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第一章 崩れ去る日常

第十七話 変化

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 綾南高校は三学期制の学校である。学校には兎にも角にも試験がつきものだ。

 この高校では一学期の中間試験が五月中旬頃、一学期の期末試験は七月上旬頃、二学期の中間試験は十一月上旬頃、二学期の期末試験は十二月上旬頃、三学期の期末試験は三月上旬頃に行われている。高校三年生であればそれに模擬試験や大学受験が入ってくる。

 新聞部作の学内新聞は六月、九月、十二月、三月各月の一日が発行日だ。試験との兼ね合いを考えると結構タイトなスケジュールである。しかし現在定期的に行われている高校の新聞コンクールに参加している訳ではないので(参加したければ顧問に相談し、許可を頂ければ挑戦出来る)各自自分のペースで無理なくこなしているという感じだ。

 この部活は、活動時間中合間を見て宿題を片付けたり、上級生が下級生に勉強を教えたり出来るのが強みである。顧問の先生の指導の元、文章を書くスキルだって当然上がる。そしてみんなで協力して助け合いながら活動にあたっている為、部員同士みんな自然と仲が良くなるのだ。
 
 ※ ※ ※
 
 六月の中旬も過ぎたある日。茉莉は部室内にて授業の復習をしていた。先月の中間試験が赤点ギリギリだった為、期末試験に向けての対策をしているのだ。一方静藍は特待生ではないが、比較的上位の成績をとっていた。そのこともあって茉莉は部室で一緒の時彼に色々教えてもらうことにしている。
 六月一日には既に六月号の発行を終えており、今は九月頭への新聞発行に向けて準備中である。各自担当パートをまとめつつ、時間を捻出しては試験勉強をしている者もいる。
 
 ホワイトボードの近くの机で愛梨はパソコンを弄りながらコラムを書いていた。彼女が得意とする恋愛コラムだ。回収した学年毎のアンケート調査をまとめて記事にしている。一方右京と左京は取材で部室の出入りしつつ学内を目まぐるしく駆けずり回っていた。
  
 窓際の机でノートと教科書をにらめっこし、ノートにシャープペンシルを走らせている茉莉の傍で静藍が何か書き物をしている。そのページには流れるような文字がしたためられていた。彼の滑らかな筆致を見ていると、つい時間を忘れてしまいそうになる。そこへ横から視線が自分へと向けられているのに茉莉は気が付いた。
 
「茉莉さん。先程の問題二についてですが、ここ違います。この公式に従って導いていくとこういう解答になりますよ」
 
「わ……本当だ! ありがとう静藍。私数学苦手だから凄く助かる」
 
「でもこれはあくまでも解答方法の一つに過ぎません。方法論が間違っていなければ他の解答もあると思います。今度真木先生に質問しに行きましょうか」
 
「何か色々ごめんね。私頭弱いというか、勉強苦手でさ。運動は得意なんだけど」
 
「僕がこんなこと言うのも変ですが、茉莉さんは飲み込み早い方だと思います。得意不得意もあるでしょうが、要領の問題ではないでしょうか? あまり気にされない方が良いと思います」
  
 茉莉に向けてふわりと微笑みを浮かべる静藍。黒縁眼鏡から覗くその瞳は、柔らかな青紫の光を放っていた。
 
「あ……」
 
 その時消しゴムが茉莉の手元から転がり落ち、掴もうとするものの指先の間からすり抜け、床に落ちてしまった。茉莉が消しゴムを拾おうと椅子から降りてしゃがみ込み、手を伸ばしたところ、少しひんやりとしている何かとぶつかった。
 よく見ると、それは静藍の色白な指先だった。床の消しゴムを拾おうとしてくれたのだろう。
 
「!!」
 
 反射的に手を引っ込めた茉莉。妙に気まずい空気が流れる。
 
「? どうしました? ……痛!」
 
 不思議そうな顔をした瞬間、静藍は机のへりに頭をぶつけた。痛さのあまり顔をしかめる。その衝撃でシャープペンシルが床に転がり落ちた。
 
「……ううん、何でもない。それよりあんた頭大丈夫?」
 
「すいません。いつものことですから」
 
 ぶつけた頭を撫でつつ、恥じらう乙女のようにほんのり頬を赤く染めた少年の顔を見た茉莉の心拍数が天元突破した。首から上に熱湯をかけられたように熱い。とっさに両手で顔を覆い隠した。
 
 どきどきどき。
 
 (何なの一体!? 今の自分の顔を誰にも見られたくない! 全力死守してやる)
 
 茉莉は照れ隠しで立ち上がり、部室の戸までそそくさと歩いて行き扉に手をかけた。
 
「? 茉莉さん?」
 
「な……なな何でもない。ちょっと手を洗いに行くだけ……」
 
 その途端、茉莉の首にぶら下がっているペンダントが突然光り出した。薄桃色の優しい光だ。どうやらその根源は芍薬の水晶のようだ。
 
「……え……!? 何……!?」
 
 すると、それに呼応するかのように静藍と愛梨の水晶も光り出した。前者は藍色、後者は黄色い光だ。
 
「先輩~! 何ですかこれぇ!! 愛梨のも何か光ってますぅ」
 
「僕もです」
 
 その途端着信音が鳴った。茉莉がポケットからスマホを取り出すと、LINEにメッセージが入っている。送信者は優美だった。
 
「茉莉! 出たわ吸血鬼の仲間!」
 
 茉莉は身体中の血が一気に引いてくる思いがした。
 
「え!? みんな大丈夫なの!?」
 
「今のところ何とか。なるべく早く来て。静藍君に伝えて」
 
「場所はどこ?」
 
「済北図書館の裏道……と言えば良いかな。取り敢えず図書館に来たら分かるわ」
 
 状況をはっきりと掴めないが、SOSのメッセージであることに間違いはない。
 
 (落ち着くのよ茉莉! 焦らないで。頭の中を整理しなきゃだわ)
 
 茉莉はこめかみを人差し指で押さえつつ考え込んだ。
 今までの出来事を整理する。もし吸血鬼達が主に静藍を狙っているのであれば、部室に何らかの形で誰かを寄越したかもしれない。しかし、今回はただの人間である優美達を狙って来た。明らかに静藍の関係者狙いだ。
 
「……彼等が織田先輩達を狙っているのですか?」
 
 茉莉から見せられたスマホの文字に表情を一気に変える静藍。黒縁眼鏡の奥で赤い光がちらついている。
 
「ねぇ。どうして私達の行く先行く先に彼等は現れるの? 私達はやっぱり狙われているのかしら?」
 
 わずかな苛立ちを含む茉莉の焦った声を聞き、静藍はどこか痛そうな表情をする。彼は無言のまま彼女の右手に何かを握らせた。よく見ると藍色の勾玉が付いた芍薬の水晶だった。
 
「……静藍……?」
 
 視線を自分の手元から静藍へと戻すと、彼の左首元にある薔薇型の痣が熱を持ち赤く光り出していた。赤い光芒が彼を守るかのように身体を包み込む。一瞬で黒髪碧眼から銀髪紅眼と変貌した彼はその薄い唇を開いた。
 
「それはお前が持っていろ。今の俺には持てないシロモノだ」
 
「……この御守り、やっぱりあんたには何らかの影響があるみたいね」
 
「茉莉。ぼさっとしないでさっさと俺に掴まれ」
 
「何よその言い草!」
 
 先程までとは真反対のぶっきらぼうな物言いに茉莉はついカッとなって言い返してしまう。
 
「うるせぇ。お前仲間の元に早く行きたいんだろ? この俺がすぐに連れて行ってやる」
 
「……分かったわよ……」
 
 茉莉はその言に渋々従った。心臓が早鐘を打っていて息が詰まりそうだ。紅眼の少年は其の場で立ちすくんでいる茶髪の美少女に向かって言い放った。
 
「お前はここで待機してろ。足手まといだから絶対についてくるんじゃねぇよ」
 
「はぁい」
 
 (相変わらず乱暴で一言多いんだから!! 愛梨ちゃんごめんね…… )
 
「愛梨ちゃん、右京君達が帰ってきたら部室に足止めしてね。何かあったら連絡するから」
 
「了解ですぅ。先輩気をつけていってらっしゃ~い」
 
 ルフスは雑に窓を開け、乱暴に茉莉の肩を抱き、彼女を強引に抱え込むようにして一気に飛び出して行った。窓からむしっとした湿度の高い空気が入り込んで来る。今日の空は雲一つない、晴天だということを思い出した。
 
 その時右京達が部室の戸を開き、戻ってきた。彼等は戸の影から一部始終を見ていたのか、目を白黒させていた。二人共興奮のあまり声が震えている。
 
「……なぁ愛梨、あれが静藍先輩の中にいるもう一一人のなのかよ……!? ヤバくねぇか!? クールで何か超々かっちょいい~んだけど」
 
「マジかよ。本当に別人だ」
 
 愛梨はその大きな瞳をきらきらさせつつ返事をした。テンションがやけに高い。
 
「でしょぉ? 彼ちょっとしびれちゃうのよね……て、それどころじゃない! 二人共早く早く!」
 
 彼女は右京達を部室内に引っ張り込みガラガラと戸を締めた。
 
 時刻はまだ四時十分前。日が落ちるにはまだ時間があった。
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