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ニ、聖女は解き放たれた

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「婚約破棄は、喜んでお受けいたします」



「それでは皆様、ごきげんよう」



そう言って優雅に、けれども誰もが足をすくませるほど堂々と美しく去った聖女に身震いした。


ずっとずっと退屈だった世界に映った鮮やかな色に思わず手を伸ばしたくなった。


(まだだ、まだ決めるのは早い)




「で……って聞いているのか?イヴァン」

「ああ、聞いてるよ。それで破棄したのか?」


「あぁ……まさかシシーがアイラをあんなに手酷く虐めているとは……!」


「ふぅん、で、お前はアイラに乗り換えたと?」

「ばっ!な、たっ確かにアイラは身も心も綺麗で可愛いが別に……!」



顔を赤くして否定する目の前の友人、アランを鼻で笑った。


(あんな誰にでも尻尾を振るようなつまらん女の何処がいい)



王太子でありながら、母亡き跡娶られた側妃が子を産んだ事により危ぶまれるその立場。父があんな女を本気で愛しているとは思えぬがそれでも現時点でこの国で一番高貴な女性となった側妃は常に王太子の座を幼い息子の為に狙っている。


「じゃ、もうアレは要らなんだ?」

「アレ?」

「聖女だよ、あ……元聖女か!」

「……珍しいな、興味あるのか?やめておけよ」

「いや、使えそうだと思っただけだよ」


そう言って微笑むと納得のいっていないような表情で「そうか」と言ったアランはやはり馬鹿だと思った。


近頃皆が心酔しているアイラ・シュトレイス男爵令嬢はまるで「聖女」だと言われているが僕にはどうにも平凡に見えた。


鮮やかな桃色の髪と空色の瞳、女性らしい身体だが背はそんなに高くない。
そんなアイラの甘ったる声と間伸びした話し方はどうも苦手だった。


(僕は馬鹿が嫌いなんだ)


腹黒いと言われてしまえば其れ迄だが、王太子としての面はちゃんと守っている。かといって別に腹黒いと言われる部分を隠した事もなく、


勝手にキラキラした王子像を押しつけてくる周囲にはうんざりしているし、勝手にさせておけばいいとさえ思っている。



今までは聖女に自分の瞳の色を真似た装飾品を身につけさせ、周りを牽制していたにも関わらず、婚約破棄など笑える事をしでかした親友に心の中で「ありがとう」と言っておいた。


「ずっと気になっていたんだ、これなら遠慮は要らないな」


本来ならばもうすぐ、公爵家であるアランの妹との縁談が持ち込まれるであろう筈だが受けるつもりは更々無い。


あんなにも面白い人が、解き放たれたんだ。


(僕がもっと、もっと自由に飛ばせてあげる)


勿論、手綱を離すつもりはないが王太子を舐めて貰っては困る。


好きな女ひとり、望む生き方を叶えてやれる自信も力もあるのだから。



歩きながら何となく窓を見たら、視界に入り込む美しい白髪に近い銀髪。

深い濃紺の瞳は何色にも染まらないという意志が宿る。


毛先の方だけほんの少し淡い紫色であれは特別な聖力を宿した証なのだと大神官から昔聞いた。


小柄で身軽な彼女の足取りは今日も軽い。

少し泣いたのかいつもより目が腫れている気がした。


するともう一つ、桃色の髪がシシーリアの正面からすれ違いざまに何かを囁くと美しい白銀の髪を揺らして首を傾げたシシーリアの言葉を鼻で笑って通り過ぎて行く桃色の髪。


「どう見てもあっちがヒールなんだけどなぁ」


「ま、僕は欲しいものが手に入っていいけど」と、見つけた白銀の女神の元へと急いだ。



掌を返したように変わった周囲の態度にうんざりしながら、渡り廊下を歩いていると鮮やか桃色の髪が向かい合って歩いて来た。


(確か…‥アイラ?)


「シシーリア様、奇遇ですわね」

「あ、アイラ嬢」


おどおどしかったこの間とは違って、堂々とした佇まいの彼女は唐突にシシーリアの耳元によく分からない事を囁く。



「あのね、聖女サマ……強制力って知ってる?」

「何?魔法学か何かの話かしら?」

「ふんっ、そりゃそうよね。まぁ貴女の出る幕はもう無いって事」

「……?」


よく分からない子だなぁと、彼女の後ろ姿を少し眺めて足を進めようとすると誰かにぶつかった。



「……っ、ごめんなさい。お怪我は」

「大丈夫だよ、君こそ怪我はない?」


半ば食い気味にそう言って自然に引き寄せられた身体。

勿論、物理的な力でも敵わないと感じたが今まで感じた事のない内側から感じる力の差に驚いた。


(相当、強い人……)


顔が見たくなって、顔を上げると私を見下ろしていたのは



「おう、たいしでんか……?」

「久しぶりだね、シシーリア嬢」


紫味がかった銀髪は毛先にかけて徐々に紫が深くなって、紫色の瞳がアメジストみたいに輝く。

作り物のような美しい容姿はどこか冷たさを含んでいて、その容姿からも分かる、彼が特別だという事。


嬉しそうに弧を描いた美しく血色のいい唇はゆっくりと動いた。



「シシーと呼んでも?」

ただその幼くも感じる癖に、色香すら感じさせる声に頷くしかできなかった。









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