顔採用の新人社員が部下になった。

Yuhきりしま

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 金曜の予定は随分前から決まっていた。僕は資料を纏めて会議室の席に座って神下部長が来るのを待っている。

 今井は作業部屋で引き続き手を動かしてもらっていた。なので、本日は部長と二人で話し合う予定である。自分で言うのも何だけど、意外と売上が出そうで驚いていた。新部署は基本的に金にならない事が多く上の人間からは煙たがられるのは珍しくない。人員を割かずに主力案件に人材を当てた方が売上として目に見える結果が分かりやすい。

 何か事件が起きて主力案件が傾いた時を考えると新しい事に手を出す必要性がある為、神下部長が新しく作ったと理解している。

 とりあえず未来への足がかりを築ければ一年目の結果として良い方だろうと思う。

 少人数の部署で従業員が部長を含めて片手にも満たない弱小部隊というのが現状である。

 今回の案件で僕が内容を精査し、スケジュールを立てた結果――年間売上が五千万となる見込みだ。

 一年目かつ、ほぼ戦力外の今井を考慮してもこれくらいは取れる。少人数でこの売上なら十分戦力として見なされるだろうと僕は思った。そして、神下部長も会議室に到着すると僕がこの一週間で用意した資料を説明する。

「増員できる人次第では変更対応も含めて最大……億に届くかもしれないって感じです。僕の予想ですけれど」

 結局は相手側の都合で追加したい機能も良い機会だと判断されてお願いされる場合も少なくない。そこで増員することが出来るなら手が回る。売上は二倍を見込むも、その時は多くの増員が予想されるので人件費で殆どを失ってしまうが数字のインパクトはそれなりにある。

 新部署で億を超える売上を叩き出せれば今後も主力として今井以外の人員を増やして貰える可能性が増える。

 社会という物は結果さえ出せば、都合が良い方に進んでくれるのを僕は知っていた。仕事に使うからもっと性能の良いパソコンが欲しい、長時間座る椅子を良い物に変えて欲しいと言った要望も、予算が余っていれば優先して環境改善に手を付けきれる。

 僕の考えた完璧なスケジュールを見た神下部長は僕に言った。

「最近、稼働が高くないかね青年」
「調査に時間が掛かりまして……でもまぁ。早めに多い領域をウチが受け持つ形に出来ないと他社が持ってっちゃいますからね」

 業務知識が要らない部分を率先して受けようと僕の計画では触れる部分を大量に独占する事で利益をあげる。粟乃さん達も僕等にだけリプレイス案件をお願いしている訳では無いのは知っていた。

 新環境の構築を僕が行っていた本番環境とテスト環境を粟乃さん達に共有するのは勿論。名前を耳にする企業達も使える様に提供している。なので、競合相手は存在する。

 早めに広い領域で話を進めてしまえば売上が他社と分散せず多くの依頼を僕達で進めることが出来る。だから、この一週間は優先順位の高い作業で僕の稼働は高くなった。

「資料は良く出来ている」
「ありがとうございます。割りと頑張りましたからね」

 殆ど終電ギリギリに帰宅して終わらせた努力の結晶である。

「よく出来ては居るが、このスケジュールは通せない」
「え?」

 神下部長の息遣いが聞こえる。それほどまでに会議室は静まり返り……僕はどうして通らないのか理解が出来ない。今井は新人だからちゃんと考慮している。僕と違って殆ど残業も必要なく、彼女はのびのびと仕事が出来る想定だ。

 それなのに通らない。何処が悪かった?

 僕はもう一度、資料に目を通す。期間もギリギリでは無く余裕を持ち、最悪なにかあったら僕が残業――稼働を高めれば丸くおさまるはずだ。ひとつひとつの機能に関しての見積もりも大きく八木さんと乖離も無い。多少のズレは存在するが、想定内の範疇で神下部長が通さない理由が見つからない。

 僕が見つけきれないのでは無く。そもそも理由が無いんじゃないかとさえ疑ってしまった。あぁ、なるほど。

「普段、悪い冗談を言わないので驚きましたよ。資料はちゃんと出来てるのは共通認識なので……ま、僕なら出来ますよ」
「会議ともなれば私も真面目だ。今回は売上の上限を一千万で組み直してくれ。やってみて余裕があれば追加する事にしよう」

 会議はこれで終わりだと言わんばかりに神下部長はカウボーイハットに手を伸ばして自然と被った。そして、立ち上がりその場を離れようとする。

 意味が分からない。僕は神下部長が何を考えているのか理解出来ない。

「ちょっと、待ってください。一千万ってそんなの……僕一人だとしても金額が低いじゃないですか。それじゃ、今井も含めると赤字が見えてしまいます。一時的に協力会社からの増員も考えていたので」

 去ろうとした足を止めて神下部長は力強く真っ直ぐと僕の目を見て口を開いた。

「納得出来ない様に見える……私の考えを教えようか?」

 冗談では無く、最低売上を想定していた五千万を捨てて上限一千万で予定を組む。僕が隣の部署でお手伝いをし、今井が試験勉強に明け暮れていた時でさえ百万程の金額で動いていた。

 一年は十二ヶ月存在する。最低でも一千二百万は無いとおかしい、それにウチには今井カナが存在する。彼女も何れは戦力となるはずなので、タダ同然……売上ゼロ想定で稼働させるのは意味がないと僕は思った。

 目上の人が何を考えているのか分からない。でも、神下部長が『教えよう』と言っている。納得できる答えを求めて僕は素直に首を縦にふることにした。

「では、この条件を完遂したら教えよう。青年は稼働が高かったので来週二日は休んで貰う、今日も午後から休んで貰って構わない」
「お断りします。では、一応……年間売上が一千万になるくらいで資料を纏めて送るので確認してください」

 今日の会議が終わった。最後の最後に神下部長が満足そうに口角を上げていたのが気になる。というか、期間や条件をつける理由が分からん。理解不能で僕としては多少怒りもするが、あの人はそういう人だと昔から認識している。睦月との三人で飲む時も似たような感じなので慣れっ子である。

 今回の結果としては不満が多く残る。その様子が今井に悟られた。

「先輩元気ないですね。会議でコテンパンにされましたか?」
「んー。そこそこ。てか、最近は残業も多かったから午後から休めとか言われた。ついでに来週頭も休めってさ」
「わぁお。先輩めちゃくちゃ良いじゃないですか! 休んでリフレッシュです」

 待ってましたと言わんばかりにカバンからチラシをバラマキ直近のイベントや気になっているお店を今にもマシンガンの勢いで喋りそうだったので僕は止める。

「でも、断ったから。僕は仕事に出るよ」
「えぇー!? 折角休めるのに?」

 しょぼくれる今井に僕は断った理由を教える。

「僕が休んだら今井が困るだろう。何処まで何をやっていいとか長期でスケジュールを組めてないからね。今後絶対に必要となる作業をして貰ってるけど、範囲は定まっていない。むしろ、僕が休むと今井が仕事を見失ってサボりそうだ」

 ぱっと今井が何故か明るくなった。僕が変なことを言ったかもしれない。でも、明るくなる要素は振り返っても分からない。

「先輩が居なかったら直ぐに海外ドラマを見て過ごしますからね。今井カナが、仕事するかしないかは先輩に掛かっていると言っても過言ではありません。先輩が居ないと神下部長は基本居ないので私が何をしてもバレません」

 堂々とサボる宣言をするとは肝が座っているとも受け取れる。しかし、直属の上司に告げるのは如何なものか。

「あぁ、午後からやることも殆ど無くなったし今井の成果物をチェックするか」
「はぁい! 是非とも先輩はちゃんと私を見てくださいね」

 ニッコリと笑顔を浮かべながら今井と成果物のチェックをするだけで日が暮れた。

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