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第一章 崩れ去る日常
第十六話 七色の御守り
今週の会議で最初の話題となったのは、優美が持参した御守りだった。茉莉が貰ったものは芍薬の花弁入りの水晶に桃色の勾玉が付いているものだったが、それ以外は水晶のデザインは同じであるものの、色違いの勾玉が付いていた。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色。それらを部員は各自それぞれ手に取った。
優美は赤色。
紗英は橙色。
愛梨は黄色。
右京は緑色。
左京は青色。
静藍は藍色。
織田は紫色。
全ての勾玉を勢揃いさせるとまるで虹だ。部員一人一人の不思議そうな、物珍しそうな、様々な表情が水晶に映っている。
そんな中、優美が鼻をちょんちょんと擦りながら話し始めた。やや得意気である。
「この前用事で神社に行った時、丁度八個だけ売ってあったから買い占めて来ました。本物の芍薬の花びらで作られたものなので、きっと魔除けになると思って」
ツリ目を大きく見開いた左京は妙に興奮気味である。万華鏡のように目を輝かせていた。
「これ何かアイテムみたいでカッコいいっすね優美先輩! 光ったらレベルアップしたりして……」
「左京君。そこまでゲーム脳だと毎日楽しいでしょ」
左京は横から注がれる妙に冷ややかな視線を物ともせず、自分の御守りを掌の上で撫で回している。よほど気に入ったのだろう。
「冗談っすよ。でも本当に魔除けの力を感じる……これで吸血鬼達に攻撃出来るともっと良いんすけど……」
目の色を変えて御守りを眺め回している左京をよそに、ホワイトボードに写真が何枚か張り出されていた。芍薬屋敷での写真は静藍と愛梨、火事騒動の写真は右京によるものだった。
咲き誇る芍薬の花々と、焼き焦げた家屋。
芍薬畑があっという間に炎の海に包まれた瞬間を思い出した茉莉はぱっと目を閉じた。その途端鼻の奥がツンとしてきて思わず鼻をつまむ。右京の写真は木材が燃えた時に発生する木ガスの臭いがこちらまで臭ってきそうなリアルさだった。
愛梨による報告を受けた紗英は、神妙な表情を浮かべた。人差し指で眼鏡の位置を整えながら返事をする。
「……芍薬屋敷でそんなことがあったのですか。三人共特に怪我がないなら良かったです」
左京はツンツン頭をぼりぼりかきながら親友に話しかける。
「なあなあ右京。今回の火事騒動、やっぱり何か偶然過ぎと思わねぇか?」
静かに頷きながら答える右京。一本結びに後ろに結った髪がわずかに揺れた。
「俺もそう思う。被害家屋の共通点は芍薬の花を植えているという点かな。犯人はきっと例の吸血鬼達だろう。しかし、何故彼等がわざわざ火事騒動を起こす必要があったかが分からん。見せしめかな?」
「何に対する見せしめ?」
「俺達を含めた人間への見せしめ……だったりして」
「根拠が全然分かんねぇじゃんかよぉ。感とか言うなよな」
部員同士でああでもないこうでもないと意見が飛び交う。副部長はそれをホワイトボードにマジックで簡潔に書きとめてゆく。蛍光灯の光を受け、真っ白の袖に上腕二頭筋の陰影が映っている。
「ところでこの前の茉莉君と今回の君の報告を合わせると、吸血鬼達に対抗出来るのは静藍君に宿る“彼”しかいない、ということで良いのかな? 愛梨君」
織田の質問に対し愛梨はやや俯きがちに答えた。大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。
「はい。多分そうだと思いますぅ。でも、静藍先輩の体調を考えると、あまり無理させない方が良いと思いますけどぉ。愛梨達は何にも出来ませんしぃ」
「彼等は多分静藍君の“限界”を狙っているのではないかな?」
「限界ですかぁ?」
「ああ。今のまま、つまり人間のままでいようとする彼の“限界”。ある意味脱皮させようとしているかのようだ。それとも、彼を嫌でも静藍君から引きずり出そうとしている……と言った方が正しいかな?」
織田の推測を聞いて妙に苛立ちを感じた茉莉は椅子から急に立ち上がった。両手の拳が震えている。
「酷い!! 許せない!! 私そんなの絶対させないんだから……!!」
織田は鼻息の荒い彼女をなだめに回る。
「まぁまぁ茉莉君。落ち着こうか。あくまでも推測の話しだ。短気なところもあるんだな君は。それにしても彼等は何故そこまでして彼に執着しているのかが良く分からん」
「確かに。彼等は私達の行動を邪魔するかのように事件を起こしているようにも感じられます。ですが、根拠がはっきりしませんね。吸血鬼は長い時を生きている訳ですから、背負っている歴史も長いはずです。まだ情報が足りなさ過ぎます。そこで、図書館で資料を探す話しが出ているので、学内と学外と二手に分かれようかと思います。情報交換をしながら同時に探れば解決策を早く見出だせるかと思いまして」
そこで優美が待ったの声を上げる。
「きっと奴等が先回りしている可能性が高いです。同時に外への行動の場を広げるのはどうかと思いますが」
そこで副部長が挙手し、提案する。
「多少のリスクは仕方がないと思う。俺達が見付け出そうとしているものは容易ではないものだからな。だが、極力避けられるものであれば避けるに越したことはない。ならば、調査に行くグループと部室に残ってまとめるグループと二手に別れるのはどうかな。図書館なら平日でも行けるしな」
ホワイトボードに大きな二つの円が書かれ、新たにコメントが書き込めるようになっていた。
静藍がそこで静かに挙手をした。黒縁眼鏡の奥からどこか物憂げな光が刺してきている。
「あの……実は学内の方は僕先日全て調べたのですが、残念ながらこれと言った資料はありませんでした。学外の方が見つかる確率は高いと思います」
「そうか。大変だったな。君のお陰で一つ手間が省けた。どうもありがとう。学外の図書館は何軒かある。どこが良いだろうか?」
優美が真剣な表情でパソコンの画面を眺めながらキーボードの上に指を滑らせている。彼女の指はあるところでぴたりと動きを止めた。
「芍薬と吸血鬼に関する文献はここの最寄り駅から二つ先の済北駅の近くにある、済北図書館にありそうね。ここなら近くて手っ取り早い。まずはここにあたってみませんか?」
「そうだな。そうしよう。場所が決まればあとは日程調整と誰が行くか……だ」
話し合いの結果、済北図書館に向かうのは紗英、織田、優美の三人となった。
前回取材に行った茉莉と静藍と愛梨は部室でお留守番。右京と左京は新聞掲載用の写真撮影と、吸血鬼騒動に関する様々なアンケート調査に出向くことに決まった。何かあったら互いにスマホで連絡を取り合うことにしている。
日付けが決まった辺りで今日の会議は終了となった。
(……? )
机のフックに掛けていた自分の鞄から何か眩しい光を感じた茉莉は思わずそのポケットに手を入れた。根付け紐の手触りを感じ、自分の御守りを引っ張り出してみる。桃色の勾玉と芍薬水晶は共に変化はなく、茉莉の掌でころんとしていた。茉莉は首を傾げる。
「茉莉、どうしたの?」
「何か、この御守りが光った気がしたから確かめてみたの。でも特に何もなかった」
「これ勾玉も水晶もきらきらしていて綺麗だもんね。蛍光灯の光を反射しただけか錯覚じゃないの?」
「やっぱり優美もそう思うよね」
(……何か急に光ったような気がするけど……気のせいよね)
茉莉は御守りをペンダントトップにすることに決めた。
この御守りだが、実はただの御守りではなかった。
茉莉を含めた部員達全員がそのことを知るのはそれから数日後のことになる。
優美は赤色。
紗英は橙色。
愛梨は黄色。
右京は緑色。
左京は青色。
静藍は藍色。
織田は紫色。
全ての勾玉を勢揃いさせるとまるで虹だ。部員一人一人の不思議そうな、物珍しそうな、様々な表情が水晶に映っている。
そんな中、優美が鼻をちょんちょんと擦りながら話し始めた。やや得意気である。
「この前用事で神社に行った時、丁度八個だけ売ってあったから買い占めて来ました。本物の芍薬の花びらで作られたものなので、きっと魔除けになると思って」
ツリ目を大きく見開いた左京は妙に興奮気味である。万華鏡のように目を輝かせていた。
「これ何かアイテムみたいでカッコいいっすね優美先輩! 光ったらレベルアップしたりして……」
「左京君。そこまでゲーム脳だと毎日楽しいでしょ」
左京は横から注がれる妙に冷ややかな視線を物ともせず、自分の御守りを掌の上で撫で回している。よほど気に入ったのだろう。
「冗談っすよ。でも本当に魔除けの力を感じる……これで吸血鬼達に攻撃出来るともっと良いんすけど……」
目の色を変えて御守りを眺め回している左京をよそに、ホワイトボードに写真が何枚か張り出されていた。芍薬屋敷での写真は静藍と愛梨、火事騒動の写真は右京によるものだった。
咲き誇る芍薬の花々と、焼き焦げた家屋。
芍薬畑があっという間に炎の海に包まれた瞬間を思い出した茉莉はぱっと目を閉じた。その途端鼻の奥がツンとしてきて思わず鼻をつまむ。右京の写真は木材が燃えた時に発生する木ガスの臭いがこちらまで臭ってきそうなリアルさだった。
愛梨による報告を受けた紗英は、神妙な表情を浮かべた。人差し指で眼鏡の位置を整えながら返事をする。
「……芍薬屋敷でそんなことがあったのですか。三人共特に怪我がないなら良かったです」
左京はツンツン頭をぼりぼりかきながら親友に話しかける。
「なあなあ右京。今回の火事騒動、やっぱり何か偶然過ぎと思わねぇか?」
静かに頷きながら答える右京。一本結びに後ろに結った髪がわずかに揺れた。
「俺もそう思う。被害家屋の共通点は芍薬の花を植えているという点かな。犯人はきっと例の吸血鬼達だろう。しかし、何故彼等がわざわざ火事騒動を起こす必要があったかが分からん。見せしめかな?」
「何に対する見せしめ?」
「俺達を含めた人間への見せしめ……だったりして」
「根拠が全然分かんねぇじゃんかよぉ。感とか言うなよな」
部員同士でああでもないこうでもないと意見が飛び交う。副部長はそれをホワイトボードにマジックで簡潔に書きとめてゆく。蛍光灯の光を受け、真っ白の袖に上腕二頭筋の陰影が映っている。
「ところでこの前の茉莉君と今回の君の報告を合わせると、吸血鬼達に対抗出来るのは静藍君に宿る“彼”しかいない、ということで良いのかな? 愛梨君」
織田の質問に対し愛梨はやや俯きがちに答えた。大きな瞳をぱちぱちと瞬かせている。
「はい。多分そうだと思いますぅ。でも、静藍先輩の体調を考えると、あまり無理させない方が良いと思いますけどぉ。愛梨達は何にも出来ませんしぃ」
「彼等は多分静藍君の“限界”を狙っているのではないかな?」
「限界ですかぁ?」
「ああ。今のまま、つまり人間のままでいようとする彼の“限界”。ある意味脱皮させようとしているかのようだ。それとも、彼を嫌でも静藍君から引きずり出そうとしている……と言った方が正しいかな?」
織田の推測を聞いて妙に苛立ちを感じた茉莉は椅子から急に立ち上がった。両手の拳が震えている。
「酷い!! 許せない!! 私そんなの絶対させないんだから……!!」
織田は鼻息の荒い彼女をなだめに回る。
「まぁまぁ茉莉君。落ち着こうか。あくまでも推測の話しだ。短気なところもあるんだな君は。それにしても彼等は何故そこまでして彼に執着しているのかが良く分からん」
「確かに。彼等は私達の行動を邪魔するかのように事件を起こしているようにも感じられます。ですが、根拠がはっきりしませんね。吸血鬼は長い時を生きている訳ですから、背負っている歴史も長いはずです。まだ情報が足りなさ過ぎます。そこで、図書館で資料を探す話しが出ているので、学内と学外と二手に分かれようかと思います。情報交換をしながら同時に探れば解決策を早く見出だせるかと思いまして」
そこで優美が待ったの声を上げる。
「きっと奴等が先回りしている可能性が高いです。同時に外への行動の場を広げるのはどうかと思いますが」
そこで副部長が挙手し、提案する。
「多少のリスクは仕方がないと思う。俺達が見付け出そうとしているものは容易ではないものだからな。だが、極力避けられるものであれば避けるに越したことはない。ならば、調査に行くグループと部室に残ってまとめるグループと二手に別れるのはどうかな。図書館なら平日でも行けるしな」
ホワイトボードに大きな二つの円が書かれ、新たにコメントが書き込めるようになっていた。
静藍がそこで静かに挙手をした。黒縁眼鏡の奥からどこか物憂げな光が刺してきている。
「あの……実は学内の方は僕先日全て調べたのですが、残念ながらこれと言った資料はありませんでした。学外の方が見つかる確率は高いと思います」
「そうか。大変だったな。君のお陰で一つ手間が省けた。どうもありがとう。学外の図書館は何軒かある。どこが良いだろうか?」
優美が真剣な表情でパソコンの画面を眺めながらキーボードの上に指を滑らせている。彼女の指はあるところでぴたりと動きを止めた。
「芍薬と吸血鬼に関する文献はここの最寄り駅から二つ先の済北駅の近くにある、済北図書館にありそうね。ここなら近くて手っ取り早い。まずはここにあたってみませんか?」
「そうだな。そうしよう。場所が決まればあとは日程調整と誰が行くか……だ」
話し合いの結果、済北図書館に向かうのは紗英、織田、優美の三人となった。
前回取材に行った茉莉と静藍と愛梨は部室でお留守番。右京と左京は新聞掲載用の写真撮影と、吸血鬼騒動に関する様々なアンケート調査に出向くことに決まった。何かあったら互いにスマホで連絡を取り合うことにしている。
日付けが決まった辺りで今日の会議は終了となった。
(……? )
机のフックに掛けていた自分の鞄から何か眩しい光を感じた茉莉は思わずそのポケットに手を入れた。根付け紐の手触りを感じ、自分の御守りを引っ張り出してみる。桃色の勾玉と芍薬水晶は共に変化はなく、茉莉の掌でころんとしていた。茉莉は首を傾げる。
「茉莉、どうしたの?」
「何か、この御守りが光った気がしたから確かめてみたの。でも特に何もなかった」
「これ勾玉も水晶もきらきらしていて綺麗だもんね。蛍光灯の光を反射しただけか錯覚じゃないの?」
「やっぱり優美もそう思うよね」
(……何か急に光ったような気がするけど……気のせいよね)
茉莉は御守りをペンダントトップにすることに決めた。
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2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結