八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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八年という長い恋

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貴族らしい綺麗なブロンドの髪に、美人な母親によく似た整った顔はたとえ婚約者が居ようとも女性達を夢中にさせる。


そんな彼がよくモテることには目を瞑ってきたし、約束をすっぽかされたのだって今日が初めてというわけではない。

ルージュは貴族御用達の格調高いレストランがせめて個室で良かったと、向かいの空席を見て溜息をついた。

忙しい彼はよく食事を摂り忘れる。だからこうして約束の時間に彼が来ないことなど八年も経てばもう慣れたものだと平気なフリをしていたが、本当は気付いている。


ただ忙しいことだけが理由ではないことに。


若くして引き継いだ侯爵家の事業や執務が多忙なのだともう長らくまともな会話すらしていないが、彼が社交の場や会食で自分以外の女性とは和かに話す姿をいつも見ているのだ。

その上、彼の秘書はまだ若く未婚の女性である。

それでもルージュは幼馴染でもあるアルベルトを信じ愛していた。そう、愛して「いた」のだ。



「二人分の軽食をテイクアウトお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


馴染みのウエイターは私の分とは別に二人分のランチを包むことにもう不思議そうな顔をしなくなった。


「今日は少しだけ、豪華にして欲しいの」

「え……いいのですか?」

「ええ。特別な日だから」


このランチが誰の分かもう知っているのだろう。
少し驚いた様子で心配そうに尋ねた彼女のこういった実直なところがすごく好きだ。


このVIP席を担当するウエイターは限られているが、どのウエイターも口が堅く、気遣いが上手な良い人達ばかりだ。
それがいつもこの店を選ぶ理由でもあった。


元々は彼の分だけを持ち帰り、きっと食事も摂らずに執務室に引きこもっているだろうアルベルトに差し入れとして手渡していたが、ある時彼はその一人分の食事を私に投げつけて言った。


『たった一人分の差し入れとは嫌味のつもりか!?』

『ど、どうして?そんなつもりじゃ……』

『秘書のメーデアは早朝から夜遅くまで共に頑張ってくれている。彼女を差し置いて一人で食えと言うのか!?』


もう何年も執務机を挟んだ距離のアルベルトと自分よりも遥かに近くの、彼の隣でわざとらしく申し訳なさそうにする秘書のメーデアは本当に執務に必要なのか分からないほどタイトなドレスからくっきりと分かる大きな胸をアルベルトの肩に押し付けて、これみよがしに彼の頬に手を添えて宥めた。


『いいんですよ。仕事とはいえ婚約者のルージュ様のお立場でしたら私が気に入らなくて当たり前です……』

『なんて狭量な。すまないなメーデア、外に食事しに行こう』

『待って、アル……!!』


それが私がランチを二人分、持ち帰るようになったきっかけだった。

狭量な婚約者だと思われたくない。

少しでも彼の役に立ちたい。

メーデアと二人きりで食事に行かないで欲しい。


複雑な思いから、私はまるで二人の召使いのようだった。


何を差し入れるにも二人分、どこを予約するのにも二人分……
そこにはいつも私の席は用意されていなかった。

それでも私がアルベルトの役に立てるならばと何でもした。

いつか余裕が出来たら、あの時一緒に頑張ったと向かい合って食事をする日が来るのだと信じていた。


けれど昨日、ルージュは聞いてしまった。

ルージュの執務の都合で少し早めにランチの差し入れを持って行った時、二人の淫らな息遣いと彼女の甲高く果てる嬌声を。


ショックのせいでその場を動けなくなってしまったルージュに追い討ちをかけたのはその後の二人の会話だった。


『もうすぐルージュ様が来るんじゃ?』

『来たところで別に問題ないさ』

『こんな事、知ったら悲しみますよ』

『どうせ、アイツは俺の言う事ならなんだって聞く』


何をしていたかなんて扉を開かなくたって分かる。
悪びれもないアルベルトの声色はどこか私を小馬鹿にしたようにも聞こえた。

『それなら、今度三人でするのはどうでしょう?』

『悪くないが、普通は嫌がるもんじゃないのか?』

『私は寧ろ見せつけたいのです。貴方のその蕩けた顔を』

『そうか。ルージュはきっと断らない。俺を欲してプライドなんて放り捨てるさ、今までみたいにな』


二人の笑い声が暫く頭から離れなかった。

その日は執務の所為で食事を届けられなかった事にして、夜通し泣いた。

そして、ルージュはやっとこの八年間の想いを捨てた。








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