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絶望しても愛おしい
しおりを挟む「ひっ!!」
メーデアは思わず上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。
気分が悪くなったと先に部屋へ戻ったメーデアを追うものは居ない。なんとなく急いで子供の世話を任せていたメイドに「一人になりたい」と伝えたのがさっき。
「癒しはあなただけよ私の赤ちゃん」
そう言って覗き込んだ赤子がまだ焦点の合わない様子で初めて瞼を上げたのだ。
神秘的な金色の瞳だ。
全身から血の気が引く感覚がして冷や汗が噴き出る。
「彼も……金髪……っ」
でもどうしてそれなら普通に婚約者を作らない?
この国ではもう、今時独身と貞操貫く聖職者など大神官くらいのものだ……。
「だ、大神官……まさか!!」
けれど大神官とは、遥か昔に失われた聖力を継ぐ者だけが代々選ばれてきた。今は大抵が過去の偉大なる大神官の血族者から生まれた者達が繋いだ「血の繋がり」がある者だけに資格を与えられている筈。
大神官が貞操を守る為に大神官に選ばれた者の血族、聖力を持たぬ者が子を繋いだ事で聖力が薄まり、神から得た金髪金眼の特徴も聖力もやがて現れなくなったと言い伝えられているが、彼は本当に大神官の血族者だったのかもしれない。
そして彼はきっと「大神官」になろうとしているのだ。
(それに昔からやたらと自分の容姿を好んでいたわ)
「隠さなきゃ……っせめて彼が帰るまで!」
何故、彼が子を望むのかは分からないが何となくヘルゲンの狙いは我が子だと確信したメーデアは客人を自分の部屋に近づけないようにとメイドと見張りの男に伝えた。
一方イリアはブリーズ領のあまりの過酷さと寒さに驚愕していた。ヘルゲンはどうやら探し物を見つけたらしくどこか機嫌が良さそうにも見えた。
慣れない環境の所為か、普段見ることのない監獄の者達を目にした所為かイリアはかなり疲弊していた。
けれど「ヒリング夫人」そう呼ばれてきちんと貴族の妻として歓迎されるのは嬉しかった。
「イリア様」
「ヘルゲン……」
貴賓室は思ったよりも綺麗な部屋だった。
付き添いのメイドと入れ替わりでヘルゲンが入って来る。
いつものようにカーテンを閉めて、彼の首に腕を巻きつけた瞬間に、なんとも言えない優越感が湧いてくる。
未来のウィクトル大公夫人。かつて憧れたテンタシオンの妻とは程遠いが、優しい夫を持ち、貴族の妻として認められ、美しい愛人を持っている。
先ほど会ったブリーズ男爵夫人も綺麗だったが、どこかやつれたような感じだったし、どう見ても夫婦仲が悪そうだった。
「やけにご機嫌が良さそうですねイリア様」
「ヘルゲン、あなたこそそう見えるわ」
「ええ、ですがきっと忘れ物を持ち帰るには骨が折れるでしょうね……」
「何か問題があるの?」
「ブリーズ男爵夫人……メーデア。彼女と友人になって下さい」
意外にもヘルゲンはイリアの質問に丁寧に答えた。
彼がはるか昔のような力と権力を持つ神殿に変えたいこと。
今の大神官ではなく、形式上は祖父である先代の大神官の歳の開いた息子、しかも婚外子であること。
「貞操を守ること。無欲中立の証として大神官にはそれが求められます。けれど聖力を復活させ神殿が権力を持ち続けるには私のような金髪金眼の正統な跡継ぎが必要です」
「そうだったのね……」
「だから、女性不信だった私は貴族の娘ではなくしがらみを持たないメーデアと仕方なく子を作りました……」
「女性不信……!?」
「あっ……イリア様は特別です」
今にも壊れそうなほど儚く微笑んだヘルゲンの表情と、特別という言葉にイリアは心を打たれた。
実際には彼はイリアも含めた「女嫌い」なのだが、怪しまれずにメーデアを陥れて子を手に入れるには同性のイリアの助けが必要なだけなのだ。
マルグリス侯爵の秘書で愛人という守られた立場。
それでいて、あのメーデアのことだからきっと足元がいつでも危うい筈だと思った。
実家の力も無く、ずる賢いようで大雑把。
彼女が縋って来るならば子ごと引き取りあとで処分すればいい。
貴族の婦人としての立場に拘るならば、どうにかして子を奪うだけの話だ。
けれどどういう下手を打ったのか、あまりにもブリーズ領は遠かった。
自分の準備を整える場所、子が成人するまで安全に育てる場所として田舎の、しかも森の入り口にある教会を選んだがイリアという便利な駒を手に入れたことは幸運だったとヒリングはすっかりと惚けた表情のイリアを見て考えていた。
(まぁその前に子供の髪と瞳を確認しないとな……)
イリアも、メーデアもまた他人を利用したり陥れたりすることに抵抗が無くそうやって勝ち上がることに優越感を感じるタイプの人間だと理解しているからこそ扱い易い。
そう言った人間ほど、陥れたり裏切ったりするのは自分の特権だと思い込んでいるからだ。
「あっ……でも一つ気になる話が……」
「何か問題が起きましたか?」
「王宮から人が寄越されるそうです」
「その程度なら問題ありません。ただ忘れ物を返して頂くだけですから」
ヘルゲンは軽く受け流して、さっさと身体を洗い流そうとイリアを言いくるめて部屋を出た。
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