顔採用の新人社員が部下になった。

Yuhきりしま

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新人は新人らしく

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「おはよう」
「先輩おはようございます!」

 元気な声が頭に響く……ここで声量を抑えて貰うのも変な話だ。

 とりあえず僕は現状を伝える事にした。

「二日酔いで辛い、あと初めに乾杯したところまでは覚えているんだけど、記憶がないや。変な事とか言ってないよな?」

 何故か今日はスーツ姿の今井カナが席に座って僕をじーっと見ていた。

「変なことは特に言ってなかったよ。カナちゃん可愛いね。連絡先交換しよう? って割りと格好付けて口説いてくるくらいで特に変な事は言ってなかったです」

 僕が酔うとそんな人格が出てくるのか……あまりの出来事に僕は口が開いて塞がらなかった。

「冗談ですよ」

 ふふっと笑う生意気な後輩である。

「でも、色々と深い話をしたような気がしますね。あーあ、録音してればよかったなぁ~」
「機密情報とかこの口は漏らしてないだろうな……」

 社外に出してはダメな情報やモラル的に外部に出すのはどうだろうって話をしていないならそれでいい。というか、確か。神下部長も居酒屋に来る予定だったから多分、部長が連れて帰ったんだろうな。

「新人の私が聞いても機密情報か判断はつきませんが個室で二人っきりでしたし、大丈夫なんじゃないですか?」

 そうだった、個室で大声を出さなければ喧騒の中で他人に聞こえることもないだろう。少なくとも今井が気にならないレベルの会話しかしていないようだ。

「昨日と違って今日は何でスーツ?」

 髪色に変化は無いが服装が新社会人らしく新品なスーツに変わっていた。どういう風の吹き回しだろうかと疑問を持ってしまった。

「先輩とのペアルックですよ。今日はなんの海外ドラマを見ます?」
「おぉい今井よ。会社は仕事をする場で海外ドラマをパソコンで見るところでは無いのだよ。とはいえ、早速何か作業を割り振るほど情報を僕も持っていない」

 とりあえず、僕の持つ手札で考えられる事を挙げるならば、ど素人の今井カナをレベルあげすることだ。基礎から学んで戦力に成るまで成長させることも先輩として出来る手だろう。

 新しく始まるリプレイス作業は六月だったから、まだ時間は二ヶ月もある。新人の研修も一ヶ月くらいだったと思うから……あっ、そうだ。一般的な技術者と同じ様に今井も新人研修に投げ飛ばせば良いんだ。

 少なくとも海外ドラマを見て二ヶ月時間を潰すよりはいいだろう。

 僕はパソコンを起動して組織図を確認することにした。

 新人担当の社員が僕の同期に変わっていた。

 新人研修のスケジュールを見ると、約一ヶ月で基礎の勉強をするみたいだ。あまりにも過去で覚えていない……それに僕の場合は入社するまえからある程度の勉強を済ませていたから振り返る程度の内容だ。マナー講習なども含まれていたから一応、参加した方がいいな。

「おはよう西崎くん、今井くん」

 カウボーイが出勤した。一応、僕の上司は神下部長となるので話を通す必要がある。

「神下部長。おはようございます。今井を新人研修に参加させようと思うんですけど良いですか?」

 神下部長は帽子のつばを掴みながら何かを考えている風に自席へとゆっくり歩みを進める。

「良いだろう。話は通しておく」

 部長の許可も出た。僕は早速、メールを書いて担当の新垣ショウゴに今井が参加する内容を記載して送った。参加は早くて今日……遅くても明日からになる。

「話は変わるんですけど、神下部長。昨日って」

 僕がそこまで口に出した時に部長が口を開いた。

「本当にすまん。社長に捕まっちまったぜ」
「あぁー……」

 つまり、この上司がセッティングした飲み会に参加できなかったという事だった。仲の良い社長に捕まったならもう仕方ない。

 するとえっと?

 僕がどうやって家に帰ったか真相は闇の中である。

「大変申し訳無い。今井くん。昨日は楽しかったかい?」

 申し訳無さそうに見えないが部長が新人に尋ねる。

「はい! とっても楽しかったです。先輩が西崎さんで良かったです!」
「そうか……それは大変良かった。次は参加できるよう善処する」

 おや、後輩の今井から僕に対する評価が何故か高いように見える。でも、楽しかったと言ってるので気にしない事にした。

 一方、部長が次は参加すると言ったが短いスパンで新人を飲み会に拘束する事はしないはずだ。次は一ヶ月以上開けるだろう。

 神下部長は社長によく捕まる。話を聞いたところによると二人は同級生で若い頃にこの会社を立ち上げたらしい。今から三十年近く前の話になるんだろうけど、神下部長は会社の株を沢山持っている。

 執行役員という立場もあるので、よく何処かへ出かけて留守にする傾向がある。話は通るし聞いてくれるので僕にとっては気楽に接することが出来る上司だ。

 捕まらない時は高確率で社長と何処かに出掛けている。

「よし、今井。午前中はやることがない。神下部長がそうそうに連絡しなければ午後もやることがない」

 一応、研修担当に連絡はしたけれど話を通すと言った部長が動かなければ急な途中参加に同期の新垣も混乱するだろう。

「ふっ。やれやれ」

 早速、僕の言葉を聞いて神下部長は携帯電話を取り出すと通話を始めた。

「研修かぁ……その間に先輩は何するんですか?」

 昨日の時点の僕ならやることが無いだろうけれど、仕事が振られていた。メールを覗いた時にリプレイス案件の環境構築が神下部長から届いている。

「昨日のつづきを一人で見るさ」
「あ、ずるい!」

 二人で見た海外ドラマはシーズンがいくつも出ており一週間の間にずーっと見てても終わる気配が無い。飽きずに見続けきれるか自信は無い作品だったが、僕の言葉に今井は悔しそうな顔をしていた。

「冗談だよ。必要な技術の洗い出しとかもするから、研修を頑張ってこい」
「頑張ります!」

 元気のよい返事が心地よい。この調子で頑張ってほしい。

「今井くん。話は通した。部長の神下が話を通した。頑張っておいで希望の星よ」
「部長! がんばってきまーす」

 そう言い筆記用具をカバンから掴み取ると今井はバタバタと研修に向かって飛び出した。

「二階の西棟が見える部屋で新垣って人が担当だからな」

 行く先も知らぬであろう新人に僕の声は伝わったらしく『分かりました』と返事が来た。

「……全く、私達には無い元気な子だな。それで、期待できそうなのかい?」

 昨日の二人で居酒屋に行った感触を尋ねられていると思うが僕は何も覚えていない。

「フレッシュな新人っていいですよねー。でも、うちらの仕事って地味なのでついてこれるか心配です」
「話は聞いたかも知れないが、私が無理言って来てもらった子だ。なるべく手厚く育ててあげたいものだな……」

 上司と想いは同じ様子で安心する。

「そういうなら絶対に次は遅刻せずに参加してくださいよ」
「君は根に持つなぁ。今度も捕まったら社長も連れてこよう」
「それだけは、勘弁を……僕もあまり話はしたことないですから」

 はっはっはと笑われて部長との会話は終わった。

 新人の今井が研修へ旅立ってる間に僕は頭痛と戦いながらやれる事をやろう。まずは、環境の構築を始める。何だかんだ神下部長は仕事を用意してくれていた。環境構築に必要な情報は受け取った。

 使用するサーバーに受け取ったデータをアップロードし作業を始めた。それに合わせて必要な技術を洗い出す。

 単純にシステムはプログラムという文字の羅列で成立している訳では無い。そのプログラムに読ませるデータも必要になるのだ。だから、データベースも構築する。

 このデータベースも実際に電力会社で使われているデータが含まれているので個人情報の塊だ。外部に流出しない環境を作り間違いが起きないように設定を確認する。

 そもそも何でこのリプレイス作業を僕等がやるのか……今井が居る時に説明する必要がある。

 何の理由があって僕等が仕事を請け負ってやるのか理解したほうがやる気に繋がる可能性もあった。意味不明で必要性を理解していない作業ほど無駄に感じてやる気にはなれない。

「それにしても……」

 僕が作業を開始して集中している間に神下部長もいつの間にか姿を消していた。実作業に参加しないので何処に行こうと構わないが一人しかいない作業部屋というのも寂しい。

「あたまいってー、水でも飲むか」

 平日に開催される飲み会程に後悔するものを僕は知らない。全く、昨日の僕は何で飲みすぎたんだろう。

 特に記憶が無いのがモヤモヤと気持ち悪さを増加させていく。

 しかもアップロードも量が多いし変なところにデータを移しても動かないから確認にも時間が掛かる。

 二ヶ月あるとは言え、あっという間に過ぎ去るに違いないので僕が頑張らないと一番苦労するのは恐らく今井だ。

 焦っても仕方ないので、のんびりと作業を進めた。
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