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悪あがきは無駄にならない
しおりを挟む近ごろめっきり大人しくなったジェレミアを不思議に思いながら、毎日送られてくるリヒトからの手紙を処理し終えると、シエラは立ち上がった。
「ふぅ、これでいいわ。リンゼイ…ウェヌスへ行きましょう。」
「はい!シエラ皇女様、準備は整っております。」
「流石はリンゼイね。」
馬車に乗って街へと出た二人の馬車が突然止まり驚きながらもリンゼイが窓の外を確認すると、シエラ達とそう歳が変わらないだろう青年が道力尽き、倒れ込んだので馬車が急停止した様子であった。
うつ伏せに倒れ込んだ青年の下から血が流れて来ているのを見たシエラは、馬車を飛び出ると青年の前にしゃがみ込んだ。
「シエラ様!」
「リンゼイ、血が出てるわ!何か止血するものを!」
「いけません!それなら私が…!」
シエラは前回の人生では、皇宮の医者すら信じられないような生活をしていた為に、大抵の応急処置は自分で出来た。
目の前で血を流す人が死んでしまうのを馬車の中で見ている事などできる筈もなく、自分ならどうにか命だけでも繋ぎ止められるのではないかと人目を物ともせずに羽織っていたショールをリンゼイに裂いて貰うと、
彼の腹部を圧迫し、強く結んだ。
「リンゼイ、近くの酒屋で強いお酒を買ってきて!薬屋があれば薬でもいいわ!」
「は、はい!」
「モンド!貴方は水を!それとこの人を馬車に寝かせられるように準備して!」
「はい!」
シエラは手際よく応急処置をすると、馬丁のモンドと、リンゼイと協力してそっと椅子には寝かせられそうにないので、馬車の足元に引いた毛布の上に寝かせると「ちょっとごめんね」と足を少しだけ曲げると頭と膝裏にクッションを敷いてやり
「ウェヌスまで、急いで。騒ぎにならないように私とリンゼイは表から入るから、モンドはこの人を馬車で裏口まで運んで。」
黒髪の端正な顔つきに見える青年は目を覚ます様子はなく、呼吸しているのを確認するとウェヌスの裏の個室へと運んで寝かせた。
「皇女様、血が…、」
「大丈夫よ、流してくるわ。リンゼイも、入って。」
シエラはコツコツと地下や、裏庭を改築しウェヌスにちゃんとした隠れ家を作って居た為に施設は豪華ではないにしろ、充実していた。
(ウェヌスの売上げも良いし、拠点を整えておいてよかったわ。)
リンゼイの妹、ミンリィだけではなく勤めていた従業員の中で一際優秀で働き者であったセリエと言う女性も彼女の部下として雇っており、
ちなみに馬丁のモンドも、過去にシエラに実家を救済して貰った恩から皇宮に勤めながらもシエラの部下としてひっそりと動いていた。
「後で、男性用の浴室にモンドを案内してあげて。セリエ。」
「はい、シエラ様。」
「その子の看病を頼んだわミンリィ。」
「ええ、任せて下さい。この紋章…クレマン子爵家のものですね。」
「クレマン…?」
「クレマン子爵家の御子息は、素行が悪く喧嘩ばかりしていると聞いていたましたが…まさかこんな華奢な青年だったとは…、」
「何か事情がありそうね。念の為気をつけてね。」
「はい。」
シエラが着替えを済ませて部屋に戻ると暫くして、青年は勢いよく体を起こしたが腹部の激痛に身悶えた。
「~~~った!!!!」
「目が覚めたのね。」
「誰だっ!…お前もあの女の差金か!?」
「その方がどなたかは知らないけれど。貴女は私を知っているはずよ。」
「……!!!」
青年はだんだんと頭がクリアになると、シエラをまじまじと観察する。
透き通るような金髪にサファイアのように輝く碧眼。
白く美しい肌は陽に当たる事が少ないのだろう。
その美しさに思わず、時が止まったかのように感じた。
「その髪と瞳は王家のもの…まさか、」
「ふふっ」
「シエラ皇女殿下…!?」
「…ご無礼をお許し下さい。クレマン子爵家のグレン・クレマンです。」
「いいわ、事情があるようね。傷は深いわ、好きなだけ休んでも良いと店主から許可を得ているわ。」
「ここは…?」
「ウェヌスというお店のとある一室よ。」
グレンは簡易ベッドを降りて膝をつくと礼儀正しく挨拶をした。
(リンゼイの聞いた噂とは違うわね…)
「助けて頂き感謝致します…。実は…」
「言いたくなれば言わなくていいのよ。これはお土産よ、買い物をしたついでだから…貴女のお母様にでも差し上げて。」
「いえ…母は数年前に他界したので、今は継母がおります。継母とは…あまり、」
「そうだったの…失礼な事をしてしまったわね…」
「…。」
「?」
「いえ、すみません。あまりにも噂とは違うもので…」
「ふふっ、そうね。じゃあお互い様ね。」
シエラはグレンの率直で素直な所に好感を持った。
(こんな人材がひとり居るといいんだけど…。)
見目も良く、物怖じしない上に素直で嫌味がない。
それに女性ばかりのウェヌスに男手もほしいとずっと考えていた。
グレンもまた、シエラの思慮深く飾らない所に好感を持っていた。
それに、ひとつ気になる事があった。
意識が途絶える前に、一瞬だけ霞んだ視界に見えた金髪。
透き通った、優しい声。
「シエラ皇女…もしかしてお手を汚してしまったのでは…?」
「汚れてなんかいないわ。無事でよかった。」
「っ!」
グレンはシエラの言葉に胸の奥が温かくなった。
母が亡くなってから直ぐに、継母が来て腹違いの弟が出来た。
その直後だった、クレマン子爵家持つ荒れた山がダイヤモンド鉱山だった事が発覚したのだ。
継母は後継者に自らの産んだ子をと、グレンの命を狙うようになった。
(こんな事言われたのはいつぶりだろう。)
父は継母を心優しい女性だと信じており、やっと母の死から立ち直った父を傷つけたくない一心でグレンは一人で身を守ってきた。
「皇女殿下、ウチはしがない子爵家ですが…一応俺は後継者でもあります。今後、お力になれる事があれば微力ですが是非…」
「では、次はお茶でも。安全な場所が必要なら頼って。」
そう言って先に店を出ようとしたシエラを思わず引き留めた。
「あの…っ!シエラ皇女殿下!」
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