はるか!?」

 何と言うことだ。顔面蒼白で口を押さえるつくし、何故か平然と両手を上げているはるか。ボクだけが真面目に人差し指を捧げているこの状況。まさにカオスだ。

 じわり、じわり。

 呪いの有無は兎も角として、動いていた。

「え──」

 十円玉が。ボクの指しか乗っていない十円玉が、何か強い力に押されている。

「え、え、え、ええええええええ──!?」

 その勢いに追い付ける筈もなく、ボクの指も十円玉から弾かれた。

「うわあっ!?」

「レイくん、きゃ、十円! 何か私の方に向かって来てませんか!? ひぃ! 無理無理無理無理無理無理っ!」

 超常現象、不可解現象、異常現象、つくしの言う通り、浮遊した十円玉は一直線に彼女に向かっていたのだ。

「嫌ぁああああああっ! 行くならレイくんの方にぃいい!」

「何言ってんだ、つくし危ねえ!」

 つくしが血も涙もない台詞を吐き捨てたそのとき、

 ──ガラララララ。

「──や、皆居るねえ、何やってんのー? 我プリン買って来たんだけどー!」

 空気クラッシャー変人教師、倒生蘭二の登場である。つくしはすぐさまその背後に隠れ、

「タオ先生、こっくりさん失敗しました! 何とかして!」

 と泣きついたのだ。随分長い直線距離、向かい来る十円玉。対するは倒生蘭二。一体、この教師に何が出来るというのか。

「んー、破邪!」

「嘘だろ!?」

 倒生蘭二の一声により、十円玉は力を失い、音を立てて床に転げた。カランカラン、と虚しい音が部室に響く。

 何者なんだ、この教師。

 開いた口が塞がらないボクらを見て、タオ先生は何てことないように首を振った。

「もう、我が居ないときに呪物使っちゃ駄目でしょ。あとちょっと遅かったら皆骨だったんだよ?」

「こ、怖えよ!」

 火葬の手間が省けるけどね、とタオ先生は十円玉を拾い上げ、机上の紙をくるくると巻いてみせた。

「これはやばい奴呼び出しちゃう代物だから、我が封印しとくね。取り敢えず三人はプリンでも食べて大人しくしてなさい。我が帰って来たら、お説教だからね」

 と、ボクらにビニール袋を押し付けて、先生は出て行ってしまったのだった。ボクらは静かになった部室で、それぞれの真っ青な顔を見合わせた。

「一体、何を呼び出しちまったんだ、ボクらは……?」

「はは、D組の村山さんにも言われてたんでした。やるとほぼ確実に呪われるよって」

「そ、そういうことは早く言えよな」

「私ってば、うっかりさん」

 こうして苦々しい思い出を残して、ボクらのこっくり騒動は幕を閉じたのであった。

    
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