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婚約者候補と、シエラの仕事

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「シエラに頼みがあるんだ」


リュカエルは、難しい表情をしている。

シエラはきっと重要な事なのだろうと次の言葉を促すように頷いた。


「俺には長老共が勝手に集めた婚約者候補という者達が居る、勿論時間を共にしたことも話したこともない女共だが……」


(なるほど……リュカエルは私にその盾になってほしいのね)



「俺は、シエラ以外の婚約者は要らない。だから、どうかカシージャスの社交会を手に入れて欲しい」


「……わかったわ」


生まれ育った国を離れ、やって来たシエラがカシージャスの社交会を意のままにすることは簡単なことではない。


それでも、シエラは過去にあり得ないことを次々とやって退けたように今回も自分ならば出来るだろうと自分に言い聞かせた。


(何よりも、リュカの頼みだからこそ成し遂げたい)


隣に並ぶリュカエルの横顔を見上げて、彫刻のように整った彼の顔を見ながら「任せて」と勝気に微笑んだ。


帝国とはまた違うパーティーの雰囲気にシエラは少しだけワクワクした。


ほとんどを皇宮とウェヌスのみで過ごしていたシエラの生活の中でカシージャスに来てからは初めて見る景色ばかりだったからだ。



勿論、二度も人生を生きているのだから皇宮とは違う作法も完璧に心得ている。


シエラの粗探しをしているのだろう、王宮の家臣達は次々にシエラに話しかけては質問したり、作法に目を光らせていた。


(流石に完璧だな、ジェレミア皇帝の軍師であり安定剤だという噂は本当だったようだな……)



リュカエルは初めて見るシエラの皇女らしい顔に戸惑いながらも、感嘆した。



「リュカエル陛下にご挨拶申し上げます」


「シエラ、この者はレストン公爵家の娘だ」


「そんな……水くさいですわ陛下、ハミルダとお呼び下さい」


冷ややかにハミルダを見下ろしたリュカエルに「ひぃっ」と悲鳴のような声をあげてから慌てて扇子で口元を隠したハミルダにシエラは表情を崩さずに、リュカエルの腕にそっと触れて身を寄せる。


「陛下……どうか怖い顔をなさらないで下さい。とても可憐なご令嬢ではありませんか」


「……俺には唯の無礼者に見えたが?」


すると慌てた様子で割り込んできたのはハミルダの父、レストン公爵で真っ青な顔をしながら捲し立てた。


「へ、陛下娘はかねてより陛下をお慕いしております故、に上がった事で浮かれたのでしょう、どうか寛大なお心で………」



「婚約者候補だと?俺は認めた覚えはないが?」


「へ、陛下も適齢期ですので王宮の会議で数名の令嬢が上がったではありませんかっははっご冗談がお上手ですなぁ、ははっ!」


「では、俺の隣に居る女性は何だというのだ?」


「そ、それは……っ!」



今にも斬り捨ててしまいそうな様子のリュカエルに会場は凍りついた。


(今ね……)


「陛下、私は新参者です。すぐに受け入れられなくても当たり前です。気にしませんわ……けれど陛下を支える有望な者達が私の所為で失われてしまうと心苦しいのです……」


妙にしおらしく言うシエラの意図を汲めぬほどリュカエルは愚鈍ではなかった。小さく頷いて「そなたがそう言うなら……」と表情を戻して、興味が失せたかのようにガクガクと震えるレストン親子から視線を逸らした。



多くの貴族達が、シエラの謙虚な姿勢に好感を持ち、拒絶しようと策を練っていることに罪悪感を感じただろう。


シエラはハミルダの涙をハンカチで拭うと優しく微笑んだ。


「どうぞ、涙を拭って下さい」


「し、シエラ皇女殿!」


「あぁ、レストン公爵……。どうか気になさらないで、ですので」


(ただ、優しくても駄目。王妃になるには弱いと侮られるわ)



シエラの堂々とした振る舞いだけでは、王妃としての資格を見せつけるにはまだ足りないだろう。


けれどもシエラはその話術と完璧な作法、その堂々たる圧倒的な美しさで多くの婦人達の心を掌握した。


リュカエルの婚約者候補を名乗る者達は、悔しさでドレスを皺になるほどに握ったが、それでもシエラにはそういう者達を黙らせるもう一つとっておきの策があった。




「シエラ、感謝する。充分すぎる初陣だった」


「いいえ、まだ足りないわリュカ。あとは貴方の協力が必要よ」


「ああ、勿論喜んで協力しよう」


「王妃とはどれだけ王に愛されているかがその権威に関わります。それでいて、一人で立てる王妃でなければならない」


「なる程……」


「先ずは、このパーティーでのよ。前半は先程私の肩を持ってくれた事で充分だった筈よ、勝負は帰り際ね」



「……わかった」


今まで女性とパーティーに来たことのないリュカエルにすれば不慣れな事で、少し堅くなったリュカエルにくすりと笑ったシエラに「笑うな」と不機嫌そうにそっぽを向いた。


(その癖に手は離さないのね)


握られた手が離されないのが嬉しくてシエラはぎゅっとリュカエルの手を握る強さを強めた。









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