21 / 27
第二十一話 過去
しおりを挟むアスターと会わない時間がダリアを徐々に冷静にさせた。
もうひと月は経っただろうか?
いいや、もうすぐふた月になるだろう。
新兵だろうか、まだあどけない男の子が木刀を振って騎士達に混じって訓練をしているのが見えてふと過去のアスターを思い出した。
「俺は、兄上の剣になるんだ!役に立つ弟になる」
そう無邪気に笑うアスターは今見えている男の子よりもっと幼かっただろう。それでもダリアの手を引いて歩く小さな背中は頼もしく感じた。
けれどその夢は彼の両親から、弟という立場から予め兄の剣となるように決められたものであって、本当に彼自身の思う夢なのかは分からなかったが、
それでも王子であるにもかかわらず大人の騎士達に混じって怪我だらけになって、涙を堪えて、踏ん張りながら強さを求めるそのひたむきな姿が好きだった。
彼は自分の立場や環境を嘆いた事も、環境や立場の所為にしたことも一度たりとも無かった。だからダリアもあえてアスターには何も問わなかった。
アスターはちょっと、変わっているし強さだけを求めて育てられた結果まるでよく笑う人形のようだった。泣いた所は見た事が無かった。
皆が彼に力を求め、アスターはただひたすらその声に答え続けた。
クーデターが起こった夜、皮肉にもそのおかげで躊躇なく人を斬り、身を潜め、思い切り走れた王座に興味が無いまだ子供のアスターはひとりだけ生き残れた。
(あの時はまだ幼くて、自分の身を守るのが精一杯だったのよね)
クーデターの混乱の中、命が助かった皇帝の器ではない無力な少年を彼の叔父が深く追う事はなかった所為もあっただろう。
兄の、両親の、乳母の、慣れ親しんだ騎士達の……血溜まりに横たわる姿を見てアスターはまず「まだ残っているものを数えた」
「…はっ!……ダリア!!!」
幼い本人同士の希望により婚約者となった、アスターの唯一の愛する人だった。唯一心の在りどころだった。
剣だけを持って、血だらけで訪ねて来たアスターを見てダリアは酷く驚いた、あの時のアスターの姿を彼女は今も鮮明に覚えていた。
「……っ!アスター!!お父様っ!殿下が!!」
「殿下、ご無事でしたか……城にはルチルオーブの兵もいたはずです。何故お一人で……」
「ダリアまで失ったのかと思った、良かった……」
(我が身ではなく、ダリアの心配を……)
「……大丈夫よ、アスターのそばに居るわ」
「今のところ皇宮内を占拠された以外の被害は有りません。殿下はここで密やかにお過ごし下さい」
「ルチルオーブ公爵……俺は、皇帝になります」
「!!」
「アスター!?」
「……本気だ」
「どの道殿下は不本意であろうと何処かしらの派閥に担ぎ上げられるでしょうな……そして今の殿下では犬死にするでしょう」
「お父様、そんな言い方っ……」
「だが……あの能無し共に国をくれてやるのは私も些か気に入りません。命を懸ける覚悟がおありなら、娘の為にも貴方を皇座まで守りぬいて見せましょう」
「……約束する。皇座に座るのは俺だと、そしてダリアを何者からも一生守ると」
「交渉が成立しましたな」
ふと思い出した。あの時の会話を、アスターの碧く燃える瞳を。
あの日からルチルオーブはアスターの盾となり、剣となった。
けれどそれ以上にアスターの剣は強かった。
彼は望み通り、約束通り皇帝となった。
「兄の剣となる」筈の彼の夢は、「兄のようになる」事に変わった。
求められる、今までとは違う多すぎる期待にコツコツと答えるアスターはやがて、「父のような皇帝に」さらには完璧を求める周囲に応える為に沢山のものを削ぎ落として、彼なりの「皇帝」を務めていた。
(けれど剣を筆に持ち替えた途端に別人なのだから、驚くわよね)
そう考えて何故か可笑しくなって一人で笑う。
周囲の期待ほど器用ではなかったのだ。
そんなありのままのアスターを自分だけは受け入れて支えていきたいと思っていたのだ。
足りない部分はお互いで補い合えばいい。そう思っていた。
「私は……アスターの昔のような笑顔が見たかったのね……」
ダリアの前だけでは、面影を残すアスターばかりを見つめていた、見失って、信じられなかったのは自分も同じだった。
私も、アスターではなくカルミアのジェスチャーを信じて疑った。
何故、アスターのことをよく知っていながら彼に問い詰め無かったのだろう。
自分もまた、皇后という位置を意識するが故に素直さや、ありのままを欠いていたのかもしれない。
「プライドだけ高くって困るわね、私ったら嫌な女」
ずんと心が重くなって、こんな時はいつもつい会いたくなった。
夜にはいつも心配になった。
(貴方がひとりで泣いていないか)
230
あなたにおすすめの小説
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
こちらは恋愛ファンタジーです。
貴族の設定など気になる方は、お避けください。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる