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第二章

46 お兄様です!

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「ようクリス、相変わらず猛烈に美しいな。まだガインには飽きないのか?」

「飽きるわけないだろ?」

陽光降り注ぐ庭沿いの外廊下を歩いていると、正面からニヤケ顔のグランドルが歩いてきて、ヤツ流の挨拶をかました。
俺が子供を産んでも、口癖のようにハーレムへの勧誘は続いている。


ガインが元首になって二年が経った。
ガレニア共和国は、建国元首バランドルと云う絶対的な指導者が引退したことで、ガイン主導の元、より民主的な政治を行えるよう法整備が進められている。
ガインは『大統領』となり、狼族への反発の抑止力として、グランドルを『副大統領』に任命した。
おかげで大きな混乱もなく、この二年、今までどこかしらで起こっていた内乱も起きていない。

「こんにちは、たまには普通に挨拶できないの?」

「グランドル様、こんにちは」
「ガウ」

俺の後ろから人型のサミアンと、赤いリュックを背負った獣型のノインも顔を出した。

「ようサミアン、また可愛くなったな、早く大きくなれよ。俺のハーレムに入れるくらい。……っう、こらっノインくすぐったい!」

サミアンには既にナイトが付いている。
グランドルのような不埒な輩は、もれなくノインのカプカプ攻撃を受ける。普通の奴なら結構な痛手だけど、グランドルくらいになると甘咬み程度にしか感じてなさそうなので、俺は敢えて止めない。

「ノイン、駄目です。グランドル様が怪我をしてしまいます! ほら、おいで」

ノインはグランドルの足首をペッと吐き出すと、尻尾を振りながらサミアンに飛び付いた。
人型になれるノインだけど、小さなサミアンでも抱っこし易い様に、あざとく獣型で過ごしている……

「お利口さんです。ノイン」

真っ黒のモフモフを抱くサミアンが天使過ぎて、大人達もノインの獣化を止めない。
だけどお世話係のシンだけは、どこで脱いだのか分からない服の脱け殻を探すのが面倒らしく、持運び用のリュックを作り、本人に背負わせている。
同じくらいの時、人化出来なくていじけていたサミアンを思い出すと、自在にコントロールするノインが末恐ろしい……

「シンは、どうした? いつもお子様達とセットなのに……」

 グランドルはわざとらしく周囲を見渡す素振りをしながらシンの様子を聞いてきた。

「シンは休暇だよ。なんか嬉しそうに城下町に出掛けて行ったけど、デートかなぁ?」
「なにぃ? 相手は何処のどいつだ?」

「さあね。では、ごきげんよう」
「チッ!」

「ごきげんよう、グランドル様」
「ガウッ!!」


「お母様……グランドル様を苛めては可哀想です。シンは剣を新調する為に、武器屋に行っただけではありませんか……」
「優しいなぁ、サミアンは。いいんだよ、シンだってグランドルを稽古相手くらいにしか思っていないんだから…… なあ、ノイン」
「ガウガウ」

四歳になったサミアンは「サ行」もマスターして、すっかりお兄ちゃんになった。人間の見た目だと6歳児くらいだろうか?
手足がスラッと伸びて、ポヨッっとした感じが薄れた今のサミアンも可愛いけど、小さなサミアンに、もう会えないかと思うと、寂しくもある…… 

いやっ! めっちゃ寂しいっ!!
せめて「タミアン」のぬいぐるみ欲しい!!

ノインは一歳半で可愛い盛りだ。
獣化するとまん丸で、初めてサミアンに会った時と同じくらいだ。
(やっぱり、ぬいぐるみで保管したい!)
体の成長が早くて主張も強い割に、言葉だけは遅くて、ずっと「ガウガウ」言っている。


この二年で、世界の情勢はだいぶ変わった……
ガレニアは、以前より平和になったけど、ルーシアでは内乱が起き、それに乗じた近隣国が、自国の領土を広げようと一斉に攻め入ったと聞いている。そこでも、別の隣国同士の争いが起き、火種は次々と飛び火して、世界大戦さながらの逼迫ひっぱくした状況になっている……


「でもガレニアは、今日も平和なんだよなぁ~」
「平和ですね、お母様……」
「ガウガウ」

レパーダを背もたれにして、空を眺めながら唐揚げを頬張ばる俺達。
平和の象徴として銅像にしたら、世界中の人が戦意を喪失するんじゃないか?ってくらいの和み具合……

「ねぇレパーダ。俺たちだけ、こんなに平和でいいのかなぁ?」

(ガイン達、頑張っているものね……)

「うん。それにドラゴン達が一緒に見張ってくれているから、俺達はのんびりしていられるんだよ…… お礼に国中に植えた桃の木、みんな気に入ってくれたかな?」
(ええ、桃が嫌いなドラゴンなんていないもの!)

俺には、エリザベート様の『治癒』のような特殊能力はないけれど、特別な白竜であるレパーダを使役しているおかげで、他の神子よりドラゴン達と仲良くなれるみたいだ。
おかげで、今まで荷物しか運ばなかった小型のドラゴン達も人を乗せるようになり、ガイン達は馬のように操れるようになった。
空からの見張りは、攻め入って来る相手側にも抑止効果があるようで、ガインは今日も国境警備に行っている。


「お母様……ノインはいつになったら『お兄様』と呼んでくれるのでしょうか?」
「いやっ、最初はやっぱり『お母様』だよ! ねっ、ノイン」
「ガウガウ」

なかなか喋らないノインを促すように、サミアンが膝の上のノインに語りかける。
俺も一緒になって促してみるが、ノインはマイペースに「ガウガウ」言うばかりだ。

「ノイン……たまには人型にならないと、言葉が喋れるようになれないよ」
「ガウ……」

ノインは渋々サミアンの膝から降りると、人型になった。
同じ狼でも、人化した時の髪型に個体差があるのが面白い。
サミアンの髪はふんわり揃っているのに、ノインの髪は不揃いで、まさにチビガインだ。
しかもムスッとしているし!
ノインは人型になるの好きじゃないからなぁ……

サミアンが、赤いリュックの中から服を出して着替えを手伝うと、少し嬉しそうな顔になる。かまって貰えるのは嬉しいらしい。
俺にはノインの、このふてぶてしい感じが絶妙に可愛くてツボなのだ。
こんな所もガインそっくりだから……

「ノイン『お母様』って言ってみて」
「あー、おー、」
すかさず抜け駆けしてみるが、明らかにやる気がない。
(くそう!)
クスクス笑いながら、サミアンも挑戦する……

「ノイン『お兄様』ですよ。ほら、言ってごらん!」

「たぁ………」
(『た』?)

「たぁ……ミ…アン」

「えぇ!『お兄様』ですよ~!せめて『にーちゃん』にして下さい!」

「にーちゃ………?」

ノインはしっくりこないのか、難しい顔で黙り混んでしまった。そして考え込んだ末、再び口を開くと……

「タミアン!」
「うぅぅぅ『お兄様』です~」

満足そうなノインと、目を潤ませるサミアン……
兄弟の力関係が見えたような気がする……

そして狼の子は、みんな「サ行」が苦手ということも分かった。


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