あなたの嫉妬なんて知らない

abang

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第四話 嫉妬

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とあるパーティーの夜だった。


すぐそこにいるのに、触れる事を許さない恋人を穴が開くほど見つめる皇帝アスターは、彼女の綺麗なミルクティー色の色素の薄い茶髪も、どんな宝石よりも美しい金色の瞳も、白い肌も全て隠してしまいたいと思っていた。



彼にだけ見せた、蕩けた笑顔も頬を染め困ったように見上げる金色の瞳も、「アスター……」と呼ぶ切なげな声もぜんぶ……


(他の男には知られたくない)


自分だけが知っているという優越感、ダリアの美しい全ては自分のものだという独占欲は彼女を死ぬほど愛しているからこそ募るものだった。


パーティーで座ったことなど無かった彼女は、ソファに座ってその美しい姿勢としなやかに整った曲線で男達だけでは無く女性までもを魅了していた。



群がる者達に愛想良く微笑むダリアがひとりの令嬢の頬に触れてまるで艶やかに挑発するように美しい唇を吊り上げた所で、会場中の視線は皇帝の自分よりも彼女に夢中になった。


ドクンと心臓が波打った。


(そんな顔、知らない。触れるな、俺のだっただろう)


相手が女性だと分かっていても抑えられない感情だった。


婚約パーティー以来全く接触しない二人、ましてやダリアは自由に振る舞っているし何故かアスターには秘書官との出所の分からない噂が立っていた。


皇帝とダリアは破局したのではないか?と社交会は専らの噂で皇族に連なる公爵家の出でありながら気立でも良く、魅力的な彼女の次の男になろうと男達は躍起になっている。


あの、綺麗な髪がとても柔らかいことを知っているのも自分だけの……


「!?」


自分ではない男の指がダリアの髪に触れた。


少し恥ずかしそうに何かを言ったダリアに何かの感情を堪えるようにそっぽを向いたのは彼女の幼馴染であるシオン・コリウス小公爵だった。


令嬢達がきゃあと悲鳴にも似た声をあげて二人の姿を惚れ惚れとした様子で見つめる。


どんな会話をしているのだろうか皆が笑って、シオンが頬を染めると隣を指したダリアに渋々と言った様子で座ろうとした彼に思わず身体が動いていた。



「悪いな、そこは俺の席だ」


キャアキャアと令嬢達が黄色い声を上げる中で、困った様子のシオンと表情では感情が分からないダリア。


シオンの前に伸ばしたアスターの腕を払い退けて「シオン座って、直してあげるから」と言った彼女の声に従うように遠慮がちに頷いて座ったシオンの首元に少しだけついた口紅のようなものをハンカチで拭いて、タイを直してやるダリアにじわじわと胸の中を燃やす嫉妬心が湧き上がる。



「ダリア、公爵令嬢の君がする事ではない」

(触れるな……俺以外に、触れないで)


「そうね、貴方はいつも秘書官にして貰っていたから私がタイを締め直せる事を知らなかったでしょうね」



「ーっ何が言いたい」


「いいえ、何も」


アスターがダリアの腕を取ろうと伸ばした手を絡めとるように取ったのは秘書官のカルミアだった。


「陛下、令嬢に許可なく触れては無礼になりますよ」


「ダリアは俺の婚約者だ、問題ない」


「ダリア様も未婚の男性に触れてはだと思われますよ」


「……」

(貴女が皇帝の指に指を絡めるの尻軽ではないのね)



「カルミア!」




カルミアの手を振り払って怒りの篭った声で言うアスターに怯まずに彼女は紫色の瞳を細めてアスターとダリアを睨みつけた。



「私は秘書官です、アスター様を出来る力で守る義務があります」


一見、真面目で融通の利かない秘書官だがダリアは今ならその言葉の裏があることを分かっていた。



(アスター様には私が居るから、あなたは用無しよ)



「そうね、私は自由よ。好きな時に好きな事をするわ、もう貴方に迷惑はかからない筈よ皇帝陛下」


「ダリア!」


「どういう意味だ?」と騒めく皆に二人の破局を裏付けようとするようなダリアの言葉に思わず声を荒げるアスター。


「ダリア!あなたは俺のものだ!」


「いいえ、違います陛下。私は私のものです」



立ち上がり貼り付けたような笑顔、完璧なマナーでそう言ったダリアはもうカルミアが口を出す隙もない完璧な公爵令嬢のものだった。



「アスター様、人目が多すぎます!一度戻りましょう」

「カルミア、少し黙ってくれ」


「ですが……!」



「いいえ、陛下。私が出ますわ……それではご機嫌よう、皆さま」


「あっ、ダリア……送るよっ!」


慌てて後を追うシオンを追おうとアスターが足を進める前に、彼の腕にしがみ付いて引き留めたのはカルミアだった。


「いけません陛下、人々の前でははしたない事はおやめ下さい。皇帝たる者堂々とされていなければいけません!」


「……離せ、戻る!」


舌打ちをして苛立ったまま、皇座に戻るアスターにカルミアは一瞬口元を歪めたが、ほんの一瞬でそれに気付いた者は居なかった。
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