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本編第一章
いろいろ進展がありそうです2
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今回の王都での滞在中に、両親は行く先々でメイド長を探していることを相談していたらしい。人員スカウトも社交シーズン中によく交わされる話題のひとつだ。また王立学院にも求人を出したりと、努力していた。条件は王立学院卒かそれに準ずる教養を身につけていること、身分は平民・貴族問わないこと、年齢も不問、紹介状が準備できることなどだ。だが、名前を聞いてもぱっとしない、大した給金も出せない男爵領に積極的に来てくれる人もなく、返答はなしの礫だった。
だが今回、ウォーレス子爵であるエリン様が「もしかしたら……」と名前を挙げてくれた人がいたらしい。
「その人はオーガスタさんといって、元はピグルマ子爵家の遠縁の方だそうだ。お年は我々より少し上になる。王立学院出身だから、在校中に私たちともかぶっていたはずなんだが、残念ながら私もカトレアも記憶になくてね」
「ピグルマ子爵家というと……えっと」
「王都のずっと東に位置するおうちだね。確か、柑橘類が名産じゃなかったかな」
父もあやふやな印象なところを見ると、それほど有名な家系ではないらしい。バレーリ団長のご実家のように有名な高位貴族ならぱっと浮かんでもくるのだが、子爵家・男爵家レベルとなると合わせて100近くに上るから、よほど隆盛なところでないと出てこない。
「まぁ、今ではもうピグルマ子爵家とはつながりがほぼないそうだよ。もともと遠縁で、王立学院入学時と就職時に身分証明をしてもらった程度で、在学中もそれ以後も援助を受けているというわけでもないそうだ。それにオーガスタさんはひとり娘で、すでにご両親もないらしい」
「ピグルマ領のご出身の方が、なぜウォーレス領にいらっしゃるのですか?」
ウォーレス家は子爵領の中でもそれほど大きな家ではない。規模としても中の下程度だ。ピグルマ家もおそらく同じ程度なのだろうが、わざわざウォーレス領にくる必要性を感じない。
「ウォーレス家出身の人と結婚して、それで移住してこられたそうだ」
「あぁ、なるほど」
父がエリン様から聞いた話によると、このオーガスタさん、なかなか不幸な身の上らしかった。
もともとは遠縁とはいえ貴族の一族だったので、王立学院にも入学できたのだが、取り立てて裕福というわけでもなかったことから、卒業後は王立医術員の事務員として働きに出ることになった。そこで出会ったウォーレス家の男性医師(エリン様の又従兄弟になる)と結婚し、ウォーレス領に移住することになった。やがて2人の子どもにもめぐまれ、しばらく幸せに暮らしていたそうだが、ある日、彼女たちが暮らす山間の地で地震が発生した。その際に起きた土砂崩れの影響で、ご主人が亡くなってしまったそうだ。
「その日はオーガスタさんの子どもも含め、地域の子どもたちが集って、ピクニックに出かけていたらしい。そこで地震が発生してしまった。帰りが遅い子どもたちを心配して何人かの大人が山に登り、そこで二次災害的に起きた土砂崩れに巻き込まれてしまったそうだ。その中に、オーガスタさんのご主人がいたそうだよ」
この世界では各地に精霊庁配下の教会があり、そこで神官が平民の子どもたちに簡単な読み書きを教えてくれたり、課外授業と称して集団で遠足に出かけたりする。2人の子どもたちは普段は家でオーガスタさんが家庭教師となって勉強していたそうだが、町の子どもたちとも仲が良く、課外授業にはよく参加していたらしい。ピクニックに出かけた子どもたちと、それを心配して迎えに出かけた大人たちの何人かが土砂崩れに巻き込まれることになった。
「幸い彼女の2人の子どもは命は助かったんだが、お嬢さんの方がそのとき怪我をしてしまい、今でもその後遺症で片足を引きずって歩いているそうなんだ」
事故の後、ウォーレス領中から医師が集まり、怪我人の治療に当たった。彼女の娘も手厚い治療を受けたが、それ以上よくはならなかったらしい。オーガスタさんは夫を亡くし、未だ小さい息子と障害を負った娘を抱え、生きていくことになった。
幸い彼女には学があったため、夫に代わって赴任してきた新たな医師の元で事務員として働き始めた。悪い思い出が残る今の場所で暮らし続けるのは辛いのではと、当時の当主だったエリン様の父が転地も提案したが、悪い思い出だけでなく家族のよい思い出もたくさんあるこの地から、今は離れたくないと、残ることを選択したそうだ。
「それはとても……大変な思いをされたのですね」
「私もカトレアも、この話を聞いたとき、思わず言葉を失ってしまったよ」
顔を見合わせる両親に、私はふと浮かんだ疑問を投げた。
「だけど、そんな方が今更うちのメイド長になってくださるものですか?」
「そこなんだよ。私もそれが気になってエリン様に尋ねたんだがね」
「エリンが言うには、オーガスタさんは2人の子どもたちーーお名前をエリックさんとリンダさんとおっしゃるそうなのだけど、彼らの就職先を探しているそうなの、とくにリンダさんの」
「……どういうことですか?」
うちが探しているのはメイド長で、推薦されたのはオーガスタさんのはずだ。だけど、職を探しているのは子どもたち?
「つまり、オーガスタさんと子どもたちを全員、うちで雇ってもらえないだろうか、と提案されたのよ」
どうやらエリン様の話にはまだ続きがある模様だった。
だが今回、ウォーレス子爵であるエリン様が「もしかしたら……」と名前を挙げてくれた人がいたらしい。
「その人はオーガスタさんといって、元はピグルマ子爵家の遠縁の方だそうだ。お年は我々より少し上になる。王立学院出身だから、在校中に私たちともかぶっていたはずなんだが、残念ながら私もカトレアも記憶になくてね」
「ピグルマ子爵家というと……えっと」
「王都のずっと東に位置するおうちだね。確か、柑橘類が名産じゃなかったかな」
父もあやふやな印象なところを見ると、それほど有名な家系ではないらしい。バレーリ団長のご実家のように有名な高位貴族ならぱっと浮かんでもくるのだが、子爵家・男爵家レベルとなると合わせて100近くに上るから、よほど隆盛なところでないと出てこない。
「まぁ、今ではもうピグルマ子爵家とはつながりがほぼないそうだよ。もともと遠縁で、王立学院入学時と就職時に身分証明をしてもらった程度で、在学中もそれ以後も援助を受けているというわけでもないそうだ。それにオーガスタさんはひとり娘で、すでにご両親もないらしい」
「ピグルマ領のご出身の方が、なぜウォーレス領にいらっしゃるのですか?」
ウォーレス家は子爵領の中でもそれほど大きな家ではない。規模としても中の下程度だ。ピグルマ家もおそらく同じ程度なのだろうが、わざわざウォーレス領にくる必要性を感じない。
「ウォーレス家出身の人と結婚して、それで移住してこられたそうだ」
「あぁ、なるほど」
父がエリン様から聞いた話によると、このオーガスタさん、なかなか不幸な身の上らしかった。
もともとは遠縁とはいえ貴族の一族だったので、王立学院にも入学できたのだが、取り立てて裕福というわけでもなかったことから、卒業後は王立医術員の事務員として働きに出ることになった。そこで出会ったウォーレス家の男性医師(エリン様の又従兄弟になる)と結婚し、ウォーレス領に移住することになった。やがて2人の子どもにもめぐまれ、しばらく幸せに暮らしていたそうだが、ある日、彼女たちが暮らす山間の地で地震が発生した。その際に起きた土砂崩れの影響で、ご主人が亡くなってしまったそうだ。
「その日はオーガスタさんの子どもも含め、地域の子どもたちが集って、ピクニックに出かけていたらしい。そこで地震が発生してしまった。帰りが遅い子どもたちを心配して何人かの大人が山に登り、そこで二次災害的に起きた土砂崩れに巻き込まれてしまったそうだ。その中に、オーガスタさんのご主人がいたそうだよ」
この世界では各地に精霊庁配下の教会があり、そこで神官が平民の子どもたちに簡単な読み書きを教えてくれたり、課外授業と称して集団で遠足に出かけたりする。2人の子どもたちは普段は家でオーガスタさんが家庭教師となって勉強していたそうだが、町の子どもたちとも仲が良く、課外授業にはよく参加していたらしい。ピクニックに出かけた子どもたちと、それを心配して迎えに出かけた大人たちの何人かが土砂崩れに巻き込まれることになった。
「幸い彼女の2人の子どもは命は助かったんだが、お嬢さんの方がそのとき怪我をしてしまい、今でもその後遺症で片足を引きずって歩いているそうなんだ」
事故の後、ウォーレス領中から医師が集まり、怪我人の治療に当たった。彼女の娘も手厚い治療を受けたが、それ以上よくはならなかったらしい。オーガスタさんは夫を亡くし、未だ小さい息子と障害を負った娘を抱え、生きていくことになった。
幸い彼女には学があったため、夫に代わって赴任してきた新たな医師の元で事務員として働き始めた。悪い思い出が残る今の場所で暮らし続けるのは辛いのではと、当時の当主だったエリン様の父が転地も提案したが、悪い思い出だけでなく家族のよい思い出もたくさんあるこの地から、今は離れたくないと、残ることを選択したそうだ。
「それはとても……大変な思いをされたのですね」
「私もカトレアも、この話を聞いたとき、思わず言葉を失ってしまったよ」
顔を見合わせる両親に、私はふと浮かんだ疑問を投げた。
「だけど、そんな方が今更うちのメイド長になってくださるものですか?」
「そこなんだよ。私もそれが気になってエリン様に尋ねたんだがね」
「エリンが言うには、オーガスタさんは2人の子どもたちーーお名前をエリックさんとリンダさんとおっしゃるそうなのだけど、彼らの就職先を探しているそうなの、とくにリンダさんの」
「……どういうことですか?」
うちが探しているのはメイド長で、推薦されたのはオーガスタさんのはずだ。だけど、職を探しているのは子どもたち?
「つまり、オーガスタさんと子どもたちを全員、うちで雇ってもらえないだろうか、と提案されたのよ」
どうやらエリン様の話にはまだ続きがある模様だった。
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