黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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24章

悪い予感 4 クミン視点 終

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「小鬼見習いの情報に異常が見られましたのでぇ~検査の為にぃ、こちらにくださいねぇ~?」

 そう言って、従業員の一人で事務員をしている大人の小鬼を肩に連れている男性がにこやかに笑う。

 どうしよう? 目のことがバレた?
さっきの旦那様を怒らせたことでも、かなりヤバい状況なのに……。
ミヤにもルーフにしようとしたことが、バレたかもしれないのに。
これ以上は、後がない。

「どうかしましたかぁ~? 早く小鬼見習いを渡してくださいねぇ~」
「……はい」

 自分の小鬼二人を手渡し、ドクンドクンと緊張で汗が全身から吹き出しそうだ。

「なにか、ありましたかぁ~?」
「いえ、なんでも!」

 にこやかな顔をしているのに、この事務員の目は殺気じみていて怖い。

 私は、私は悪くない。
悪いのは、目薬を渡してきた男だ。
でも、この見習いの中にまだ残っているだろうか?
顔を覚えておけばよかった。

「小鬼見習いの回収が終わりましたのでぇ~、お仕事に戻って下さいねぇ~?」
「あ、あの、その子達はどこに連れて行かれるんですか?」
「この子達ですかぁ~、製薬室で検査になりますかねぇ~?」
「そうですか……小鬼達、検査頑張ってね」
「はいでーす!」
「行ってくるのですー!」

 キャイキャイした声で笑う私の小鬼達……どうしよう?
でも、目のこと以外では、私はあの子達に良くしていたから……大丈夫よね?
それに、まだ、目のことって決まったわけじゃない。

 ニ十分程して、再びあの小鬼を連れて行った事務員を見た。
さっきとは様子が、全然違う。

「小鬼見習いに、目薬を渡したかと聞いているッ! サッサと白状しろ!」
「ヒィッ」

 一人の見習いを捕まえて、今にも殺しかねない様子で、他の従業員が数人がかりで「落ち着け! テンッ!」と叫んで止めに掛かっていた。

 目薬のことを言っていた。
やはり、目のことがバレたんだ!!
どうしよう? どうしよう? どうしよう?

 そうだ、小鬼達に私は無実だと庇って貰えれば、悪くないと言わせれば助かるかもしれない。
製薬室へ駆け込むと、小鬼達がベッドの上に居た。
でも、チョーカーをしていない。どの子がどの子か、見分けがつかない。

「私の、私の小鬼達はどの子!? ねぇ、あなた達、私はあなた達に酷い事なんてしてないわよね? アレは親切であげた物で……ねぇ? どの子よ!」

 早く自分が私の小鬼だと前に出てきなさいよ!
どうして、そんな怯えた目で私を見ているのよ? 目薬をあげたら喜んでいたじゃない!

「親切で目の神経を壊すなんて、普通ないよねぇ?」

 その時、小鬼の下に人が居ることに初めて気づいた。
黒い髪、黒い三角耳に、黒い尻尾、それに、この声は大旦那様?
少し眠そうな声だけど、大旦那様なら話せばわかってくれるかもしれない。
私は床に即座に正座する。

「お、大旦那様! 私は騙されたんです! あれは目に良い物だと聞いて……だから、私は騙されたんです!」

 信じて下さい! 大旦那様、私はあなたの未来の従業員で働き手なんです!
大旦那様が笑いながらベッドに座り直すと、小鬼達が大旦那様に集まる。

「騙されたって、誰にさ? それにオレは大旦那じゃないしね。目の色が違うでしょ?」

 大旦那様じゃ、ない?
確かに、大旦那様は金色の両目のはずだ。
私が迷っていると、【刻狼亭】の大旦那様の息子で旦那様の弟だという。
だったら、この人が私の突破口になる。

「ミヤです! 見習いのミヤって子に騙されたんです!」

 これで、邪魔なミヤは確実に居なくなる。
目薬のことも、ルーフにしようとしたことも、ミヤのせいにしてしまおう!
私は、ミヤのことを弟様に話し、「嘘は一切ない」と言い切った。

「そう、なら父上達にオレからも言っておくよ」

 やった! 私は、助かったんだ! これで、邪魔者は居なくなる!
ああ、笑いが込み上げそうだ。温泉大陸の住民でも当主の【刻狼亭】に牙を剥けば、追い出される。
これで温泉大陸からもミヤは居なくなるに違いない。

 従業員や見習いを旅館の大広間に集めろと弟様が言い、私は急いで「ミヤが小鬼に目薬をばら撒いた犯人で、今から集められるのはその話らしいわ」と、言って回った。
この中に、目薬を渡してきた男が居るなら、これに便乗するはずだから、みんなで口裏を合わせればいい。

 緊急招集で大広間には、従業員と見習いが集められた。
ミヤは見た事もない氷のような色の背の高い男を連れていて、たまに笑っている。
笑っていられるのは今のうち、旦那様がミヤを前に呼ぶ。
さぁ、ミヤ。
お前はここで、終わりになるのよ!

 旦那様はミヤ以外にもルーフや見習いの人を前に呼ぶ。
目薬を使っていた人がこんなに、居たのか……。

「では、前に出た人達は、今までありがとうございました」

 ええ、今で本当に邪魔だったのよ。早く、出て行けばいい。
そう思ったのに、彼等は見習いの羽織を脱いで、他の従業員が持ってきた羽織を着る。

「今、前に出て貰った人達は【刻狼亭】の従業員で、見習いの皆さんの仕事を査定してもらっていた方々です」

 嘘、嘘、嘘よ。
ミヤは……羽織は脱いだけど、従業員用の羽織は着ていない。
ルーフも同じだ。
どういうこと? この二人は従業員なの? 違うの? 

 従業員列に、前に居た人達が戻り、ミヤとルーフだけ残っている。
それに、ミヤの後ろには氷色の男がずっと立っている。何だと言うの?

 旦那様が弟様から私の話を聞いてくれたと、みんなの前で私の名を呼んでくれた!

 でも、ミヤの後ろの氷色の男も気になる……。
ミヤを見れば、困った顔をして目を逸らしていた。
ピンッときた。
あれは後ろめたいことがあるからだ!

「はい。そうです! そこに居るミヤが、小鬼の目に良い物だとくれたんです! 他に目薬を貰った人もきっとミヤから貰ったんです」

 私の言葉に、ミヤに騙されたと言う声が出る。
そして、騙された私を含めた八人が前に出ると、旦那様が目薬についての噂や話を他の見習いに聞いたりしていた時、「エーベ」という男の名が上がった。

 狼狽うろたえた男、エーベを見て、ああ、そういえばこいつに貰ったんだったと、思い出した。
エーベがミヤを指さし、「ミヤに貰った! ミヤが仕組んだことだ!」と騒ぎ立てた。
ミヤもこれで、終わりだ。


「そんなことをしたんですか? 母上」


 旦那様の口から、驚きの言葉が出る「母上」と……。
そして、目の前のミヤが少し目を細めて笑う。

「私が大事な【刻狼亭】の不利益になるようなことをする、母親に見えるの?」 

 母親……?
 
 ミヤが、旦那様の、母親?

 違う、違う、だって、大女将様は黒髪で黒目の女性だと聞いたもの。

「待って、旦那様のお母上なわけ、ないじゃ、ない? だって、『温泉大陸の黒真珠』の髪がオパール色なワケない! だって、髪も眼も黒いはず……でしょう?」

 ミヤと目が合う。
黒い黒曜石のような目が私を見つめ返す。

 従業員がルーフになにかを渡して、ルーフがそれを口に含むと扇子で隠し、ミヤに口移しで飲ませると、ルーフとミヤの髪の色が黒くなっていく。
ミヤが三つ編みを解き、頭を振ると、扇子を手に持ち、ニッコリと笑う。

「さて、自己紹介がまだでしたね? 私は【刻狼亭】十五代目の番で大女将のアカリ・トリニアです。旧姓から捩り『ミヤ』と、名乗らせてもらっていました」

 ミヤが、大女将様?
そんな、バカな……嘘よ、だって、こんな子供にしか見えない子が大女将?

 ミヤが前に立っていた。
可愛らしい少女が悪戯いたずらを成功させたような満面の笑顔だった。

 嘘よ、嘘よ、こんなの有り得ない。
嘘と、声が出ていて、頭が真っ白で、ミヤが色々喋るのに、頭に入っていかない。


「お願いです! 私はお役に立ちますから! 期待していたなら、もう一度チャンスを__っ」 

 そう言って取りすがろうとしたら、両肩に痛みが走り、ルーフと氷色の男に足蹴にされていた。

「私のつがいと従者のは、私を傷つける者を決して許さないの。与えたチャンスを無下にして、あまつさえ、またチャンスが欲しいなんて、図々しいですよ?」

 番、なら、ルーフは大旦那様?
ああ、そういえば、何処かで弟様を見た気がした。そうだ、ルーフの顔だ。

 その後は頭がカッとなって、よくは覚えていない。
気付いた時には氷色のドラゴンの手に踏みつけられて、全身に痛みが入って、気を失ったんだと思う。
気を失う寸前に、ミヤの声を聞いた。

「言ったでしょう? 私を傷つけようとした者を、私の従者は許さないと」

 初めから、私達、見習いは小鬼ではなく、ミヤを含めた【刻狼亭】に見張られていたんだ。

 自分が感じた、悪い予感は、これだったんだ。

 でも、気付いたのが遅すぎた___。



 座敷牢に入れられて、事務員の小鬼を連れた男の人がニッコリ笑っていた。

「小鬼見習い達の目薬と同じ物をどうぞ~」

 目をこじ開けられて、目薬をさされた。

「嫌ぁ! 目が見えなくなるのは、嫌よ、嫌よ!」

 気付いたら、暗い部屋に居た。
そこは【刻狼亭】の中だった。
【刻狼亭】の中に居るのに、どこにも人が居ない。
歩いても、歩いても、階段と部屋が続く、黒を基調とする薄暗い【刻狼亭】の中を私は叫びながら歩く。

「誰か、誰か居ないの!」

 目がおかしくなっているの?
これは脳が誤作動しているせい?
怖い、怖い、怖い。

 こんな怖いところにもう居たくないのに、気付くとここに戻される。
どうやって戻っているのかもわからない。
歩いても何処にもたどり着けない、絶望の中で、自分のしたことを悔いた。
そして、こんな目薬を使わせていたんだと気付いた。

小鬼達に、こんな酷い事をしていたんだ……。

「ごめんなさい、小鬼達、ごめんなさい……私が、悪かったわ……許して」
 

 ポチャンッと音がして、遠くで声がする。

「ただの、目薬なんですけどねぇ~。まぁ、謝れたのならいいですよぉ~。ふふっ、他の子はいつ謝罪を口にするでしょうねぇ~」

 目を開けると、座敷牢。

まだ、【刻狼亭】の中だということに、私は絶叫した。
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