八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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侯爵家の葛藤

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ルージュが侯爵邸に来なくなった頃からアルベルトの知らぬ所でマルグリス侯爵家は二つに分裂していた。

当主のアルベルトから寵愛を受けるメーデアを支持する者達と、侯爵家を想いメーデアが権力を持ち始めていることを良しとしない者達だ。

執事長のセントリックは先代のころから仕えているが、まさかアルベルトがこんなことを引き起こすとは思いもしなかった。


若い使用人達は皆メーデアに上手く絆されていて、この邸には近頃アルベルトへのが増えた。


婚約者であるルージュの立場を悪くする為に、彼女が不在で居る時間を引き伸ばそうとルージュからの手紙を秘密裏に破棄する命が下っていたのさえセントリック達は気付くのに時間がかかってしまった。

中身を見られていなかったのが不幸か幸いかはセントリックにはもうわからない。

「これは一体、どういうことですか?」

「す、すみません……アルベルト様が気分を害されている為にルージュ様からの手紙は全て破棄するようにと……」

「一体誰が……はぁ、あの方ですね?」

「……はい。メーデア様です」


セントリックは頭を抱えた。
長らく仕えてきたがこれほどまでにまとまりのない侯爵家は初めてだった。

けれども今回に関しては好都合だともいえるだろうと考えた。

燃やされた手紙の中身はもう確認のしようがないし、このような状態ではアルベルトへの報告も説明し難い。

そしてセントリックや乳母達のように侯爵家を本当に想い、ルージュとの八年間を懐かしむ者たちにとってこのまま彼女を失うわけにはいかないとここ暫くの間で再確認した。


「手紙の件は私が何とかします」

「あ……ありがとうございます!!」


ルージュからのあらゆるサポートを失ったアルベルトは明らかに仕事が捗らず、仕事が上手く行くのは全てメーデアのおかげだとばかり思っている彼はその原因がメーデアにあるとは気付いてもいない。

エスカレートする二人の淫らな関係はとうとう侯爵家のお金を派手に使い始め、近頃仕事が忙しくて帰れないからと部屋をあてがわれたメーデアは侯爵邸で女主人のように振舞って散財している。

セントリックは愚策だとは理解しているが、ルージュにアドバイスを乞うつもりだった。

そして絶対に願ってはならないと理解しつつもルージュが侯爵家に戻って来てくれるのではと一ミリの希望に賭けたかった。


セントリックは翌日すぐにルージュに手紙を出し、案の定彼女からはセントリックの会って話がしたいという願いに対して「分かりました」という旨の簡潔だが人情味のある文面で返事がきた。

高位貴族があまり立ち寄る地域では無いが比較的中心部に近い、裕福な平民が集まるリベリ地区のとあるカフェの二階。

指定された日時と場所から気遣いを感じてセントリックはさらに申し訳ない気持ちになった。

これから自分がルージュへと話そうとしていることがどれほど無礼なことなのか分かっているからこそだった。

けれど侯爵家で同じように長らく仕えてきた仲間たちを路頭に迷わせる訳にもいかず、ルージュに助けを求める他の手段がもうセントリックには残されていなかったのだ。

「お待たせしたわ。久しぶりねセントリック」

「いえ、お久しぶりです。ルージュ様。このように無礼にもお呼び立てしてしまい申し訳ありません」

「ううん、ちょうど私も聞きたいことがあったの」


眉尻を下げて申し訳無さそうに笑ったルージュはまだ幼い頃からよくこの表情をした。

大抵がアルベルトや使用人の失敗を庇ったり、彼女がしなくてもいい遠慮をするときに見せる表情だ。


「相変わらずお優しいのですね。全てお話しします」


変わらないルージュの優しさにセントリックは自分の持つ僅かな希望を恥じて後悔した。

(きっと分かっていて来て下さったのだ)

社交界での噂は勿論知っている。

だからこそルージュには幸せになって貰う為に、全てを終わらせる協力を惜しむべきではないのだと思い直した。


「私からの手紙はアルベルトへ届いているかしら?」

「申し訳ありません。それがーーー」


ひと通りの話を聞いてルージュは驚いた表情をしたが「そんなことだろうと思った」とも言った。

けれど実際にはこのタイミングで婚約解消の事実を知ればアルベルトは間違いなく暴走するだろう。
事実を突きつけられるたびにルージュを取り戻そうとするはずだ。

「今は危険です。ルージュ様を守る盾をお立て下さい」

「盾……?」

「出来ることならそれが、本物の愛であればいいのですが」


いくら有能で由緒正しくてもルージュの家門は伯爵家、侯爵家を相手に揉めることは悪手だ。

それならば手が出せないようにルージュが正式に相手を作ってしまえばいい。
それに、セントリックには心当たりがあった。
噂が本当ならはきっとルージュを放っておかないはずだ。

そしてセントリックはかなり若い頃靭帯の負傷するまでは騎士の見習いだった。
腕こそ立たぬが普通の執事よりは周囲に敏感だと自負している。


(ルージュ様の後ろの席の男性はきっとあの方だ……!)



ルージュは恋愛の類の話には疎い。

けれどセントリックはその向こうでこちらの話に耳を傾けているだろうテンタシオンに向かって言ったのだ。


「あなたの話はしないのね、セントリック」

「はい。もういいのです」

「ごめんなさい」

「謝罪をするのはこちらの方です。どうか幸せになって下さい」



侯爵邸に通っている頃は見られなかったルージュの本来の眩しい笑顔を見てセントリックは思わず涙ぐんだ。

彼女を連れ戻すことなど到底できないが、この笑顔をみられただけで今日は来て良かったのだと確信できた。


帰り際、セントリックは自分にしか聞こえない程の小さな声で「安心してくれ、必ず幸せにする」と聞こえた気がした。





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