あなたの嫉妬なんて知らない

abang

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第二十一話 過去

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アスターと会わない時間がダリアを徐々に冷静にさせた。


もうひと月は経っただろうか?

いいや、もうすぐふた月になるだろう。




新兵だろうか、まだあどけない男の子が木刀を振って騎士達に混じって訓練をしているのが見えてふと過去のアスターを思い出した。



「俺は、兄上の剣になるんだ!役に立つ弟になる」


そう無邪気に笑うアスターは今見えている男の子よりもっと幼かっただろう。それでもダリアの手を引いて歩く小さな背中は頼もしく感じた。



けれどその夢は彼の両親から、弟という立場から予め兄の剣となるように決められたものであって、本当に彼自身の思う夢なのかは分からなかったが、


それでも王子であるにもかかわらず大人の騎士達に混じって怪我だらけになって、涙を堪えて、踏ん張りながら強さを求めるそのひたむきな姿が好きだった。


彼は自分の立場や環境を嘆いた事も、環境や立場の所為にしたことも一度たりとも無かった。だからダリアもあえてアスターには何も問わなかった。




アスターはちょっと、変わっているし強さだけを求めて育てられた結果まるでよく笑う人形のようだった。泣いた所は見た事が無かった。



皆が彼に力を求め、アスターはただひたすらその声に答え続けた。


クーデターが起こった夜、皮肉にもそのおかげで躊躇なく人を斬り、身を潜め、思い切り走れた王座に興味が無いまだ子供のアスターは生き残れた。


(あの時はまだ幼くて、自分の身を守るのが精一杯だったのよね)



クーデターの混乱の中、命が助かった皇帝の器ではない無力な少年を彼の叔父が深く追う事はなかった所為もあっただろう。



兄の、両親の、乳母の、慣れ親しんだ騎士達の……血溜まりに横たわる姿を見てアスターはまず「まだ残っているものを数えた」



 「…はっ!……ダリア!!!」


幼い本人同士の希望により婚約者となった、アスターの唯一の愛する人だった。唯一心の在りどころだった。


剣だけを持って、血だらけで訪ねて来たアスターを見てダリアは酷く驚いた、あの時のアスターの姿を彼女は今も鮮明に覚えていた。



「……っ!アスター!!お父様っ!殿下が!!」


「殿下、ご無事でしたか……城にはルチルオーブの兵もいたはずです。何故お一人で……」



「ダリアまで失ったのかと思った、良かった……」


(我が身ではなく、ダリア我が娘の心配を……)



「……大丈夫よ、アスターのそばに居るわ」



「今のところ皇宮内を占拠された以外の被害は有りません。殿下はここで密やかにお過ごし下さい」



「ルチルオーブ公爵……俺は、皇帝になります」




「!!」

「アスター!?」



「……本気だ」



「どの道殿下は不本意であろうと何処かしらの派閥に担ぎ上げられるでしょうな……そして今の殿下では犬死にするでしょう」



「お父様、そんな言い方っ……」


「だが……あの能無し共に国をくれてやるのは私も些か気に入りません。命を懸ける覚悟がおありなら、娘の為にも貴方を皇座まで守りぬいて見せましょう」




「……約束する。皇座に座るのは俺だと、そしてダリアを何者からも一生守ると」



「交渉が成立しましたな」



ふと思い出した。あの時の会話を、アスターの碧く燃える瞳を。


あの日からルチルオーブはアスターの盾となり、剣となった。


けれどそれ以上にアスターの剣は強かった。


彼は望み通り、約束通り皇帝となった。


「兄の剣となる」筈の彼の夢は、「兄のようになる」事に変わった。



求められる、今までとは違う多すぎる期待にコツコツと答えるアスターはやがて、「父のような皇帝に」さらには完璧を求める周囲に応える為に沢山のものを削ぎ落として、彼なりの「皇帝」を務めていた。



(けれど剣を筆に持ち替えた途端に別人なのだから、驚くわよね)


そう考えて何故か可笑しくなって一人で笑う。



周囲の期待ほど器用ではなかったのだ。


そんなありのままのアスターを自分だけは受け入れて支えていきたいと思っていたのだ。


足りない部分はお互いで補い合えばいい。そう思っていた。



「私は……アスターの昔のような笑顔が見たかったのね……」




ダリアの前だけでは、面影を残すばかりを見つめていた、見失って、信じられなかったのは自分も同じだった。



私も、アスターではなくカルミアのジェスチャーを信じて疑った。



何故、アスターのことをよく知っていながら彼に問い詰め無かったのだろう。


自分もまた、皇后という位置を意識するが故に素直さや、ありのままを欠いていたのかもしれない。



「プライドだけ高くって困るわね、私ったら嫌な女」




ずんと心が重くなって、こんな時はいつもつい会いたくなった。


夜にはいつも心配になった。



(貴方がひとりで泣いていないか)























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