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本編第一章

Let's じゃがいもパーティです2

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 両親に挨拶に向かったケビン伯父と別れ、私はスノウとフローラを料理の並ぶ庭へと案内することにした。

「……それ、まだ持ってたのか」
「あぁ、これ?」

 歩いている最中、スノウが目ざとく見つけたのは、去年彼がくれた木彫りのペンダントだ。ハートの形という、中身アラサーの私が身につけるにはちょっとイタイ形だが、木彫りの無骨さがいい感じに可愛げを打ち消していて、わりとお気に入りだ。王都にいる間も、普段着で過ごすときはたまにつけていた。

「だってあなたがくれたものでしょう?」
「それ、初めて作ったヤツだから、あんまりうまくできなくて……よく見ると酷い出来だよな。なんか歪んでるし。ちょっと返してくれ」
「え? だめよ、これ、気に入ってるもの」
「いや、なんか、恥ずかしいっていうか……そうだ、新しいのを持ってくるから、それは返してくれ」
「だめです。一度貰ったのだから私のものよ。あ、でも、新しいのも大歓迎」
「お、おまっ!」

 笑いながら、真っ赤になったスノウを置き去りに、私はテーブルに駆け寄った。すでにパーティは始まっていて、あたりはおいしそうな匂いが充満している。適当に皿にとりわけ、フローラとスノウに渡してあげた。ケビン伯父は継母と仲良く談笑している。

「そういえば、また王都に行くんだって? 父さんから聞いた」
「そうなの。王都孤児院の協力で、王都にポテト料理のお店を開くことになったのよ」

 私は彼に、今後ダスティン家が展開していく新しい事業について説明した。

「3月から準備を始めて、孤児院の敷地の隣に新たにお店を建築したの。それが7月には完成するから、そうすればいよいよお店の開店準備ね」
「ってことは、来月王都に行くのか? おばさんも一緒に?」
「そのことなんだけど、両親はこちらに残って、私だけ行くことになるかもしれないの」

 そうなのだ。

 孤児院にポテト料理店を運営してもらう話は、大物貴族の出資があったこともあって、かなりのピッチで進んでいた。孤児院のことでもあるのでその辺りはすべてシンシア様にお任せしてきたのだが、彼女からの知らせでは7月頭には食堂の建物が完成するという。そのタイミングで私たちが王都に出向き、ポテト料理の作り方を伝授することになっている。運営方法についてはロイが既にマニュアルを作成済み、孤児院のクレメント院長と手紙でやりとりしてくれている。

 食堂の料理を子どもだちだけに完全に任せるのは難しいだろうということで、料理人を1人雇うことも決まった。子どもたちは下拵えや給仕、会計などを担う。下拵えは普段から孤児院で食事の支度をしているので問題なし、会計は数字に強い子どもを教育中、給仕は10歳を超える子どもたちを近隣の食堂に順次派遣して、実地で学んでもらっている。

 というわけで、後必要なのは、ポテト料理のノウハウを伝授する人手だ。これは王都を離れる頃から相談していたことでもあった。適任はマリサだが、何度も王都に行かせるのは申し訳ないし、冬場と違って人の多いお屋敷でキッチンメイド不在というのも避けたい。

 どうしようかと悩んでいると、当時まだ騎士団寮で働いていたマリサがある提案をしてくれた。

「お嬢様、ガンじいさんに頼んでみてはどうですか?」
「ガンじいさん? って、あの、騎士団寮の料理人の? 定年した後も騎士団からの要請で再雇用されて働いているあのおじいちゃん?」
「えぇ、そうです。家族は遠方にいて、奥様にも先立たれて、独り身で暇だからって、未だに仕事してましたけど、騎士団寮の仕事は夜勤もあるでしょう? さすがに体力的にきつくなってきたってぼやいてましたから」

 ガンじいさんは、13歳で騎士団の厨房に入り、この国で一般的に定年とされる50歳まで勤め上げた、ベテラン料理人だ。引退後も合わせると50年近くのキャリアを誇る。私のような貴族の娘が騎士団寮の厨房に出入りしているのが珍しかったのか、よく休憩時間にお菓子をくれていた。小柄で人のいいおじいちゃんだ。

 騎士団寮では朝昼晩の食事のほかに、夜シフトの騎士に合わせて夜食や早朝食、おやつなども提供している。そのため厨房は24時間体制だ。私やマリサはさすがに日中だけにしてもらっていたが、正規の職員たちはシフトを組んで対応していた。その夜勤が、ガンじいさんには負担になっているのだとか。

「そうね。孤児院の食堂の営業時間は決まっていないけれど、子どもたちによる運営だから夕方5時を過ぎることはないわ。それに、大教会にくるお客さん目当てだから朝も営業する予定はないし。日中だけの勤務なら、今ほど負担はないわね」
「騎士団寮でもポテト料理を導入したことで、実は料理自体もいろいろ時短になってるんですよ。ほら、じゃがいもは日持ちがする上に、一度にたくさん作っちまえばいいでしょう? だから人手も以前よりは足りているみたいで、ガンじいさんも“そろそろ年貢の納めどきかね”なんて冗談のように言ってましたからね。今なら引き抜いても大丈夫じゃないですかね」

 そんなマリサの提案を受け、王都にいる間にガンじいさんに声をかけていた。もともと私にお菓子をくれるような人柄だ。子どもが好きというのもあったのだろう。二つ返事で引き受けてくれた。もちろん、騎士団にも了解をいただいている。

「ガンじいさんなら、既にポテト料理のベテランですからね。私がいなくとも大丈夫でしょうよ」

 マリサは自分が夏の間は屋敷を離れられないことをわかっていたのだろう、その上でのベストな提案をしてくれた。

 とはいえ、新しいお店の料理担当を、慣れない子どもたちを指南しながら、彼ひとりでやるのは大変だ。それに開店と同時にハイネル公爵家とマクスウェル侯爵家から派遣された料理人にポテト料理を伝授することにもなっている。それらもすべてガンじいさんに押し付けるのはさすがに酷だ。今後、王都のお店をポテト料理伝授のための旗艦店にする予定ではいるため、ガンじいさんにもノウハウ伝授について学んでもらわなければならないが、初めからやらせるのも気が引ける。

 というわけで、やはり誰かは行かねばならないのだけど、父は領主だからこの土地を離れられない。マリサも上記の理由で不可。残るは継母と私だけなのだが、継母も継母で、領主夫人としての仕事がある。少しなら同行できるが、数ヶ月滞在、というのは厳しい。となれば私がひとりで行くよりほかない。

「アンジェリカひとりで大丈夫なのかよ」
「私もそれが心配。まぁ、なんとかしないといけないんだけどね」

 ちなみに滞在先は孤児院に頼んで泊めてもらおうかと思ったのだが、いくら貧乏とはいえこちらは貴族。クレメント院長からすれば気が気でない提案になるだろう。かといって宿屋に泊まるのも勿体ないし、継母の実家にお願いしようか……と思案していたら、シンシア様から「もちろんうちに泊まってくれるのよね」と親切な手紙をタイムリーにいただいたので、お言葉に甘えることにしている。7月は学院も夏休みで、ナタリーとエメリアも帰ってくるそうなのだが、毎年長期休暇はアッシュバーン領の騎士団に体験入団するらしく、王都の屋敷は不在なのだとか。シンシア様は孤児院のこともあり今年は王都に残るそうで、ひとりでは寂しいからぜひいらっしゃいと添えてくれた。

「でも頑張るわ。孤児院の子どもたちの助けになりたいし、それになんとかお金を稼がないと」
「それって、あれか? 温泉計画のためか」
「そう! よく覚えてたわね」

 そう、ダスティン領に湧く天然温泉を使った町おこし計画を、私は捨てたわけではない。じゃがいもが優先されたけれど、そもそもお金を稼ぎたい理由は、自然に左右されない稼げる基盤を作りたいからだ。あとはもちろん、このポテト料理を王国のみならず全土に広げるという野望も、当然ながらある。

「でもまずはポテト料理よ。目の前にあることからこつこつやっていかないと」

 握り拳をぐっと固め、私は揚げたてのポテトボールを口に放り込んだ。





 ひとりで王都に行くのは不安だなと、少し弱腰になっていた私の元に、思いがけない人からの相談事が舞い込んだのは、じゃがいもパーティが終わった夜のことだった。

「お嬢様、私を王都に連れて行ってもらえませんか?」

 下級メイド用のお仕着せを着た長身の少女、ケイティが、真っ直ぐな目で私を見つめていた。

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