元ヒロインの娘は隣国の叔母に助けを求める

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家庭教師ハリス夫人

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家庭教師として派遣されたハリス夫人は初対面から元気いっぱいのモニカに微笑んだ。今のままだとちゃんとした教育を受けられないからと、自身の叔母に頼んだと言うしっかり者のモニカという少女を恥ずかしくない程度の淑女に鍛え上げるつもりで夫人は遥々やって来たのである。

彼女はたった一人で夫人を待っていた。侍女はいない。期待に胸を膨らませる彼女の姿に、自分の教育者魂が刺激されて彼女の指導に熱が入るのもすぐだった。だけど、その熱はあっさりと冷えていく。あれだけ熱烈な手紙で遠く離れた会ったことのない叔母を頼った彼女のやる気が全く感じられないのである。

彼女は叱られることに慣れていないようで少し指導に熱が入ると怯えてしまう。ハリス夫人はまるで幼子に教えているように思えて、自分の期待が膨らみ過ぎたことを反省した。

奥様からは、彼女が侍女になりたいのか下女になりたいかわからないために、最低限の仕上がりを確認してほしいと要求されていた。

ハリス夫人はモニカに何度もその旨を説明したのだが、話を理解していたかはわからない。何度話しても、まるで自分が公爵令嬢になるかのような話をするのだ。ハリス夫人に対しても、最初から敬語はなく、正しい話し方から説明するも復習をしないのか、次の日にはまた同じ話し方に戻ってしまう。

他のご令嬢とは違い、平民として生きる方が幸せなのかもしれない。

ハリス夫人はそれなりに経験豊富な家庭教師である。嫡子以外の貴族子女にも教育を施し、平民になるにしてもその後の人生が豊かになるように指南してきたつもりである。やる気のない子もいた。どうせ平民になるならと、最初から真剣に取り組まない子もいた。だけど、最終的に困るのは自分だと理解して、どの子も皆自分にあった学習を自ら選び取るようになる。それが貴族に生まれた子の生き方であった。

貴族社会における庶子と呼ばれる身分の者達は顕著だった。社交界でどうしたって注目されてしまう存在である己の立場を理解しているからこそ、貴族社会で悪目立ちしないように誰よりも努力した。そんな子達を導き、共に成長できたことを夫人は誇りに感じていた。

モニカ嬢は貴族になりたがっているけれど、貴族になるために必要なことはしたくないのかもしれない。

何度も同じことを言い続け、何度も同じ過ちをして、正すことも復習することもなかった彼女。

ハリス夫人は自分の限界を感じて、落ち込んだ。夫人が何度か受けさせたミニテストはいずれも不合格。これは下女見習いでも断られるレベルだ。最後の授業では彼女は明るい表情を浮かべ、夫人にお礼を伝えて来た。

「ありがとうございました。夫人の教えは忘れません。公爵家に行ってからも教えていただけると嬉しいわ。末永くお願いしますね。」

ハリス夫人は微笑むだけに留めた。

教えなどすでに忘れっぱなしではないか、とは突っ込まなかった。彼女との関係はここまでである。平民に淑女教育は必要ない。

ハリス夫人は自分が途方もなく疲れていることを自覚した。こんなにやり甲斐のない仕事は初めてだった。

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