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第二十話 過信
しおりを挟むカルミアはアスターの真意を探るように睨みつける。
「そ、それでも陛下は私の言葉を信じて下さっていたではありませんか!」
カルミアのその言葉にハッとして苦虫を噛み潰したような顔でアスターは、自分自身の想像力の貧しさに落胆した。
その瞬間の嫉妬や不安で、ダリアに稚拙で酷い言葉を投げつけてしまった事を後悔していたが、まさかダリアよりカルミアを取ったように見せてしまっていたとは、浅慮だった。
よく考えればダリアはずっと自分の幼稚な所に辛抱して、なお受け止めてくれいていたのではないか?
それが、このタイミングでとうとう愛想を尽かされたのではないか。
いつもは、彼女が受け入れてくれていたから簡単に仲直りできていたが、今回はカルミアの介入があり自分のものぐさな態度がダリアを誤解させ、カルミアを調子に乗らせた。
(そう受け取るだろうともっと冷静に考えるべきだったのに、冷静さを欠いて拗らせたのは俺だ……)
それでもカルミアに、そしてダリアに、はっきりと言っておくべきだと思った。今更でもちゃんと伝えるべきだと、
「元秘書官、お前の言葉だから信じたわけじゃない。俺はダリアの事になるといつも周りが見えなくなる、すぐにカッとなって……ずっと黙って受け入れてくれるダリアに甘えていたんだ。幼稚な独占欲で縛って……」
ダリアもまたハッとする。
アスターはかなり分かり難いが、確かに喧嘩をする時は彼の嫉妬が多かった。
ダリア自身カルミアのような女性が現れるまで嫉妬なんて言葉とは無縁で、考えた事もなかった為に彼の不安な気持ちには気付いてあげられていなかった。
今この瞬間も、アスターの言葉を信用してもいいのかと迷う自分が居るもののストンと腑に落ちたようにも感じていた。
けれど、ずっとアスター以外とプライベートでの関わりを殆ど持たなかったダリアの何が不安なのかと思ったが、もしかしたら理解できていなかった彼の言い分があったのだろうか?
ただ一つ信じられる部分と言えば、何にも興味を持たぬ彼が見せる空っぽの瞳がカルミアの前で輝く所を見たことが無いのだ。
「ダリア……すまない。許して貰おうと言っているんじゃなく、ただ貴女に謝りたい。愛しているのに、愛しているからと傷つけた事を」
(そう、この瞳……光が宿って、奥から熱を帯びた何かが訴えかけてくる)
「アスター、私……」
「陛下!?嘘です!私を大切にしていたはずです!」
「黙れ、女性の秘書官で一番に実績を上げていた者を執務室に引き上げただけだ!元々伯爵の執拗な推薦もあったし、皇后になるダリアに男の秘書官が常に付くのが嫌で、皇后の秘書官となる者を育てておくつもりだった!」
「え……じゃあ、私が女性で初めて執務室に上がったのは」
「ダリアの為だった!なのに俺が間違えた……っ」
半ばヤケクソなのか、珍しく感情を言葉にしてぶち撒けるアスターに、ダリアは呆れた様子で眉を顰めて子供を諌めるようにアスターに問う。
「何故、それならば私にも相談してくれなかったの?」
「貴女に相応しい環境を、居場所を皇宮に固めておいて少しでも皇后となった時の心労を減らしたいと思っていた、驚かせるつもりだった。ルーカスが戻り落ち着けば他の女性秘書官の教育をこの者にさせる予定だった……」
「……」
「ただ、いい格好をしたかったんだ。完璧な状態で迎え入れたかった」
「アスター、いい格好というなら私に罵声を浴びせるのを我慢することをまずにするべきよ」
「あぁ……すまない」
カルミアは絶望したように顔色を真っ青にしていた。
「う、嘘よ……私は眼中にも無かったというの……」
「お前の事など、ダリアと比較した事もない!」
「上手くやっていたはず……身の回りの世話だって」
「俺はダリアに皇后妃以下の仕事を皇宮で任せた事はない。優秀な秘書官を育てて仕事を楽にしようとしたのも、今でさえ忙しいダリアと会えないのが寂しかった、それに……早く子が欲しかったんだ」
「「えっ」」
これにはカルミアだけなく、ダリアまでもが思わず驚いて声を漏らした。
「皇帝である以前に、人の子として愛する女性との子が見たかった。温かい家族とはどんなものか、ダリアに似た子だったらどんなに愛おしいのか……」
恥ずかしそうに、けれども落ち込んだ様子で言うアスターは皇帝というよりまるで夢を話す子供のようだった。
彼に会う前は引っ叩いて「都合がいいのよ」と言ってやる場面を何度も考えていたはずなのに、うまく言葉が出てこなかった。
カルミアが半狂乱になって「嘘よ!!私の方が……!」と騒ぎ立てる甲高い声が耳に刺さる。
「ここで話す事ではなかったわね、それにカルミア……申し訳なかったわ」
「!!」
「は?何で貴女が私に謝罪をしてくるの!?」
「今は他人かもしれないけれど、あの時婚約者である私が未熟なばかりに貴女に誤解をさせたことは謝っておかないといけない。だからと言って罪が消えるわけではないけれど……」
「馬鹿にしてるの!?!?」
「いいえ。簡単な事だったのにと後悔しているの」
「ダリア……」
「??」
ダリアがアスターの頬を叩く音が牢に響いた。
看守と護衛が驚きながら近寄ろうとするのをアスターが手を挙げて制止する。
「いい。ダリアは、いいんだ」
「甘えるのも大概にして、アスター。愛してるからと言って貴方の思い通りにばかり動かないの。皆心が思想がある人間なのだから」
「……!!」
「私も、そうよ。正直言って貴方を愛しているわ」
「なら、ダリア……」
「でも……それ程貴方が未熟だとは思わなかった!もっと心を学びなさいよ!」
「すまない、ダリア」
「少し、考える時間を頂戴」
「ああ……ダリア、愛している」
「……先に戻るわ」
(あぁ私と違って、皇帝の頬を引っ叩いても不敬に問われないこの人に敵うわけがないのね……悔しくて、恨めしい、憎いわ)
「私だって……陛下を愛していました……」
「……すまない」
「ダリア様に叱られたから謝罪しているだけですね……」
「すまない」
「私など景色と同じだったのですね」
「……」
「悔しい……!!ダリアなんか居なかったら良いのに!!!」
「……もし居なくてもお前を愛する事は無い」
そう言って背を向けたアスターにカルミアはただ崩れ落ちた。
儚い、儚い夢だった。
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