1 / 43
八年という長い恋
しおりを挟む貴族らしい綺麗なブロンドの髪に、美人な母親によく似た整った顔はたとえ婚約者が居ようとも女性達を夢中にさせる。
そんな彼がよくモテることには目を瞑ってきたし、約束をすっぽかされたのだって今日が初めてというわけではない。
ルージュは貴族御用達の格調高いレストランがせめて個室で良かったと、向かいの空席を見て溜息をついた。
忙しい彼はよく食事を摂り忘れる。だからこうして約束の時間に彼が来ないことなど八年も経てばもう慣れたものだと平気なフリをしていたが、本当は気付いている。
ただ忙しいことだけが理由ではないことに。
若くして引き継いだ侯爵家の事業や執務が多忙なのだともう長らくまともな会話すらしていないが、彼が社交の場や会食で自分以外の女性とは和かに話す姿をいつも見ているのだ。
その上、彼の秘書はまだ若く未婚の女性である。
それでもルージュは幼馴染でもあるアルベルトを信じ愛していた。そう、愛して「いた」のだ。
「二人分の軽食をテイクアウトお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
馴染みのウエイターは私の分とは別に二人分のランチを包むことにもう不思議そうな顔をしなくなった。
「今日は少しだけ、豪華にして欲しいの」
「え……いいのですか?」
「ええ。特別な日だから」
このランチが誰の分かもう知っているのだろう。
少し驚いた様子で心配そうに尋ねた彼女のこういった実直なところがすごく好きだ。
このVIP席を担当するウエイターは限られているが、どのウエイターも口が堅く、気遣いが上手な良い人達ばかりだ。
それがいつもこの店を選ぶ理由でもあった。
元々は彼の分だけを持ち帰り、きっと食事も摂らずに執務室に引きこもっているだろうアルベルトに差し入れとして手渡していたが、ある時彼はその一人分の食事を私に投げつけて言った。
『たった一人分の差し入れとは嫌味のつもりか!?』
『ど、どうして?そんなつもりじゃ……』
『秘書のメーデアは早朝から夜遅くまで共に頑張ってくれている。彼女を差し置いて一人で食えと言うのか!?』
もう何年も執務机を挟んだ距離のアルベルトと自分よりも遥かに近くの、彼の隣でわざとらしく申し訳なさそうにする秘書のメーデアは本当に執務に必要なのか分からないほどタイトなドレスからくっきりと分かる大きな胸をアルベルトの肩に押し付けて、これみよがしに彼の頬に手を添えて宥めた。
『いいんですよ。仕事とはいえ婚約者のルージュ様のお立場でしたら私が気に入らなくて当たり前です……』
『なんて狭量な。すまないなメーデア、外に食事しに行こう』
『待って、アル……!!』
それが私がランチを二人分、持ち帰るようになったきっかけだった。
狭量な婚約者だと思われたくない。
少しでも彼の役に立ちたい。
メーデアと二人きりで食事に行かないで欲しい。
複雑な思いから、私はまるで二人の召使いのようだった。
何を差し入れるにも二人分、どこを予約するのにも二人分……
そこにはいつも私の席は用意されていなかった。
それでも私がアルベルトの役に立てるならばと何でもした。
いつか余裕が出来たら、あの時一緒に頑張ったと向かい合って食事をする日が来るのだと信じていた。
けれど昨日、ルージュは聞いてしまった。
ルージュの執務の都合で少し早めにランチの差し入れを持って行った時、二人の淫らな息遣いと彼女の甲高く果てる嬌声を。
ショックのせいでその場を動けなくなってしまったルージュに追い討ちをかけたのはその後の二人の会話だった。
『もうすぐルージュ様が来るんじゃ?』
『来たところで別に問題ないさ』
『こんな事、知ったら悲しみますよ』
『どうせ、アイツは俺の言う事ならなんだって聞く』
何をしていたかなんて扉を開かなくたって分かる。
悪びれもないアルベルトの声色はどこか私を小馬鹿にしたようにも聞こえた。
『それなら、今度三人でするのはどうでしょう?』
『悪くないが、普通は嫌がるもんじゃないのか?』
『私は寧ろ見せつけたいのです。貴方のその蕩けた顔を』
『そうか。ルージュはきっと断らない。俺を欲してプライドなんて放り捨てるさ、今までみたいにな』
二人の笑い声が暫く頭から離れなかった。
その日は執務の所為で食事を届けられなかった事にして、夜通し泣いた。
そして、ルージュはやっとこの八年間の想いを捨てた。
3,011
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
婚約破棄は喜んで
nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」
他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。
え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。
私よりも姉を好きになった婚約者
神々廻
恋愛
「エミリー!お前とは婚約破棄し、お前の姉のティアと婚約する事にした!」
「ごめんなさい、エミリー.......私が悪いの、私は昔から家督を継ぐ様に言われて貴方が羨ましかったの。それでっ、私たら貴方の婚約者のアルに恋をしてしまったの.......」
「ティア、君は悪くないよ。今まで辛かったよな。だけど僕が居るからね。エミリーには僕の従兄弟でティアの元婚約者をあげるよ。それで、エミリーがティアの代わりに家督を継いで、僕の従兄と結婚する。なんて素敵なんだろう。ティアは僕のお嫁さんになって、2人で幸せな家庭を築くんだ!」
「まぁ、アルったら。家庭なんてまだ早いわよ!」
このバカップルは何を言っているの?
【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる