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十二、これを災難というなら
しおりを挟むシシーリアは今現在、見ず知らずの男達に囲まれている。
どう見ても訓練された類の人間達を目の前に、いくら魔法があるとはいえそれは向こうも同じ条件なので、普通の令嬢なら絶対絶命という所だろう。
「とんだ災難だったな、私達も頼まれただけなんだ。少し痛めつけてやってくれって、勿論ご褒美も貴女から貰えとな」
「それで金まで儲かるんだ。断る奴がいると思うか?」
けれど、シシーリアは首を傾げた。
(たかがこんな事が災難?)
これが災難だと言うのなら、もっと辛い目に遭ってきた。
一番の災難は家族の決裂だった。
(リズ……お父様……)
「聖女なんて大概、治癒するか護るかの二択だろ」
「さっさと諦めて可愛くしてりゃ優しくしてやるよ」
「こっちも飛び切りの美人には優しくしたいしなァ!」
(下品な奴ら……馬鹿ね)
力を雨のように鋭い、太めの針にして男達に降らせる。
もちろん元聖女らしく結界も忘れない。
閉じ込められた空間で逃げる事も出来ず攻撃を受けて、次々と倒れる男達が出してくれと言わんばかりに手のひらをコチラに見せて結界にへばりついて命乞いする。
「た、助けてくれ!」
「誰に頼まれたの?」
「言えない!殺される!」
「じゃあ、今死んでも問題ないわね」
「せ、聖女の癖に慈悲はないのか!?」
シシーリアはふっと笑って少しだけ哀しそうな表情で言った。
「知らないの?聖女はもう降りたの、クビ」
「うわぁああ!」
「うるさい、遮断」
もう声も聞こえない連中から誰の差し金かなんてどうでも良かった。
ただもう、煩わしかった。
守るべき人達は、背を向けた。
大切な家族もバラバラになって、人生の多くの時間をかけた聖女という職も失った。誰に奪われようが婚約者を取られようが別にそんな事で激昂するようなシシーリアではない。
信じて貰えない事が悔しくで、悲しかった。
「これ以上の災難があるなら、言ってみなさい」
「あ……聞こえないか」
死ぬギリギリで助かった男達はもう正気を失っており、
「あんな邪悪な聖女がいてたまるか……!」
「も、もう見たくもない!」
と、ひどく怯えた様子だった。あまりの錯乱ぶりに殺す価値をも見いだせ無かったのか依頼者が手を下す事もなかった。
そのうち、男達は一晩のうちに傷が治癒されどこかに身を隠した。
「本当にいいの?」
「はい、彼らもイヴァン様の大切な国民でしょう?」
「うーん、君は優しいねシシー。僕なら全員消すよ」
「……!」
「優しさにも優先順位があるからね、僕のいちばんはシシー」
何故だか、イヴァンのその言葉が心に沁み込んだ。
無条件に信頼され、無条件に優しくされる。
そして同じように無条件にそう思えるような、
シシーリアにとってのそんな人はもう本当に少なくなってしまったから。
(あぁ、私のいちばんはこの人に差し上げたい)
素直にそう思った。冷酷だ邪悪だと素行の悪さから言われるイヴァンはきっと自分の守るべき信念に素直なのだろうと思った。
遠慮やしがらみなんてない、ただ素直に自分の円の中を守っている人なんだって感じると彼がかえって優しく感じた。
「なに、惚れた?」
「そう、かもしれない……ただ貴方が愛おしい」
「僕を呼んで」
「イヴァン、様?」
「違う」
「イヴァン……」
「シシーはもうちゃんと僕のだって事でいい?」
「……はい」
「ははっ真っ赤」
「……ちゅっ」
「は……?え?」
イヴァンの唇に触れるだけのキスをしたシシーリアに驚くイヴァン。
「ありがとう、イヴァン」
そう言って真っ赤な顔ではにかんだシシーリアが余りにも可愛くてぎゅっと閉じ込めるように抱きしめた。
「とりあえずは、恋人かな?」
「まだ婚約破棄されたばかりなので……」
「気にしないのに」
「イヴァン様は王太子だもの」
「あ、」
「?」
「さっきのように呼び捨てよかったのに」
「い、イヴァン……?」
「よくできました!御褒美」
「んっ!……っふ、んんん!」
「ん、可愛いね」
「っはぁ、イヴァンの意地悪」
「ごめんね。嬉しくて」
少し離れた後ろで携える騎士達はまたとんでもないもの同士がくっついたなど危機感を感じていた。
(シシーは真っ白だから、純粋な残酷さを持つ……アラン、君じゃシシーが勿体無いよ……)
たかだか妙な感覚を起こす女一人に惑わされる精神力じゃ、シシーを持て余すよ。力不足だ。
「あー、弱いんだ皆、だから大切なものを取り零す」
そうならない為に物心つけばすぐに気を張ってきた。
父上は甘い人じゃなかったし何を考えているのか読めない人だ。
けれど、ちゃんと生きる術を教えてくれた。
僕達は弱者ではいけないと、知る事が出来た。
国が、民が、大切な人が、そして愛する人が僕と言う舟に乗っているから。
「イヴァン?」
「ううん、シシーは僕が守ってあげる」
「じゃあイヴァンは私が守るわ」
「!」
(そんな事……初めて言われた)
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