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第一話 信頼
しおりを挟む幼い頃に許嫁になって以来やっと来た婚約式。
皇帝は完璧なパーティーにする為にどの執務よりも優先して準備した。
それこそ、打ち合わせ以外ではダリアに会う暇もない程だった。
それでもようやく彼女と正式な婚約者になれる事に皇帝アスターは舞い上がってしまいそうだった。
そんな気分をぶち壊しにしたのは信頼する秘書官が珍しく感情的に執務室に入ってきて言った一言からだった。
「ダリア様は自覚が無さすぎます。陛下から一言申した方が良いかと……」
切迫した表情と声色で珍しく気を乱していった秘書官の口から愛してやまない「ダリア」の名が出た事に反応した皇帝アスターは「何だ」とパーティーの段取りを話していた執事長から秘書官に視線を移した。
「陛下の婚約者ともあろう者が、子息達と気兼ねなく話し、ましてや二人きりになるなんて……」
「カルミア様、そのような話は初めて聞きましたが……」
「執事長はダリア様を甘やかすではありませんか、少し口を挟まないで下さいませ」
「どういう事だ、秘書官」
「私にも名前があります陛下」
(何だったか……)
執事長がひっそりと「カルミア」と耳打つと皇帝は「ああ」と声をあげたあと、焦った様子で言った。
(長い間働いているのに名を覚えていないのね……)
「早く話せ、カルミア」
「因みに家門の名はご存知ですか?」
「当たり前だ、早く話せ」
国の事とダリアの事以外に興味を示さないアスターの信頼を得る為には仕事で有能だと思われるしか手がなかったカルミアは必死で有能な秘書官の地位を手に入れた。
何を捨てても仕事を優先してきた結果、見事に秘書官として彼の信頼を得る事ができた。
婚約者も、恋人も居ないカルミアを笑う者もいたが、けれどもそれは思うほど悪い状況ではなかった。
彼はカルミアを、真面目で勤勉で正直な秘書官だと信頼していたので彼女の報告を疑う事は無くなっていた。
彼のタイを締め直す事も、彼に王冠を被せる事も、アスター自身は嫌がったがそれを「秘書官の仕事です」と感情を隠して義務的に言うカルミアの言葉に渋々頷かせる程には信頼を得ていた。
有能な秘書官は、思いの外良いポジションだった。
(二人きりだったのは従兄弟で、準備の関係で一瞬だけらしいけどバレても知らなかったと謝れば問題ないわ)
「パーティーの準備中に、バルコニーでどこかの令息と二人で話していたらしいです。それにパーティーや茶会では陛下の目を盗みいつも多くの子息達がダリア様を囲みますがそれを嬉しそうに受け入れては……」
「もういい、下がれ」
アスターの気が立った様子に、カルミアはアスターはプライドが高いからそれを許さないだろうと考えてあえて誤解を招く言い方をしたのだ。
パーティーでは令息だけではなく、令嬢や夫人達までもがダリアと話したがった。
彼女は高貴でありながら相手にプレッシャーをかけず、気さくでそれでいて侮られることの無い隙のない皆が憧れる女性だったからだ。
子息達もまた、少し怖い所があるものの完璧な皇帝であるアスターの婚約者を奪おうなどという考えは無く話してみたいと有名人に挨拶をする感覚で皆が彼女に挨拶していく程度だった。
従兄弟のフレジオは宝石商を持つ伯爵家の子息できっとパーティーの準備や、執務関係で話があったのだろう。
けれど、カルミアにとって真実ではなく事実が大切だった。
(プライドの高いアスター様は、決して裏切りを許さない)
ただ一つ、彼女は勘違いしていた。
アスターはプライドから怒りを露わにしたのでは無かった。
彼はダリアを溺愛していた。愛してやまなかった。
それ故に嫉妬深く、今の所上手く隠してはいるものの近頃どこかそっけない彼女に不安を抱いていた事もありカルミアの言葉を信じてしまったのだった。
ダリアとしては、カルミアをあまり好いておらず皇帝の執務には求められない限り口出しできない恋人よりも、秘書官を頼りにしているような気がするアスターに下らない嫉妬心をぶつけてしまわぬよう言葉を呑み込んでいただけの事だった。
正式に婚約者となれば、少しはアスターの役に立てるだろう。
パーティーが無事進めば、両家が皆の前で署名して二人の正式な婚約を皆で祝うだろう。そして二年後の二十の歳には成婚し皇后となる。
その伝統儀式を前に、ダリアは今日のパーティーを完璧にするつもりだった。
なのに……
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