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甘い香りと緩い殺傷
しおりを挟む暫く読み続けると、本を返すのか席を立ったシエラに反応するようにリヒトも席をたった。
「もう、お帰りに?」
「いえ、本を替えに。読み終わったので….」
「手伝います。」
ふたりで本を本棚に返しながらシエラの後ろ姿を見ているとふと気になる。
「シエラ皇女は、私を好きだったのではないのですか?」
「…ええ、好きでした。だからご迷惑ばかりかけてしまったわ、」
一瞬動きを止めたものの振り返る事なくそれだけ言ったシエラになぜかリヒトはチクリと胸が痛んだ。
「もう、過去の話です。」
「…っ、今からきちんと婚約者としてやり直させてはくれないのですか?」
「貴方にはもっと良い人がきっといるわ。」
(きっと心当たりがあるはずよ、公爵。だからもう構わないで。)
「…貴女にも、でしょうか?」
自分でそう言ってから酷く後悔した。
聞きたくもなければ、そうさせるつもりもないと言うのに。
「私は結婚をしません。貴方は知っているでしょうが、私の出生はいつか皆に知れます騙して結婚する事になりますから。」
「…尚更、俺なら!」
「私は結婚はしません。その役目を果たさぬ代わりにジェレミーを皇帝にするべく支えるつもりです。」
(そして、役目を果たしながらそっと舞台袖に消えるのよ。)
「ジェレミア殿下…?」
何故かリヒトはジェレミアの名を聞いた瞬間に身体の奥からじわりと嫉妬という感情が滲み湧いてきた。
「では、ジェレミア殿下に一生を捧げると?」
「そうなるわね。」
(いつか消えるつもりだとは言えないものね。)
後姿でも溜息をついたのが分かった。
(当たり前だろうと言うことなのか…?)
シエラにそっと近づき本棚に腕をつくと振り返らないままぴくりと身体を跳ねさせて硬直したシエラの髪を片方に寄せてやり、
彼女の白いうなじをなぞるように、触れるだけのキスをした。
慌てて逃げ出そうとするシエラの腹部に腕を回して固定すると、シエラは少し震えた声で、けど恐怖とは何か違う不安げな声で、
「マッケンゼン公爵、離しなさい。」
と、命令するように言ったがそのような声と真っ赤な耳で言われても怖くは無かった。
「俺なら、皇女の事を知っています。」
「だから、貴方とは婚約を解消すると言ったはずよ。」
「だから、それを取り止めればいいのです。」
近頃のシエラといえば様子がおかしかった。
あんなに積極的だった政治へは全く関心を示さず。
けれど公務は完璧すぎる程にこなしていると聞いた。
慈善事業や、災害の被災地へと自ら赴き時には国境近くの村にまで行き、数泊してはまた馬車で帰ってくるのであった。
貴族では無い謎の起業家であり、投資家であるCと言う人物もまたメキメキと頭角を表しているがリヒトはその正体が彼女なのではないかとも考えていた。
「んっ、ほんとうにやめて、」
「どれも、全て弟君の為だと?」
(私を疑っているのかしら…、リヒトは皇帝派とはいえジェレミアを支持している訳ではないと思っていたのだけれど、)
「そ、そうよ。」
「…気に入らないな。」
「えっ?なんて言ったの……きゃっ!!」
ボソリとリヒトが何かを呟いた後に、シエラの耳を甘く唇で噛んだ。
ドレスの肩を片方落として、肩に、背中にと口付け、視線を泳がせながら涙目でドレスが落ちないように抑えるシエラを正面に向かせてしっかり抱きしめた。
あんなに愛していたリヒトが目の前に居るのだ。
縋るようにも、何かに怒っているようにも見える表情でシエラの腰を固定して真っ直ぐに見つめるのだ。
「俺なら、俺の為に生きろとは言わない。貴女の為に俺が生きたい。」
「…!! 何を、今はそう思うだけよ。」
(そう、遊び慣れた玩具を手放すときはいくら飽きていても、好きな玩具じゃなくても捨てがたいもの。それと同じよ、リヒト。)
「なら、そうじゃないと証明します。」
リヒトは女性嫌いで、やむを得ないエスコート以外には女性に触れることができない。
なにやら、全身に鳥肌が立ち、気分が悪くなるのだと言う。
それにも関わらず先程からリヒトらまるでジェレミアが甘えるようにシエラのあらゆる所に触れるだけのキスを降らせて、愛おしそうになぞる。
ゾクゾクと背中に何かが通ったような感覚の後に力が抜ける。
リヒトの胸にしがみつくシエラの頬を愛しげに撫でて、唇を指でなぞると制止する間もなく深く口付けた。
「ふ…っん、リ、ヒトだめ、」
名を呼ばれた瞬間にリヒトは電撃が走ったように全身が甘く痺れた。
シエラの息がもう持たないという所で唇を離すと彼女の唇は少しぷっくりと腫れて、如何にも何かあったと分かるほどであった。
そのままドレスを整えてやると、力が入らないのか涙目で睨みつけながらも必死にリヒトにしがみついていた。
「お送りします。」
「…遠慮するわ。」
「これ以上は、我慢しますよ。」
「……貴方。こ、こう言うことは皆するの?」
シエラは前世で、艶やかなドレスを着せられ美しさを使って接待をさせられたりはしたが、太ももを撫でられたり、肩に触れられたり、卑猥な言葉を浴びせられたり(殆ど意味が分からないので平気だった。)した以外にはジェレミアとしか触れ合った事がないのだ。
シエラにとって、こういうことは姉弟との愛情表現の方法だと教わっており、閨の授業は省かれているので知識も無かった。
「…え?」
「何かの愛情表現だったの?親愛の証明?だからってこんな….、きっと怒られてしまうわ。」
(何かがおかしい。こっち方面の知識が著しく欠落している。)
リヒトはなんとも言えない違和感に駆られながら、
感情を抑えきれなかったと、ただシエラに謝罪した。
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