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十六、君は誰のものでもない
しおりを挟むアイラは特別な女性だ。
けれどもシシーはもっと特別な人だ。
俺にとって特別な人だった事もそうだし、皆にとっても、勢力を持つという事も、何をしても突出している面でも特別だと言えるだろう。
なのに、何故シシーはわざわざ取るに足らないアイラを虐げたのか?
いまだに疑問が残る……
それに、時々感じるアイラへの違和感は何だろう?
「アラン」
「あぁ、イス」
イスキエルとは大抵の時間を共に過ごしている。
近頃はアイラと過ごす時間が多く、きっとアイラを愛しているだろうイスキエルに気を遣って別々に過ごすことが増えた。
探してくれていたのだろうか、自分を見るとホッとしたような表情をするイスキエルに申し訳なくなった。
ふと、イスキエルの首元に赤い跡を見つけて「虫にでもさされたのか?」と尋ねると唐突に顔を真っ赤にしたイスキエルは口籠る。
彼が愛のない行為を、たとえキスでも許す訳がないので気のせいだと言う事も考えたがふと、見上げた校舎の窓際でリズモンドの頬に口付けるアイラが見えて、思わずイスキエルの手を引いて隠れた。
「アラン、刺客か!?」
「いや、大丈夫だ」
(いや……まさかな、少し距離感が近い所があるが、ソレはないだろう)
そう思いながらも表情こそ遠くてちゃんと見えなかったが、間違いなくアイラがリズモンドに口付ける姿に悶々とした気持ちが消えなかった。
「やっぱり、帰ったほうが……アランの具合が悪そうだ」
「いや……、少し疲れただけだよ。行こうイス」
「……分かった」
ほんの少しだけ、イスキエルが不自然だと感じるのもきっと疲れているからだろうと自分を納得させた。
まさか、アイラが皆に同じように愛情を分けている筈がないからだった。
(純粋で清い心の光魔法の持ち主、癒しの為に頬に口付けたとかそう言うことだろう。イスだってそんな女性の一人いても可笑しくはない)
「ねぇ、アイラさんの事だけれど……」
「ええ……私も少し誤解していたのかもしれないわ」
「この間、先生に……その、ご奉仕していたところを見たの」
「私の婚約者も、すっかりアイラさんに夢中で……」
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。
けれども噂なんてものは信頼出来ない。
「君たち、すまない聞こえてしまったんだが……」
「「アラン様っ!!イスキエル様!!」」
「その、今の話は本当か?」
「イスキエル様……その、」
「本当か?」
「アラン様……っ」
「本当です……」
恐る恐るそう言った令嬢達の名前を念の為に確認すると、礼を言って怖がらせないように笑顔で別れた俺達の顔は両方とも、真っ白だった。
「イス……その跡は……」
「こ、これは……アイラに」
「身体を重ねたのか?」
「否、ただ他の令嬢に優しくするからと嫉妬したらしい」
アイラの事がますます分からなくなった。
けれども身体を重ねたのが自分だけだと聞いて正直ホッとした。
「……そうか」
「アイラは、無垢だ。多分何か本でも読んで真似事をしているんだろう」
「イス、だとしてもそういう行為は恋人以外としないものだ」
「アラン……」
「?」
「アイラは、誰の恋人なんだ?」
その場の空気が止まったような気がした。
目の前が真っ暗だった。
(そうだ、アイラは誰の恋人でもない……)
「これは、俺たちが悪いのか?」
「それとも……」
「アラン!考えすぎだ!アイラはきっと何も分かっていない!」
「そう、だな……」
(俺が身体を重ねたと言っても、そう言うかイス?)
何故だが急に悪寒が走った。
何かをずっと見落としているような感覚、
「あ、アイラ……っ」
「……っ!」
「なぁに二人共、お化けでも、見るような目をしちゃって」
「なぁ、アイラ」
「……?」
あぁまただ、彼女の空色の瞳は何故か全てを浄化する。
このモヤモヤも、何かを見落としている不安も、
君に対する黒い感情さえも。
「なんでもない、君は恋人は作らないのか?」
「イス……」
「出来る事なら、欲しいわ……でも私なんて誰も……」
「「そんな事ない!」」
「へっ?」
無意識に動く口に一瞬驚いた。
いつものようにふわりと微笑んだ筈のアイラの口元が何故かどこか歪んで見えた。
頭が痛くなって、気分が悪い。
もう何も考えて居たくなかった。
「アラン、顔色が悪いわ……」
そう言って頬に手を添えた彼女の手は心地よくて、「もういいか」とさえ考えてしまう。
"アランはさ、楽して勝とうとするから駄目。僕には勝てない"
そう言ったイヴァンの幼い姿が脳裏に映った気がした。
あぁ、でも今日だけ。
アイラのこの温もりに甘えさせてくれ……
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