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幸せになりました。

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「子供を産んだ君を女とは思えない。だから離婚してくれ」


 結婚して1年、娘が生まれて半年で夫が私に向けて言った言葉だ。
 夫は私が妊娠してから外で女を作り、子供が産まれてからも家にあまり寄り付かず、育児は常にワンオペ状態。
 それでも子供のためと思って必死に家事育児をしてきたのに、夫が久しぶり帰ってきて言った言葉がこれだ。しかも、女まで一緒に連れてきて。


 あの光景と言葉を聞いた瞬間に、私の中での何かが切れた。
 とりあえず、旦那と女を思いっきり近くにあったフライパンで殴り飛ばし、離婚届にサインをして娘を抱いて必要最低限の物だけを持って家を出た。


 行く宛てはなかったけれど、運良く貴族の方に拾ってもらい、今では娘を育てながらメイドの仕事をさせてもらっている。
 元夫は最低だったけど、今はとてもいい生活ができている。


「ママ~!」


 ご主人様の息子のルーン様と手を繋いだ娘のラリアが、手を振りながら掃除をしている私の方へ歩いて来るのが見える。


「ラリア、またルーン様にご迷惑をおかけしたの?申し訳ありません、ルーン様」
「ううん、気にしないで。それより、ラリアもしっかり歩いて喋れるようになったね」
「はい。これも全て旦那様を始め、この屋敷の方々に良くしていただいたからです。本当にありがとうございます」


 今でも拾っていただいた日のことを覚えてる。
 娘と小さいカバン一つ持って途方に暮れてる私に手を差し伸べてくださった旦那様。
 そして、屋敷で働く間に娘を交代で見てくれたメイド仲間達。
 そして何より、時間が空いたらいつもラリアと私のことを気にかけて下さるルーン様。


 年齢的には私と同じくらいで、結婚を控えていたりで忙しいはずなのに、本当に感謝してもしきれない。
 おかげでラリアは私が仕事で居なくても楽しく日々を過ごせている。


「感謝なんていいんだよ。ラリアは屋敷みんなの癒しで、活力なんだから。父と母なんて、毎日どっちが先にラリアにお菓子をあげれるか競ってるくらいなんだよ。それに、君たちが居るおかげで、僕も両親から煩わしい話をされなくなったしね」
「煩わしい話…ですか?」
「うん、結婚と跡継ぎの話」
「え?」


 貴族だから、てっきり婚約者でも居るのかと思ってたのに意外だ。
 それに、ルーン様はこんなに綺麗な顔立ちだから、結婚したいと思う人は他にもいるだろうに…。


「婚約者が居なくて意外だって思った?」
「あ、いえ…」
「ふふ、リーシャはすぐ顔に出るから、嘘をつかなくていいよ。普通、貴族だったら婚約者がいて当然だしね」


 思っていた事を言い当てられて気まずい私に、ルーン様は優しく微笑みかけてくる。
 そして、婚約者が居ない理由を教えてくれた。


「舞踏会とかに行くと、いつも沢山のご令嬢達に囲まれてね、それが怖くて数回しか参加しなくて親しいご令嬢出来なかったんだ。それに、迫ってくるご令嬢達がトラウマで、少しの間女性恐怖症だったんだ」


 だから、未だに婚約者は居ないんだと笑うルーン様に、ものすごく納得してしまった。
 ご令嬢達の行動にも、ルーン様に婚約者が居ない理由にも。


「モテ過ぎるのも大変なんですね…」
「モテてていたと言うよりは、地位が欲しいからだと思うな」


 いや、その笑顔を見れば絶対に地位だけでご令嬢達がルーン様に群がっていたとは思えない。
 絶対に見た目重視で迫っていたはずだ。



「ママ~じぃじのおかしたべる!」
「ラリア、旦那様のことをじぃじって呼んじゃダメでしょ!それに、ちゃんとお礼は言ったの?」
「いったよ~じぃじにほめられた!」
「だから、じぃじって…」
「いいんだよ。父もそう言われるのを喜んでるみたいだしね」
「でも…」


 旦那様が喜んで下さるなら嬉しいけど、だからといって使用人の子供が雇い主に対して言っていいことなのかな…。


「いいんだよ、本当に。父と母は孫が出来たって喜んでるくらいなんだから」
「そう思って下さるのは嬉しいですけど…」


 本当の孫が出来た時、ラリアはどう思うだろう。
 もう孫として見てもらえなくなった時、傷付くのはラリアだ。
 なら、今からきっちり立場を分からせないと後で悲しむのはラリアだ。


「難しい顔をしてるね」
「あ、すいません…」
「僕に子供が出来た時のラリアが心配?」
「あ、いえ……はい、この子が傷つくんじゃないかと思って…すいません」
「謝ることじゃないよ。それに、僕に子供が出来てもラリアが悲しまない方法があるよ」


 そんな方法があるのだろうか?
 ルーン様を見れば、私の手を両手で包み込見ながらにっこりと笑う。


「リーシャ、僕と結婚してほしい」
「…………はい?」


 ルーン様から言われた言葉に理解が追いつかない。
 今、私は何を言われた?


「一目見た時から、君が好きだったんだ。ラリアも可愛くて、僕の子供になってくれたら嬉しいと思ってる。だから、僕と結婚してくれませんか」
「あの、急に言われましても…あの、突然過ぎて、どう答えれば…それにラリアの気持ちもありますし…」


 ルーン様が嫌いかと言われれば、そうでは無い。
 むしろ、恋まで行かなくても好意はある。
 だけど私はバツイチ子持ちだし、何よりラリアの気持ちを一番に考えたい。だから、今この場ですぐに返事なんてできない。


「ラリアの気持ちか…。ねぇ、ラリア」
「ん?なぁに?」
「僕が君のパパになるのは嫌?」
「いやじゃない!るーんさま、パパ!」


 悩む私を他所に、ラリアは嬉しそうにルーン様に抱き着いた。
 そんなラリアをルーン様は愛おしそうに見ながら頭を撫でた。
 その姿を見て、これが私の思い描いていた理想の家族の光景だと思った。


 前の夫はラリアには目もくれなかった。
 なのに、ルーン様はラリアと接する時はずっと愛おしそうに接してくれた。


 ルーン様となら、私の理想の家族になれる…?
 でも、私とルーン様では身分が違いすぎる…。


「僕との身分差なら考えなくていいよ」


 私の心を読んだように笑いかけてくれる。


「君には幸せになって欲しいから、貴族でよくあるパーティが嫌なら参加しなくてもいいよ。周りが君に嫌がらせするなら、必ず守ると誓うよ。だから、僕と結婚してください」
「ラリアとパパとママがけっこんしてほしい!ママおねがい!」
「ルーン様…ラリア…」


 そんなことを言われたら、答える言葉は1つしかない。


「不束者ですが、よろしくお願い致します」

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