顔採用の新人社員が部下になった。

Yuhきりしま

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エイプリルフール

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 今日は四月一日で僕はスーツに身を包み新しい部署へ移動となった。

 初日で遅刻をする訳には行かないとは良く言うが僕は日頃から雨や渋滞を考慮して早めに家を出る。

 何も変わらない日常の風景を見ながら社員カードで会社の扉を開けた。会社から支給されるカードに何らかの電子機器が埋め込まれており事前に登録した社員が入室可能となる。

 社員カードで開閉する仕組みは担当じゃないので綻びが無い物と考える。

 昨日の天気予報では大雨と言っていたから更に早く出社したのに空は青空だった。

 だからこそ、この時間で会社にいる人は限られるだろう。

「おはようございます」

 僕よりも先に仕事場へ到着していた人物に僕は挨拶された。社会人として朝の挨拶は大事だと僕は思う。しかし、僕等の業務は忙しい時は本当に大変で終電が無くなる事は良く起こる。

 そういう時は瞼を擦り眠そうな人が多く、朝の挨拶が無くても気にしない。

 否――慣れてしまっていた。

 そこで不意打ちである。僕はすぐに挨拶を返す事が出来ずにじーっと彼女を見てしまった。

 一部ピンク色の髪に遊びに行くような服装。まるで昨日まで学生だったかのような彼女は固まっている僕を見て不思議そうにしていた。

 僕が扉を開ける音に気づいて立ち上がり彼女は挨拶を口にした。正しい……圧倒的に彼女は正しい社会人と言えて、僕が挨拶されて固まっている変な人だと思う。

「んー、どうかしました?」
「あ、いや。おはよう」

 我に返った僕がぎこちなく足を動かして自分の席に向かった。

 その結果……席に座った彼女の後ろに立つハメになる。

 えーっと、入退室の扉から一番遠くの席が部長の席で……その前が僕の席。

 そう、僕は断じて間違えていない。朝だから目が滑り部長の前にあるデスクを数え間違えた訳じゃない。

 彼女は僕の席に座ってスマホを弄りながらコーヒーを飲んでいた。一向に席へ座らない僕が気になったのか彼女はストローを咥えながら回転する椅子を動かして僕を見る。

 目が合った。透明のストローだけが動き彼女の口へコーヒーが入っていく。

「……コレ新作のホワイトチョコたっぷりキャラメルフラペチーノ」

 まんまるお目々で見てきたかと思えば眉をひそめられ、そっと手元の新作とやらを隠された。

「あげないよ?」

 ふぅ……僕はとりあえず無視して彼女の向かいに座ることにした。

 恐らく彼女はこの会社の関係者で間違いない。何故ならば社員カードを持っている者のみがフロアに入る事が出来る。その前提があるから紛れ込んだ大学生では無いだろう。

 少し話を戻そう。僕は部長とのやり取りを思い出すことにした。あれは、そうだな。年末年始の忘年会まで時間を遡ろう。

 僕の所属する会社は端的に言ってシステム屋さんだ。しかも、割りと大きい方に分類される。何故ならば自社の工場と自社ビルを持っている。工場で作り上げた機械に対して僕は先月までプログラムを入れて動作を確認する業務を行っていた。

 機械に命令を打ち込む専門の僕が部長の神下ケンジにビール片手で言われた言葉。

「おまえ四月から新しい部署な部屋は一階のアノ……ちっこい部屋。席とかメールで共有するから前日にパソコンの設定とかやっといて、仕事はウェブになるから」

 僕――西崎カオルは二年前までウェブをやっていたとは言え、久々で忘れているところも多いだろうなーと思う反面。急な移動を告げられて焦ってしまった。直近ずっと実機に対する仕事だったから雰囲気がまるっと変わる。

「そういう移動とかの情報って、こんな早く本人に伝えていいんですか? 数ヶ月ありますよ」
「んあ。まぁー……まぁまぁ。ほら飲め」

 この若作りしたおっさん。酔った勢いで俺に伝えたんだなと当時は思っていた。一週間前に話半分で聞いていた僕へ連絡が来た。

 そして、新年度となった今……僕は誰よりも早く現場に到着した訳だが、知らない人が僕の席に座ってコーヒーを嗜んでいる。

 もしかして……僕は気づいたかも知れない。今日は――エイプリルフールだった。学生の頃なら友人に嘘をついてじゃれた記憶は誰にでもあると思う。神下部長はそういう一面があった。これはつまり、そういうことか。

「神下部長に言われたの?」

 僕は小声で名も知らぬ彼女へ話しかけた。すると、全てを察したのか彼女はキョロキョロと周りを伺い、誰も居ない事を再認識して向かいの僕に身を乗り出し同じ様に小声で話す。

「実はそうなの。此処だけの話って言われてるんだけど、これからとっても怖い人が来るみたい。緊張して朝早く目が覚めてこんな時間に来ちゃった。君もそうでしょう? 早く神下部長来ないかなぁ」

 神下部長は僕にも内緒でメンバーを集めていた……あの人ならやりかねん。去年の夏に会社のイベントでバーベキューをした時には肉や貝、焼きそばという定番な食材では無く大きなロブスターを持ってくる人だ。

 意表を突く自由な部長なら僕に内緒で怖いと噂されている社員を用意してても……無くはない。

 普段の冷静な僕ならそういう事はありえないと気付いていただろう。でも、目の前に奇抜な髪色をしたとても可愛らしい女性が悠々と過ごしている。全て神下部長の策略の中に違いない。

 僕達の会社は社員数も大きく部署も沢山あり全てを把握して出来ていない。外部の会社から応援に来てくれる人も居るので正直、誰が正社員か全てを把握している人は居ないと思う。

 怖い人、心当たりがあるのは厳しい人であり怖いだけなら思いつかない。たまたま僕等が朝早く出社したから、まだその人が来ていないだけか。

 僕は段々緊張してきた。

「あー!!!」

 突然の叫び声に僕の身体をビクンと驚いてしまった。その僕に気付いたのか口元を抑えてごめんとジェスチャーをしている。

「ガチャ回してたら電波悪くてエラーでちゃった。すっごいレアな演出だから超いいのが手に入ったと思うんだけど……」

 スマホを弄っているのは分かっていたがゲームで遊んでいたのか。僕も通勤時に少し遊ぶから良い暇つぶしになるのは深く理解できる。ガチャの演出途中でエラーが出ても安心して欲しい。

「そういうゲームは引いた時に確定するから大丈夫だよ」
「えー、どういうこと?」

 僕は説明する事にした。システム的にアイテムを消費した時点で抽選は終わっており入手するアイテムは確定している。その確定しているアイテムに応じて入手時の演出が始まっていると伝えた。

 きょとんとした顔でじーっと僕の顔を見ている彼女に対して僕も戸惑ってしまった。

「でも、ほら、コレ見て?」

 彼女はスマホの画面を僕に見せて十回連続のガチャを押した。きらきらとした演出で可愛らしいキャラクターが表示されていく、一個ずつ丁寧な演出を二人で見て、四回目が終わる頃に彼女が言った。

「まだ終わってないけど、確定してるの? 良いのでる?」
「始まった時に何が手に入るかは確定しているはず」

 丁度、六回目の演出が終わった。残りの演出は四回のところで彼女が僕に尋ねる。

「今良いの出たか分かるの?」
「それは……最後のリザルト見たら分かるよ」
「ん? んー、まだ分かんないって事? やっぱ最後まで見ないと分かんないじゃん!」

 おや。システム的には演出が始まった時に全て決まっていて……。

「あ、見て」

 七色に輝く演出が始まった。とても確率の低いレアな物が出たらしい。

「やったー、なんか強そう。やっぱり最後まで見ないと分かんないよ?」
「えっと……そう、だね」

 僕自身も混乱してきてしまった。何故ならプログラム的には既に入手するアイテムは確定しているが、結果を見ないと本当に入っているか分からない。ユーザーにわくわくドキドキを与える演出が流れている時は確かに手に入っているか分からない。

 引いた直後の入手確定アイテムと演出を見終わり認知したアイテムには差が無い。つまり、最後の結果に情報の差は皆無でもガチャの演出を見ている時は入手していないと言えるかもしれない。

 人間――ユーザーが手に入れたと認知するのは結果を見た時のみ。

 エンジニア目線だと感覚がバグって僕は深く考えさせられた。

 そこで僕は考え方を置き換えてみる。神下部長は僕に内緒で『怖い』人物を既に用意していてるので、同じ部署で働く事が確定している。けれど、どんな人が来るのかは神下部長しか知り得ない。

 終業時刻が訪れた時にその『怖い』人が遅刻しなければ僕等の前に現れるだろう。

 その人物が来るまでのドキドキを僕等は神下部長の演出によって体感している。誰がくるのか結果を見ないと分からない。

 にっこにこ顔でスマホとにらめっこしている彼女が居なければ至らない視点だった。

 作る側という立場に居続けたせいで使う側の考えが僕には足りないな。朝早く出勤して賃金の出ない始業時間を待つという行為に価値が生まれたと感じた。早起きは三文の得と昔の人はよく言ったものだ。

 それから僕達は暫く沈黙のまま時が過ぎるのを待った。彼女は相変わらずスマホを見ているので話しかけるのも邪魔になる。僕も自分の趣味で過ごしている時はそっとしておいて欲しい。

 特に実感するのは映画館で楽しみにしていた映画を見ている時だ。僕はポップコーンをマストで頼む、食べていると喉に引っかかる時があるので飲み物も必ずつける。足りなくて苦しむくらいなら、余らせるくらいが丁度良いと考えているのでLサイズをよく頼む。

 そこで問題が発生する可能性があった。

 待ちに待った楽しみにしていた映画は月額課金の動画サービスと違って止める事が出来ない。テレビの様に途中でCMが挟まれる事もない。そう、最大の敵は己の尿意だ。

 良い場面でトイレに行くなんてありえない。最大の邪魔と言える。僕は尿意で席を立つ時の苦しみを知っているので趣味に没頭している彼女に話しかけることは無かった。

 ガチャ。

 時は満ちた。この新しく発足された部署に訪れる人物と言ったら限られる。僕は来訪者を見ると目を逸らした……西部劇に出てくるガンマンの様な格好でカウボーイハットを深々と被っていたのだ。

 服装自由な職場とは言え例の怖い人がそういう格好で来るわけが無い。顔が見えないが誰が来たのか分かった僕はあえて反応せず正面を向く。

「……」

 顔が見えない相手に対して怯える表情が目に入った。彼女はアレが神下部長だと分かっていない……むしろ違う人であって欲しいと僕は願う。

 コツン……コツン……ともったいぶる足音を奏でながら部長は自席についた。横目でちらっと見ると敢えて顔を隠すように背もたれに思いっきり体重を預け顔の上に帽子を被している。

 始業前の現場はBGMも無くシーンと静まり返っていた。

 だから生唾を飲み込む音が聞こえた。好奇心旺盛な人なのか今にも話しかけようと迷っている様子が彼女から伺える。

「ごほんっ」

 わざとっぽく咳払いをした神下部長は触れて欲しくて堪らないらしい。僕は絶対に反応しないと心に誓った。

 目をキラキラしながら言葉を考えてそうな彼女がとうとう声を出した。

「お、おはようございます!」

 神下部長は待ってましたと言わんばかりに人差し指でカウボーイハットのつばをくいっと目が見えるくらい上にあげハードボイルド感を纏わせて返事した。

「おはよう」

 相手の顔が見えて安堵する女性が驚く事を口走る。

「なーんだぁ。神下部長だったんだー。私……てっきり噂の西崎さんかと思っちゃいました」

 西崎……例の怖い人は僕と同じ苗字だったのか。そう言われると全く心当たりが浮かばない。

 彼女は続けた。

「見るだけで恐怖のどん底に落とされ毎晩、夢に出てきてうなされると噂の怖い人かと思っちゃいました。そろそろ来るかなぁ」

 神下部長は指で拳銃の形を作って銃口を僕に向けた。

「ばーん……ふっ」

 見えない煙を吹き消す神下部長を見て理解が追いつかない人も居れば全て察した人も居る。どんな怖い人が来るのか神下部長の『演出』は僕にとってハズレで何もない。ゲームなら何かしらを手に入れるだろうが、存在しない人物がこの場に現れる事は絶対にない。

 何故なら僕は映画館で尿意と戦った戦績は別に良くない。そんな人間が悪夢になる人物にはなりえない。

 しかし、未だに理解していない人物のためにネタバラシを……。

「西崎カオルです」

 僕は社会人として朝の挨拶は交わしたが初対面の人に自己紹介をしていなかった。席を奪われ、演出の可能性に思考が乱されていたと言い訳を伝えたいがその相手は大きな瞳を更に大きく見開いていた。

「そ、それって私の上司が彼って事ですか!?」
「ざっつらいと」

 ふわふわな発音の神下部長はニヤリと笑みを浮かべていた。

 どうやら彼女の上司は僕らしい……部下だったかぁ。

「同じ新人さんかと思ってた。だってスーツ着てるし」
「サラリーマンだから着るでしょ」
「あ! 確かに!」

 服装自由という点でスーツを着ているから新人だと判断されていたみたいだ。朝とかスーツが楽だし何より通勤時に周りと合ってる。場にあった服装だと思っていたが僕の方が変かと一瞬だけ過ったが、職場にガンマンがいるのが変だ。

「それで何さん?」

 未だに彼女の名前を僕は知らない。

「私、今井カナって言います。これからよろしくお願いします」

 丁寧に深々とお辞儀をされた。別にそれで今までの態度は帳消しにならないぞっと。

「今井さん。これからよろしくね」

 これが僕――西崎カオルと今井カナの出会いである。
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