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目撃した人
虚しい景色
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先生たちが見回りを始めて二週間が経った。
朝から雨が降り、空は重たい雲に覆われている。まだ午前中だというのに暗さのせいで何時なのかよくわからない。職員室から少し離れた廊下の隅。窓から仄暗い景色をぼんやりと教頭先生が眺めている。
「あの、教頭先生……」
後ろから声をかけられた教頭先生が振り返ると不安げな表情をした体育の鈴木先生が立っていた。
「あの、宮田先生のご様子はどうでしたか? 昨日お見舞いに行かれたんですよね?」
「ええ、行ってきました。先生はかなりお疲れのようです。暫く休むように言ってきました」
教頭先生はぎこちない笑顔で応える。
「そうですか……あの、何か私にできることはありませんか? 私、宮田先生にはとてもお世話になったので力になりたいのですが」
鈴木先生に真剣な眼差しを向けられた教頭先生は思わず目を逸らした。
「そうですね、でも今はそっとしておいてあげましょう。こればかりは私たちには何もできません」
「それでも何か……」
鈴木先生が不満そうな顔をするが、教頭先生は黙って首を横に振った。
「彼が安心して休めるように対応すること。そして戻ってきた時にしっかりと迎えてあげること。それが今の私たちにできることではないでしょうか?」
「……そうですね、わかりました。失礼します」
鈴木先生は教頭先生に言われたことを頭では理解していた。しかし感情の整理ができていないのか、次の授業へ向かう足取りは重く背中は丸くなっていた。
鈴木先生を見送ると教頭先生はため息をついた。
「言える訳がないじゃないですか………」
窓の外を見て教頭先生は小さな声で呟いた。
見回りを始めてから五日間連続で宮田先生は学生が交通事故にあうのを近くで目撃していた。宮田先生は詳しく話さなかったが彼が助けるために全力を尽くしていたのは明白だった。しかし一人の命も救えなかった。
偶然にしても五日連続で事故現場に遭遇するというのが教頭先生の中で引っかかっていた。そしてさらに引っかかるのがどの事故も目撃者による証言がおかしいことだった。
「誰もいなかったはずなのに後ろから突き飛ばされたように見えた」
どの事故でも現れるこの不可解な証言が教頭先生をさらに悩ませていた。
五日目の事故に遭遇した宮田先生は、その場で発狂し倒れてしまった。そしてそのまま意識を失った。
意識不明の状態が一週間以上続いたが、昨日ようやく目覚めたと病院から連絡があり教頭先生は見舞いに行ったのだった。
病室で教頭先生が宮田先生を見た時、彼は自分の目を疑った。宮田先生の姿は変わり果てていた。
髪は真っ白でかなり抜け落ちていた。頬はこけ、目は虚ろになり視線は常に空を彷徨っていた。
教頭先生が何度呼びかけても宮田先生は全く反応しなかった。その代わり彼は繰り返し繰り返し小声でこう呟いていた。
「パトロール男を許さない」
教頭先生はわかっていた。宮田先生の復帰が絶望的なことを。彼の心が完全に壊れてしまったことを。
教頭先生は察していた。都市伝説の「パトロール男」が今回の件と深くかかわっていることを。宮田先生がその真実を目の当たりにしていることを。しかし、教頭先生は何も動けずにいた。
犯人が人間であれば誰しも何かしらの対処方法を考えることができる。しかし相手がもし本当に人間でない存在なら?
教頭先生は理解していた。これは学校がなんとかできる次元の話ではないことを。もちろん警察も何の役にも立たないことも。
今も続けている見回りも無意味だとわかっている。わかっているが教頭先生は止めることもできないでいた。
「対処のしようがない存在が原因だから見回りをしても防げない」
彼がこのことを説明して信じる人がいるだろうか。仮にいたとしてもその後どうすべきなのか彼はいくら考えても答えが見つけられないでいた。
「私は一体どうすればいいんだ……」
薄暗い廊下で外を眺める教頭先生の呟きは雨音にかき消された。
朝から雨が降り、空は重たい雲に覆われている。まだ午前中だというのに暗さのせいで何時なのかよくわからない。職員室から少し離れた廊下の隅。窓から仄暗い景色をぼんやりと教頭先生が眺めている。
「あの、教頭先生……」
後ろから声をかけられた教頭先生が振り返ると不安げな表情をした体育の鈴木先生が立っていた。
「あの、宮田先生のご様子はどうでしたか? 昨日お見舞いに行かれたんですよね?」
「ええ、行ってきました。先生はかなりお疲れのようです。暫く休むように言ってきました」
教頭先生はぎこちない笑顔で応える。
「そうですか……あの、何か私にできることはありませんか? 私、宮田先生にはとてもお世話になったので力になりたいのですが」
鈴木先生に真剣な眼差しを向けられた教頭先生は思わず目を逸らした。
「そうですね、でも今はそっとしておいてあげましょう。こればかりは私たちには何もできません」
「それでも何か……」
鈴木先生が不満そうな顔をするが、教頭先生は黙って首を横に振った。
「彼が安心して休めるように対応すること。そして戻ってきた時にしっかりと迎えてあげること。それが今の私たちにできることではないでしょうか?」
「……そうですね、わかりました。失礼します」
鈴木先生は教頭先生に言われたことを頭では理解していた。しかし感情の整理ができていないのか、次の授業へ向かう足取りは重く背中は丸くなっていた。
鈴木先生を見送ると教頭先生はため息をついた。
「言える訳がないじゃないですか………」
窓の外を見て教頭先生は小さな声で呟いた。
見回りを始めてから五日間連続で宮田先生は学生が交通事故にあうのを近くで目撃していた。宮田先生は詳しく話さなかったが彼が助けるために全力を尽くしていたのは明白だった。しかし一人の命も救えなかった。
偶然にしても五日連続で事故現場に遭遇するというのが教頭先生の中で引っかかっていた。そしてさらに引っかかるのがどの事故も目撃者による証言がおかしいことだった。
「誰もいなかったはずなのに後ろから突き飛ばされたように見えた」
どの事故でも現れるこの不可解な証言が教頭先生をさらに悩ませていた。
五日目の事故に遭遇した宮田先生は、その場で発狂し倒れてしまった。そしてそのまま意識を失った。
意識不明の状態が一週間以上続いたが、昨日ようやく目覚めたと病院から連絡があり教頭先生は見舞いに行ったのだった。
病室で教頭先生が宮田先生を見た時、彼は自分の目を疑った。宮田先生の姿は変わり果てていた。
髪は真っ白でかなり抜け落ちていた。頬はこけ、目は虚ろになり視線は常に空を彷徨っていた。
教頭先生が何度呼びかけても宮田先生は全く反応しなかった。その代わり彼は繰り返し繰り返し小声でこう呟いていた。
「パトロール男を許さない」
教頭先生はわかっていた。宮田先生の復帰が絶望的なことを。彼の心が完全に壊れてしまったことを。
教頭先生は察していた。都市伝説の「パトロール男」が今回の件と深くかかわっていることを。宮田先生がその真実を目の当たりにしていることを。しかし、教頭先生は何も動けずにいた。
犯人が人間であれば誰しも何かしらの対処方法を考えることができる。しかし相手がもし本当に人間でない存在なら?
教頭先生は理解していた。これは学校がなんとかできる次元の話ではないことを。もちろん警察も何の役にも立たないことも。
今も続けている見回りも無意味だとわかっている。わかっているが教頭先生は止めることもできないでいた。
「対処のしようがない存在が原因だから見回りをしても防げない」
彼がこのことを説明して信じる人がいるだろうか。仮にいたとしてもその後どうすべきなのか彼はいくら考えても答えが見つけられないでいた。
「私は一体どうすればいいんだ……」
薄暗い廊下で外を眺める教頭先生の呟きは雨音にかき消された。
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