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華は一輪でも美しい
しおりを挟むもうすぐひと月が経つがアルベルトからは義務で定期的に送られて来るいつもの手紙が一通来ただけだ。
今日は実家のアザール伯爵家の長女として古くから母同士が友人だと言うウィクトル大公家の登城を歓迎するパーティーに参加している。
ウィクトル大公は近々嫡男のテンタシオンに爵位を継がせるという話が専らの噂で、今回の登城もその顔見せだろうとされている。
国王の双子の弟でもあるウィクトル大公は、アザール伯爵夫人の親友で隣国の第三王女だったリシエールを娶り広大なウィクトル公国から滅多に出てこない穏やかな人だ。
「大公様にお会いするのは久々だな」
「リシーに会えるのが楽しみだわ」
両親はアルベルトとの離縁に何も言わずに安堵したようにサインをくれた。
まるで白紙という言葉通り、初めから何もなかったようにアルベルトの話を出すことは無かった上に大きな騒ぎを起こさずに静かに侯爵家を支援する事業から手を引いた。
二人は本当に楽しみなようで、ウィクトル大公夫妻に会うのが待ち遠しくて仕方がない様子だ。
「あなたもテンタシオン公子に会うのは久しぶりね」
「え?」
「ふふ、二人とも赤ちゃんだったものね」
伯爵夫人によるとテンタシオンが登城することで社交界では令嬢達の目がギラギラと輝いているようだが、白紙になったとはいえ離縁をした身、しかも八年もの間婚約していては立派な「傷物」自分には関係のないご縁だろうとルージュは聞き流した。
先ほどから痛いほどに向けられる視線はきっと、同伴者がいない所為だろうと思っている。
「ルージュ嬢?」
「はい」
突然名前を呼ばれて振り返ると王家以外では珍しい、深い海を閉じ込めたような深碧の瞳に黒い髪が印象的な爽やかなのに、やけに色香ただよう美青年が目を見開いてこちらを見下ろしていた。
「失礼、私はテンタシオン・ウィクトルと申します」
「ルージュ・アザールです。公子様」
テンタシオンはルージュが礼儀正しくお辞儀をした際にさらりと白い肩を滑り落ちるワインレッドの髪や、静かに燃える意志の強そうなヘーゼルの瞳に釘付けだった。
「はじめまして、と言うべきでしょうか?」
彼はそれを微塵も表に出さずにルージュに向けて微笑むと、他の令嬢達とは違ってひとつも熱を持たない彼女の瞳や頬を見て少しだけ落胆する。
「ふふ、どうやら初めてではないようですね」
向こうでまるで十代の娘のように再会を喜ぶ母達を見て、微笑ましそうに笑ったルージュにテンタシオンは思わず慌ててエスコートを申し込んだ。
両親がまだ公にされていないルージュの離縁を知って、慌てて自分と彼女を会わせようとわざわざ首都に連れてきた時はどうせ令嬢など似たような反応、似たような者ばかりだろうと期待していなかったが、彼女が伯爵夫妻に続き一人で入場した時にそれは変わった。
「よければ今日は私が貴女をエスコートしても?」
「私をですか?」
自分に熱い視線を送る男達に気付かないフリではなく、本当に気付いていないルージュの様子に驚く。
まさか、何故自分を?と言いたげに首を傾げるその仕草さえも愛らしいが本人にその自覚はないようで羨望の視線ではあるが決して敵意のない令嬢達からの好意的な視線にも気付いていないようだ。
よく言えばマイペース、悪く言えば鈍感。
けれどそんな彼女の無欲さを現す雰囲気がさらに人々からの好感を集めている。
急に両親への感謝の気持ちが込み上げるテンタシオンは、自分も単純なものだと少し笑う。
「ええ、ルージュと呼んでも?」
「はい。好きに呼んで下さって結構です」
不思議そうに、けれど警戒した様子のないルージュに安堵しながらもテンタシオンは周囲に見せつけるように彼女の手の甲に口付けた。
(確かに、これは急いで手に入れないとすぐに奪われてしまいそうだな)
淡々としているように見えて案外柔軟なルージュの隙を他の男達に見せないようにテンタシオンはパーティー中片時もルージュの側を離れることは無かった。
偶然か、テンタシオンの両親による根回しかは分からないが領地への視察と重なり参加出来なかったアルベルトがこの日のエスコートについて知るのは、メーデアと熱い視察の夜を六回ほど過ごした後だった。
「大公がエスコートだと?」
「まぁ、他の男を匂わせて気を引きたいのですね」
「はっ!俺とルージュは幼馴染だ。奴らの母同士が友人だということくらい知ってるさ」
こうした油断と自惚れがテンタシオンにとってはコトを静かに進めるのに大変有利だということをこの二人はまだ知らないでいた。
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