都市伝説ガ ウマレマシタ

鞠目

文字の大きさ
18 / 25
目撃した人

虚しい景色

しおりを挟む
 先生たちが見回りを始めて二週間が経った。

 朝から雨が降り、空は重たい雲に覆われている。まだ午前中だというのに暗さのせいで何時なのかよくわからない。職員室から少し離れた廊下の隅。窓から仄暗い景色をぼんやりと教頭先生が眺めている。

「あの、教頭先生……」
 後ろから声をかけられた教頭先生が振り返ると不安げな表情をした体育の鈴木先生が立っていた。

「あの、宮田先生のご様子はどうでしたか? 昨日お見舞いに行かれたんですよね?」
「ええ、行ってきました。先生はかなりお疲れのようです。暫く休むように言ってきました」
 教頭先生はぎこちない笑顔で応える。
「そうですか……あの、何か私にできることはありませんか? 私、宮田先生にはとてもお世話になったので力になりたいのですが」
 鈴木先生に真剣な眼差しを向けられた教頭先生は思わず目を逸らした。
「そうですね、でも今はそっとしておいてあげましょう。こればかりは私たちには何もできません」
「それでも何か……」
 鈴木先生が不満そうな顔をするが、教頭先生は黙って首を横に振った。
「彼が安心して休めるように対応すること。そして戻ってきた時にしっかりと迎えてあげること。それが今の私たちにできることではないでしょうか?」
「……そうですね、わかりました。失礼します」
 鈴木先生は教頭先生に言われたことを頭では理解していた。しかし感情の整理ができていないのか、次の授業へ向かう足取りは重く背中は丸くなっていた。

 鈴木先生を見送ると教頭先生はため息をついた。
「言える訳がないじゃないですか………」
 窓の外を見て教頭先生は小さな声で呟いた。
 見回りを始めてから五日間連続で宮田先生は学生が交通事故にあうのを近くで目撃していた。宮田先生は詳しく話さなかったが彼が助けるために全力を尽くしていたのは明白だった。しかし一人の命も救えなかった。
 偶然にしても五日連続で事故現場に遭遇するというのが教頭先生の中で引っかかっていた。そしてさらに引っかかるのがどの事故も目撃者による証言がおかしいことだった。
「誰もいなかったはずなのに後ろから突き飛ばされたように見えた」
 どの事故でも現れるこの不可解な証言が教頭先生をさらに悩ませていた。

 五日目の事故に遭遇した宮田先生は、その場で発狂し倒れてしまった。そしてそのまま意識を失った。
 意識不明の状態が一週間以上続いたが、昨日ようやく目覚めたと病院から連絡があり教頭先生は見舞いに行ったのだった。
 病室で教頭先生が宮田先生を見た時、彼は自分の目を疑った。宮田先生の姿は変わり果てていた。
 髪は真っ白でかなり抜け落ちていた。頬はこけ、目は虚ろになり視線は常に空を彷徨っていた。
 教頭先生が何度呼びかけても宮田先生は全く反応しなかった。その代わり彼は繰り返し繰り返し小声でこう呟いていた。

「パトロール男を許さない」

 教頭先生はわかっていた。宮田先生の復帰が絶望的なことを。彼の心が完全に壊れてしまったことを。
 教頭先生は察していた。都市伝説の「パトロール男」が今回の件と深くかかわっていることを。宮田先生がその真実を目の当たりにしていることを。しかし、教頭先生は何も動けずにいた。
 犯人が人間であれば誰しも何かしらの対処方法を考えることができる。しかし相手がもし本当に人間でない存在なら?
 教頭先生は理解していた。これは学校がなんとかできる次元の話ではないことを。もちろん警察も何の役にも立たないことも。
 今も続けている見回りも無意味だとわかっている。わかっているが教頭先生は止めることもできないでいた。
「対処のしようがない存在が原因だから見回りをしても防げない」
 彼がこのことを説明して信じる人がいるだろうか。仮にいたとしてもその後どうすべきなのか彼はいくら考えても答えが見つけられないでいた。

「私は一体どうすればいいんだ……」

 薄暗い廊下で外を眺める教頭先生の呟きは雨音にかき消された。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...