あなたの嫉妬なんて知らない

abang

文字の大きさ
3 / 27

第二話 自由

しおりを挟む
突然やって来て怒りに満ちた瞳で、声を低めるアスターの少し離れた背後で、嘲笑うように口元を吊り上げた秘書官を見て何故かヒヤリとした。


彼女が自らの豊かなドレスの胸元をツンと指差して捲ると見えた赤い華は男女の情事を思わせるものだった。


実際にはアスターが付けたものではない上に、そのような事実はないのだが婚約パーティーを前に忙しくて中々会えなかったお互いよりもずっとそばに居た彼の信頼する秘書官とそうなる事もあり得なくは無いと不安になる。


そんな事にも気付かずに、ダリアを睨みつけるアスターの瞳を見ているとふと、


ダリアは日頃からカルミアに不信感を持っていた所為で、何度かアスターと言い争いになった事を思い出した。


"あの方は少し、信頼感にかけます"

"仕事は完璧だ。忙しい中で有能な者を理由なくクビには出来ない"

"ですが……"

"陛下、失礼します。会議の時間です王冠を……"

"秘書官、私がやります"

"ダリア、君はいい。秘書官に任せる"



少し屈んで頭を差し出した皇帝を見て傷付くダリア。



(隣にいてもいつも見上げないといけない貴方は彼女に、背丈を合わせてその髪に触れさせるのね)



ダリアの前ではいつも堂々として、完璧なアスターだった彼が崩れたタイを直して貰い王冠を被せてもらう為に背丈を合わせる姿がとても信頼し合っているように見えて酷く胸が痛んだ。

何かあれば「秘書官」「秘書官を呼べ」と彼女を頼り、いつもどんな執務にも同行する秘書官は許嫁のダリアよりも遥かに彼と多くの時間を過ごしていた。



アスターは大切で高貴な彼女に世話係のような仕事をさせるつもりがないだけでましてや秘書官は部下でダリアは対等な存在だと考えていた為、ダリアのそんな気持ちには一切気付かなかった。



美しく完璧な彼女の前では、完璧なアスターで居たいという男のプライドだった。ただ彼女に格好をつけたかったのだ。



それでもダリアにとっては甲斐甲斐しく世話を焼くカルミアと渋々でも受け入れるアスターが仲睦まじく見えた。



些細な嫉妬や信頼を長い時間をかけて揺さぶったカルミアの策に気付かぬまま二人はお互いの気持ちを疑うことになった二人はついに不満をぶつけ合う事となった。



「あなたが尻軽だとは知らなかったな」


「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」


「は……終わりだなんて、」



アスターの声を遮るように背後からゆっくりとカルミアの声が近づく。




「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……




 "今日の主役が二人も抜けては"」


意図は分からないが、きっとアスターを愛しているのだろうわざとらしいカルミアの芝居にも気付かないアスターにもダリアは吐き気がした。





「秘書官」


「名前があります、陛下」


「カルミア、少し外してくれないか」



(秘書官の手に掛かれば皇帝も大型犬のようなものね)




「あまり気を立ててはいけません陛下、昨日も(執務で)あまりお眠りになっていないでしょう」



「ああ、そうだったな」




「!!」


「ダリア……とにかく後で話そう」



「はー、もういいわ」



「は……ダリア何を……」



と無理に婚約する必要はないわ皇帝陛下、私は帰ります。儀式ならお二人で勝手にして下さい」



「なぜ、カルミアが出てくるんだ!」



「鈍い人ね、さよならアスター」



「ダリア!!」


「アスター様大丈夫です。貴方は素晴らしい男性です。ダリア様は少し我儘な所があります、きっとダリア様も明日には思い直すでしょう」



アスターの両手を慰めるようにぎゅっと握ったカルミアにアスターは返事をしなかったが手を振り払うと背を向けて会場に戻った。



「ルチルオーブ家の者達は急用で皆退場されました」


「では、婚約式は……」


「次の機会になります、陛下」


「ーっ!俺は帰るが皆はゆるりと過ごしてくれ」


執事長の心配そうな視線に気付かないアスター。


それでも優先順位が低いものとはいえ、今日の為に後回しにした仕事は待ってはくれないのだ。



「秘書官、来い!」


「……!はいっアスター様!」




「ねぇ……見た?」

「あぁ、陛下とダリア様は何か険悪な雰囲気だったぞ」


「秘書官様と陛下はどう言う御関係かしら?」



異例の事態に会場では様々な憶測が飛び交った。



一週間が経っても婚約式についての発表がない上に、公の場でも並んでいない二人に破局の噂が流れたのはすぐだった。
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

【完結】最後に貴方と。

たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。 貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。 ただそれだけ。 愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。 ◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします ◆悲しい切ない話です。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...