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未練など今更
しおりを挟む勢いよく扉を開けて、乱雑というよりは慌てて扉を閉めた音が廊下に響き「待ってくれ」という大きな声が二人の背中にぶつかった。
すぐに扉が再度開いて「ちょっと、アル様!?」と二人きりの時はそう呼んでいるのだろう甲高い非難の声が続けて響いた。
駆けてくる足音にテンタシオンは思わずルージュを抱き寄せたが、アルベルトは振り返った二人の足下にくずれ落ちるように跪いてルージュのドレスの裾を掴んだ。
「きゃっ」
「直ぐにその手を離せ!」
「い、嫌だ!ルージュそろそろ機嫌を治してくれ、なぁっ?」
テンタシオンによって手を払われ、ルージュを彼の背に隠されてもなお「ルージュ!今なら全部許してやる!」と必死で訴えかけるアルベルトはどう見ても正気には見えない。
彼の服を引っ張って金切り声を上げるメーデアもまた正気には見えなかった。
「やめてください。そもそも彼女を選んだのは貴方では?」
「ルージュ、それは違うんだ!」
髪や服を背後からメーデアに引っ張られながらも必死でルージュに縋るアルベルトを見てもルージュの心は動かなかった。
それどころか、唐突にヒステリックさを見せる二人に一種の恐怖のような感情さえ抱いた。
「もう会う事は無いでしょう、メーデアさんを連れて領地へ行く準備をして下さい」
二度と会いたくない。
それがルージュの本音だった。
もしかしたら思い出せないほど前には良い思い出もあったかもしれないが婚約してからのほとんどの時間を自己中心的なアルベルトに振り回され、メーデアが来てからはもっと苦しい日々だったのだから。
情など無い。情こそが愛情なのだと誰かが言っていた。
そうなのかもしれないとルージュはアルベルトへの擦り減るばかりの想いを愛情なのだと言い聞かせて犠牲ばかりを払うことになっていった。
けれどそれを断ち切る決断をしてみれば案外、すっきりとしたものだったし涙ももう出なかった。
いくらアルベルトが否定の言葉を繰り返しても最早ルージュには一体、今までのどの部分を否定し許しを乞うているのかさえも理解できず、彼らを見下ろしたままただ他人事のように眺めた。
アルベルトは「違う」と何度も何かの呪文のように呟いて制止するテンタシオンの声を遮るように叫んだ。
「メーデアみたいな阿婆擦れが妻だなんて嫌だ!!!」
「なんですって!?」
「元々お前なんか愛していない!身分の高い男を見たら言い寄る軽い女が妻なんて最悪だ!」
「そんな風に思っていたの!?無能な貴方を支えているのに!」
ルージュを庇うように隠して、アルベルトを冷たく突き放したテンタシオンの服を皺になるのではないかと思うほど強く握っていたことに気付いた。
二人の稚拙なやり取りには心を重くする作用でもあるのか、やけに身が重くて疲労感が募る気がする。
まるであのアルベルトの執務室に戻ったような気分だった。
「無能だって!?聞いたかルージュ!お前なら違うと分かってくれるだろう?」
ルージュは左右に力無く首を振るとアルベルトとメーデアを見下ろして「いいえ。お二人は力不足です」とはっきりと言い放った。
テンタシオンが労るようにルージュの肩をさらに寄せて抱きしめてくれると、不安や疲労感がスッと引いて行く気がした。
目の据わったテンタシオンが二人の前に足を振り下ろす。
とっさに手を退けたアルベルトは「危ないだろう!」と文句を言うが笑っているはずなのに酷く冷たい表情のテンタシオンに思わず言葉が尻すぼみになったようだった。
「これ以上は聞いてられないな」
「で、でも!ルージュはきっと本心じゃ……意地を張って……」
「聞こえませんね。早く戻られた方が良いのでは?」
部屋に迎えに来るだろう、領地までの見張りを兼ねた騎士達が二人を「逃亡した」と受け取った場合どうなるのだろうか?
テンタシオンが二人にそう問いかけるとアルベルトは何度も躓きながら慌てて背を向けて引き返して行った。
まるで教養を受けていないようかに見える、大股でドレスを乱し、髪を振り乱しながら「アル様!!」と金切り声をあげながら後を追うメーデアは秘書業務をしていた頃の落ち着いた面影は無く、ルージュはあまりの違いにゾッとさえした。
「あの二人で領地の管理などできるのでしょうか?」
「王太子殿下と陛下と少し取引があってね、仕組みがあるんだ。だから大丈夫だよ」
「仕組み?」
「ああ、疲れたでしょう?帰って話そう」
そう言って酷く青白いルージュの頬を撫でながら心配そうに彼女を抱き上げたテンタシオンに「一人で歩けるわ……!」と恥ずかしそうに抵抗したのも束の間、ルージュはテンタシオンの温かさに安堵したのか眠ってしまった。
こうして何年もずっと、あの二人の稚拙で自己中心的な身勝手の所為で罪なき人々が犠牲にならぬようにと一人で守ってきたのだろう。
調べた資料でみたルージュの仕事量は一人の令嬢が社交活動をしながらこなすには多すぎるものだった。
その上婚約者に何年も心を踏みにじられて来たのだ。
ひどい心労だったはず……。
そう考えると居た堪れなくなってテンタシオンはせめて今安心できるようにと願いながら彼女の額に口付けた。
「しっかりと休もう、ルージュ」
「んん……」
「僕が幸せにする」
今度は遠くで騒が強い音が聞こえる気がしてにやりと口角を上げた。きっとあの二人に「迎え」が来たのだろう。
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